上 下
136 / 220

135

しおりを挟む
 この【勇者少女なっくるナクル】という物語において、倒すべき敵と呼べる存在は何か。
 もちろん現代を脅かすダンジョンに住まう妖魔がそれに当たるのは間違いない。しかしながら、妖魔はそもそも何故生まれたのか。何故人を襲うのか。主という存在は一体何なのか。

 原作当初では、その疑問は当然ながら解決しておらず、物語が進むにつれて明らかになっていく。
 妖魔の中には、自我はなく本能のままに襲うタイプもいれば、まるで何かに操られるように行動したり、驚くことに襲ってこないタイプもいるとのことだ。

 そんな敵対者の中で、明確な意思をもって人間を襲う存在もまたいる。
 それがナクルの物語の中で、いわゆる黒幕的な存在。絶対的な悪意を以てナクルたちと敵対する。

「――――〝魔王〟」

 そう呟いた沖長に対し、長門は「そう」と軽く頷きつつ続けた。

「元来勇者と対する存在として描かれる魔王。この【勇者少女なっくるナクル】の物語においても、やっぱり魔王は出てくるんだ」

 勇者といえば魔王。それはありふれた関係性であり、その物語の多くは魔王を討伐することで物語が完結する。
 つまりはそれだけ普遍的なものとなっており、切っても切り離すことのできないコインの表と裏のような存在なのだ。

 そしてこのナクルの物語でも、魔王は存在しており敵対する宿命にある。ただ少し違う部分を上げるとするならば、魔王ではなく妖魔を統べる王――〝妖魔王〟と呼ばれているということ。

 だが先ほど長門が口にした〝あの存在〟というのは、その妖魔王を指していたわけではない。

「君には物語の概要をある程度覚えてもらったけど、妖魔王は過去の勇者との戦いにおいて破れてることは知ってるよね?」
「ああ、けれどそれって修一郎さんたちの時代じゃなくて、もっと前の勇者時代……それこそ初代の時の話だろ?」
「そう……そして妖魔王は実は完全に消滅していなかった。まあ、そこは結構ありきたりな設定だけどね」

 確かによくある流れではある。討伐したはずなのに、実は死んでなくて復活を目論んでいるという話。

「妖魔王を再び復活させるには、ダンジョンが持つ〝コアエネルギー〟が必要になる。それも高品質で膨大な量がね」

 そして〝ある存在〟というのは、その〝コアエネルギー〟を集めている。もうお分かりであろう。そのある存在の目的こそが――妖魔王の復活。

「そういや、その〝コアエネルギー〟を高めるには、ダンジョンの掌握が必要になるんだったよな?」
「うん。この設定は僕も完全には理解できていないけど、どうやら人間――勇者がダンジョンコアを掌握することで、勇者の成長に従ってコアのエネルギーも増えるらしい。そして他のダンジョンコアを再度掌握することでより高密度で高品質なコアへと昇華していく」

 つまりダンジョンをクリアし、コアを掌握すればするほど〝コアエネルギー〟が成長していくということだ。

 〝ある存在〟の目的を早く達成するには、ちまちまと〝コアエネルギー〟を集めている場合ではない。より高品質なエネルギーを莫大に必要としているならば、勇者を利用して時が来た時に回収することが望ましい。 

 だからこそ勇者に目覚めた水月に目をつけ、彼女に近づきそそのかして〝コアエネルギー〟を集めることを優先させた。もちろん彼女には真意を悟られないように、ただダンジョンを攻略することによって、家族を救えるのだと言って騙し。
 一筋の光明に縋るしかなかった水月は、その甘言に飛びついた挙句、結果的に植物人間という取り返しのつかない事態を招いてしまったのだが。

「……ちょっと待て。確か前に聞いたのは、突然九馬さんの前に〝ある存在〟が現れて、ダンジョンについて説明して利用したってことだよな?」

 その質問に長門は首肯した。

「けれどそれが偶然じゃなくて、最初から狙ってたって言いたいのか?」
「ああそうだよ。さっきも言ったけど、二人が対面する前に、九馬水月は一人でダンジョンの亀裂に出くわしている。そしてそこを〝ある存在〟に見られた。そしてその時、〝ある存在〟は九馬水月に勇者の才を感じた」

 以前の説明では、偶然二人は居合わせ、その時が初めての遭遇だったと思っていたが、〝ある存在〟に対しては以前に一度水月を見ていたというわけだ。

「そしてその時のイベントが、九馬さんの悲劇の本当のきっかけってわけか。……っ!」

 ある恐ろしい事実が脳内に浮かび上がり冷や汗が流れる。

(おいおい、じゃあ何か……もしそうなら……)

 信じられない。いや、信じたくないと思いつつも、ソレを沖長は口にする。

「……もしかして、九馬さんの母親が入院したのって……」

 確かめるように長門の方を見る。

「詳しいことは描写されてないよ。ただ……偶然にしては出来過ぎてるってこと」

 彼は肩を竦めながら言うが、沖長は戦慄を覚えつつ口を開く。

「つまり、九馬さんを勇者として利用するために、彼女の母親に怪我を負わせたってのか?」
「……あるいはそれ以上に、ね」
「まさか! いや、そこまでするんだから……そうなんだろうな」

 嫌悪してしまうような想像が膨らむ。 
 原作には明確な描写がなかったというが、そう考えると流れとしてはむしろ自然である。

 仮に勇者の才があっても、現状では水月をダンジョン攻略に誘うのは難しいかもしれない。しかし彼女の日常が追い詰められていればどうだろうか。
 そして家族の日常を守れる力が自分にあると教えられたら? 幸せになれる方法があると伝えられたら?

 悩みながらも結局それに希望を見出しても仕方ないのではなかろうか。
 だからこそ〝ある存在〟は、水月の悲劇を演出することにしたのだ。

 まず母親を入院させて日常への不安を煽り、さらに無理をして衰弱する母親を見せつけていく。そしてその先に母親の死を与え、まだ幼い三つ子と自分一人という絶望の窮地に立たせる。

 そこへ自らが救いの手を差し伸べ、水月を思うがままに操る。それがすべて演出だったとするなら……まさに悪魔の如き所業。

「じゃ、じゃあもし九馬さんがダンジョンの亀裂があるところに出くわしたら……」
「そう、そこから九馬水月の転落人生が始まる」
「いつだ!? いつ九馬さんはその日を迎える!?」

 あまりにも衝撃的事実に、つい声を張り上げてしまった。

「それは分からない。けれど……時期的にもう起こってもおかしくはない。ただ確か……」
「確か!?」
「ちょっと待って、今思い出すから…………」
「早く!」
「分かったから。んーと……確か……そうだ! その日は確か九馬水月は学校を休んでたはずだ」
「? 風邪か何かか?」
「体調を崩したのは三つ子の誰かだったはずだ。その面倒を看るために彼女は学校を……って、おい、どこに行くんだい!」

 長門の言葉を背中に受けながら、沖長は水月のクラスへと走っていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

能力『ゴミ箱』と言われ追放された僕はゴミ捨て町から自由に暮らすことにしました

御峰。
ファンタジー
十歳の時、貰えるギフトで能力『ゴミ箱』を授かったので、名門ハイリンス家から追放された僕は、ゴミの集まる町、ヴァレンに捨てられる。 でも本当に良かった!毎日勉強ばっかだった家より、このヴァレン町で僕は自由に生きるんだ! これは、ゴミ扱いされる能力を授かった僕が、ゴミ捨て町から幸せを掴む為、成り上がる物語だ――――。

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。 しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。 とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。 『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』 これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

処理中です...