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玄関前でマスクを手渡されたので装着してから家の中へと招き入れられた。
水月はすぐに寝込んでいる弟の様子を見ようと奥へと足早に向かう。その間、沖長は内装を何となく見回していた。
このアパートは縦長のワンルームらしく、キッチンもあれば一応トイレらしき扉も発見する。風呂は存在していないか、もしくはトイレと一体化しているかどちらかだろう。
ここで水月たちは五人で過ごしているのだ。一人暮らしなら申し分ないと思うが、確かにここで家族一緒に過ごすのは結構狭いかもしれない。
しかしやんちゃな三つ子がいるにもかかわらず、部屋は整理整頓が行き届いており、キッチン回りも綺麗でゴチャゴチャとしているところが見当たらない。きっと家事を一手に引き受けている水月が毎日整えているのだと思い感心した。
「あ、ごめんね札月くん、今ちょっと弟が風邪で寝込んでてね」
「そっか。だから看病のために今日学校に来てなかったんだな」
「そういうこと。できれば紹介したいけど、風邪が移ってもあれだしさ」
「いいっていいって。……じゃあお大事に」
この流れで去ろうとしたが、ガシッと力強く腕を掴まれた。
「ど~こ行く~ん?」
「いや……ほら、もう用事はないかなぁって」
「君にはいろいろ聞きたいことがあるんだけどなぁ」
「はは……ですよね」
やはりこのままスルーすることはできそうにない。
というわけでキッチンの前に少しスペースがあるので、用意してもらった椅子に座ることになった。
「ごめんね、こんなもんしかないんだけど」
そう言ってグラスに入れてくれた茶を受け取りながら「お構いなく」と、とりあえず口にしておいた。
水月も椅子に腰かけて、彼女も喉が渇いていたのか茶を啜っている。そして流れる沈黙の時間。どうにも居たたまれない感じで気まずい。
「「……あのさ」」
意を決してこちらからと思ったが、そのタイミングが一緒だったようでハモることになった。
「あ、悪い。何か変に緊張しちゃって。そっちからどうぞ」
そう話を促すと、水月もまた同じように苦笑を浮かべつつ発言する。
「ありがと。えっとね、札月くんはどうしてあそこに来たの? 授業中……だったよね?」
水月が壁に賭けられた時計を一瞥しながら質問を投げかけてきた。
「あー……まあ、ね」
どうしたものか。ここで正直にダンジョンについて話してもいいのかどうか悩む。
原作では水月は勇者として覚醒する。ということは、すでに彼女は原作の流れに少なからず乗ってしまったということになる。
できることなら何も知らずに過ごした方が平和なのだろうが、ダンジョンの亀裂を目にしている以上は、このまま放置することは何となく危ないような気がする。
何せ例の〝ある存在〟に見られたか見られていないのか明確なことは分かっていないのだ。見られていないのであればいいが、そうでないなら奴は必ず彼女に接触してくるはず。
ここは見られていないという前提で動くよりは、悪い方を想定して行動すべきだろう。
「その前に九馬さんに一つ聞いておきたいことがあるんだよ」
「なぁに?」
「さっき公園で……何か見た?」
「さっき……! そ、そう! 見た見た! 何か目の前の空間がぐにゃってなって、そんでヒビみたいなのが入って! アレって何なん! もしかして何か知ってんの!」
やはりちゃんと認識しているようだ。こうなれば見間違いと誤魔化すこともできそうもない。
それなら彼女にもある程度の知識を与えておいた方が、今後何か起こっても冷静さを取り戻しやすいと踏んだ。
「実は――」
あの現象が、ダンジョンと呼ばれる異界に通じる時に起こること。そしてその中に生息する妖魔やダンジョン主の存在。さらに勇者と称される者のことも伝えた。
「――はは、嘘ばっかりぃ。そうやってからかおうったってダメだし!」
最初の反応は常識のある者ならば当然。しかし沖長がいまだに真剣な表情で水月を見続けていると、水月の笑顔は崩れ「……マジ?」と聞き返してきたので大きく頷きを返した。
「い、いやでも……ダンジョンとか……勇者とか……そんなゲームじゃないんだしさ」
「だったらあの現象が何か説明できる?」
「それは……できないけど、でも異界に通じるとか言われても……さ」
頑なに信じないのは無理もないだろう。
沖長の場合は予備知識があったからこそ信じることはできた。しかし何もない無垢な状態では、これが普通なのかもしれない。実際にダンジョン内に入ったなら別だが、まだ亀裂が完成する前にあの場から逃げてきたからか、水月にとって信じがたいのだろう。
「でも本当のことだ。そんでこっからもっと厄介なんだけど」
「え、まだその先があんの?」
「こっからが本題だよ。さっきも説明したけど、ダンジョンに入れる者は限られる。そして九馬さん、君も入ることができるはずだ」
「えぇ!? な、何で!? あたしってそこらへんにいる一般人だよ!」
「しかももしかしたら勇者の可能性がある」
「ちょっとこれ以上設定を盛らないで! あたしが勇者なんて有り得ないって! 喧嘩だって弟たちとしかしたことないし、しかも口喧嘩! それなのにヨーマとかいうモンスターと戦うなんて絶対ムリ!」
「いや別にダンジョンに入りたくなければそれでいいんだよ。これは強制されるようなことでもないし」
「え、そうなの?」
「まあ……ダンジョン攻略に固執する悪い大人たちに知られたら執拗に追いかけられるかもしれないけど」
「何それ! 暗い未来しか見えないんだけど!? ていうか大人はダンジョンについて知ってるの!?」
「……少なくともこの国のトップや防衛大臣は知ってるみたいだよ。何せ、ダンジョン内には極めて上質な物資があるらしくて、それを日本国発展に役立てようとしてるみたいだから」
「っ……あ、あれかな。オリハルコンとかエリクサーとか、すっごいファンタジーアイテムがあったり?」
「へぇ、九馬さんってそっち方面には明るいんだな」
「ネット小説とかは好きで読んだりするんだよ。ファンタジーものも結構、ね」
なるほど。だから基本的なRPG用語などは熟知しているらしい。
水月はすぐに寝込んでいる弟の様子を見ようと奥へと足早に向かう。その間、沖長は内装を何となく見回していた。
このアパートは縦長のワンルームらしく、キッチンもあれば一応トイレらしき扉も発見する。風呂は存在していないか、もしくはトイレと一体化しているかどちらかだろう。
ここで水月たちは五人で過ごしているのだ。一人暮らしなら申し分ないと思うが、確かにここで家族一緒に過ごすのは結構狭いかもしれない。
しかしやんちゃな三つ子がいるにもかかわらず、部屋は整理整頓が行き届いており、キッチン回りも綺麗でゴチャゴチャとしているところが見当たらない。きっと家事を一手に引き受けている水月が毎日整えているのだと思い感心した。
「あ、ごめんね札月くん、今ちょっと弟が風邪で寝込んでてね」
「そっか。だから看病のために今日学校に来てなかったんだな」
「そういうこと。できれば紹介したいけど、風邪が移ってもあれだしさ」
「いいっていいって。……じゃあお大事に」
この流れで去ろうとしたが、ガシッと力強く腕を掴まれた。
「ど~こ行く~ん?」
「いや……ほら、もう用事はないかなぁって」
「君にはいろいろ聞きたいことがあるんだけどなぁ」
「はは……ですよね」
やはりこのままスルーすることはできそうにない。
というわけでキッチンの前に少しスペースがあるので、用意してもらった椅子に座ることになった。
「ごめんね、こんなもんしかないんだけど」
そう言ってグラスに入れてくれた茶を受け取りながら「お構いなく」と、とりあえず口にしておいた。
水月も椅子に腰かけて、彼女も喉が渇いていたのか茶を啜っている。そして流れる沈黙の時間。どうにも居たたまれない感じで気まずい。
「「……あのさ」」
意を決してこちらからと思ったが、そのタイミングが一緒だったようでハモることになった。
「あ、悪い。何か変に緊張しちゃって。そっちからどうぞ」
そう話を促すと、水月もまた同じように苦笑を浮かべつつ発言する。
「ありがと。えっとね、札月くんはどうしてあそこに来たの? 授業中……だったよね?」
水月が壁に賭けられた時計を一瞥しながら質問を投げかけてきた。
「あー……まあ、ね」
どうしたものか。ここで正直にダンジョンについて話してもいいのかどうか悩む。
原作では水月は勇者として覚醒する。ということは、すでに彼女は原作の流れに少なからず乗ってしまったということになる。
できることなら何も知らずに過ごした方が平和なのだろうが、ダンジョンの亀裂を目にしている以上は、このまま放置することは何となく危ないような気がする。
何せ例の〝ある存在〟に見られたか見られていないのか明確なことは分かっていないのだ。見られていないのであればいいが、そうでないなら奴は必ず彼女に接触してくるはず。
ここは見られていないという前提で動くよりは、悪い方を想定して行動すべきだろう。
「その前に九馬さんに一つ聞いておきたいことがあるんだよ」
「なぁに?」
「さっき公園で……何か見た?」
「さっき……! そ、そう! 見た見た! 何か目の前の空間がぐにゃってなって、そんでヒビみたいなのが入って! アレって何なん! もしかして何か知ってんの!」
やはりちゃんと認識しているようだ。こうなれば見間違いと誤魔化すこともできそうもない。
それなら彼女にもある程度の知識を与えておいた方が、今後何か起こっても冷静さを取り戻しやすいと踏んだ。
「実は――」
あの現象が、ダンジョンと呼ばれる異界に通じる時に起こること。そしてその中に生息する妖魔やダンジョン主の存在。さらに勇者と称される者のことも伝えた。
「――はは、嘘ばっかりぃ。そうやってからかおうったってダメだし!」
最初の反応は常識のある者ならば当然。しかし沖長がいまだに真剣な表情で水月を見続けていると、水月の笑顔は崩れ「……マジ?」と聞き返してきたので大きく頷きを返した。
「い、いやでも……ダンジョンとか……勇者とか……そんなゲームじゃないんだしさ」
「だったらあの現象が何か説明できる?」
「それは……できないけど、でも異界に通じるとか言われても……さ」
頑なに信じないのは無理もないだろう。
沖長の場合は予備知識があったからこそ信じることはできた。しかし何もない無垢な状態では、これが普通なのかもしれない。実際にダンジョン内に入ったなら別だが、まだ亀裂が完成する前にあの場から逃げてきたからか、水月にとって信じがたいのだろう。
「でも本当のことだ。そんでこっからもっと厄介なんだけど」
「え、まだその先があんの?」
「こっからが本題だよ。さっきも説明したけど、ダンジョンに入れる者は限られる。そして九馬さん、君も入ることができるはずだ」
「えぇ!? な、何で!? あたしってそこらへんにいる一般人だよ!」
「しかももしかしたら勇者の可能性がある」
「ちょっとこれ以上設定を盛らないで! あたしが勇者なんて有り得ないって! 喧嘩だって弟たちとしかしたことないし、しかも口喧嘩! それなのにヨーマとかいうモンスターと戦うなんて絶対ムリ!」
「いや別にダンジョンに入りたくなければそれでいいんだよ。これは強制されるようなことでもないし」
「え、そうなの?」
「まあ……ダンジョン攻略に固執する悪い大人たちに知られたら執拗に追いかけられるかもしれないけど」
「何それ! 暗い未来しか見えないんだけど!? ていうか大人はダンジョンについて知ってるの!?」
「……少なくともこの国のトップや防衛大臣は知ってるみたいだよ。何せ、ダンジョン内には極めて上質な物資があるらしくて、それを日本国発展に役立てようとしてるみたいだから」
「っ……あ、あれかな。オリハルコンとかエリクサーとか、すっごいファンタジーアイテムがあったり?」
「へぇ、九馬さんってそっち方面には明るいんだな」
「ネット小説とかは好きで読んだりするんだよ。ファンタジーものも結構、ね」
なるほど。だから基本的なRPG用語などは熟知しているらしい。
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