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「――――なるほど。それは何とも……愉快な状況になっているようだね」
言葉とは裏腹に、そう口にした羽竹長門の表情は、難解な問題と向き合っているような感じだった。
現在沖長は、学校の屋上で長門と相対し、先日【温泉旅館・かごや亭】で経験したことを伝えたのである。
あの時、長門から連絡が来ていたので、大雑把にはスマホでメッセージを送って説明しておいたが、もう少し詳しく情報を共有するためにこうして集まったのだ。
「やっぱ、いろいろと原作とは違う部分があるんだな?」
「まあ、ね……どこから話したもんかな」
そう言うということは大分食い違いがあるようだ。長門も頭の中で情報を整理しているのか、ブツブツと口を動かしている。
少し待っていると、長門が静かに語り始めた。
「まず言えるのは最初から若干原作とは流れが違うということだ。それは前にも教えておいたけど」
「あーアレだろ? 本来ならナクルがダンジョンの亀裂から出てきた妖魔に攫われて、それを蔦絵さんが追いかけていく」
「そう。けれど現実は七宮蔦絵が攫われ、それをナクルが追う形になった」
「それってそんなに重要な違いか? 結果的にはナクルは勇者になったけど」
「結果は同じでも過程が大分と違う。どういうわけか七宮蔦絵も生存しているみたいだし、ね」
チラリとこちらを見てくる長門に対し、沖長はポーカーフェイスを保ちながら言う。
「だから言ったろ。あの赤髪が出したエネルギー体が――」
「オーラの塊が七宮蔦絵に吸収されて生き返った、でしょ? けれどそんな現象は原作には存在してなかったしね」
もちろんだが、たとえ同盟を組んでいる長門が相手とはいえ《アイテムボックス》については教えていない。当然沖長が蔦絵を蘇生させたこともだ。
「あの赤髪のオーラが特別ってことは?」
「その可能性は否定できないね。転生者なら特殊な能力を持っていても不思議じゃないし。でも……」
やはり納得ができないのか、長門は思案顔で唸っている。ここは別の話題に切り替えようと思い、長門に原作との違いを話してもらうように頼んだ。
「もう一度聞くけど、ダンジョン主に操られてたのは七宮蔦絵なんだよね? それで勇者として覚醒したナクルがダンジョン主を倒した?」
その質問に頷いて答えた。
「七宮蔦絵の生存はまあ、君や赤髪によってのイレギュラーだとして、一番おかしいのはダンジョン主が喋ったことだね」
「そんなに変なのか?」
「むぅ……七宮蔦絵の死によって勇者として覚醒してダンジョン主を倒す。その過程に違いはない。けどダンジョン主が喋る上、原作開始の流れを聞くにこれは……」
「何か思い当ることでもあるのか?」
「…………札月、漫画雑誌は読むかい?」
「は? いきなり何だよ? まあ前世の頃は結構読んでたけど」
急な話題変換に疑問が浮かぶが、きっと何か理由があるのだろうと素直に答えた。
「例えば漫画家がデビューするにはどんな流れが思い浮かぶ?」
「デビュー? あー……雑誌主催の大会とかで入選するとか、直接編集者に持ち込みとかかな?」
「そうだね。それでデビューできたとして、いきなり連載なんてことは珍しいって聞く。最初は読者の反応を見るために読み切りを掲載し、そこで人気があれば連載まで持っていくっていう流れが王道じゃないかな。もっともあまりに内容が良ければ、読み切りなんて無しにそのまま新連載ってパターンもあるとは思うけど」
先ほどから一体何が言いたいのか分からない。
「回りくどいぞ。つまり何が言いたいんだよ」
「連載用の話と読み切りでは、その内容がまた違う場合もあるでしょ?」
どうやらまだ遠回りな例え話を続けたいようだ。なら最後まで付き合ってやろう。
「そうだな。読み切りじゃ一定のページで起承転結を描かないといけないから、連載する時と比べて多少内容が違うのも普通だろうな」
読み切りは言うなれば短編小説のようなもの。短いページで読者にその物語の面白さを伝えないといけないので、余計な伏線や細かい設定などが省かれる場合がある。
「この世界――『勇者少女なっくるナクル』もまた、最初は漫画から始まってる」
「漫画……! まさか……」
「そう、『勇者少女なっくるナクル』も最初は漫画……読み切りから始まり、そこから人気に火が点いて連載へと至ったんだ」
「読み切り……」
「その読み切りに描かれていた内容は、今回の流れと酷似してるんだよ」
「!? ……マジか?」
沖長の驚嘆に対し、若干険しい顔つきの長門は「マジさ」と答えて続きを説明してくれた。
彼が言うには、読み切りではナクルではなく蔦絵が最初にダンジョン主に連れ去られ、彼女を助けるべきナクルは追うが、結果的にナクルを庇った蔦絵が死に、そこで勇者として覚醒しダンジョン主を討ち果たす。それが読み切りの流れらしい。
「そしてその中で、原作との相違点はダンジョン主が話したことなんだよ」
「妖魔ってのは喋らないのか?」
「いや、連載された原作でも喋る妖魔は出てくる。けど少なくともそれはもっと後なんだよ」
つまり最初に対峙するダンジョン主が人語を話す流れはなかったという。
「……もしかして羽竹は、この世界は連載原作というより読み切りの流れが主軸だって言いたいのか?」
「その可能性があるって話さ。そもそも原作が違うという話じゃ、僕たちがいるだけですでに違うんだからね」
言われてみればそれもそうだ。あの場で沖長や赤髪はいなかっただろうし、そのせいで連載原作の流れが歪んでしまった可能性だってある。
「ただ、読み切りでは十鞍千疋は出てこない。アレは連載からのキャラクターだしね」
「それって……どういうことだ?」
「さあ。もしかしたらこの世界は僕らが思っている以上に複雑怪奇なのかもしれないな」
言葉とは裏腹に、そう口にした羽竹長門の表情は、難解な問題と向き合っているような感じだった。
現在沖長は、学校の屋上で長門と相対し、先日【温泉旅館・かごや亭】で経験したことを伝えたのである。
あの時、長門から連絡が来ていたので、大雑把にはスマホでメッセージを送って説明しておいたが、もう少し詳しく情報を共有するためにこうして集まったのだ。
「やっぱ、いろいろと原作とは違う部分があるんだな?」
「まあ、ね……どこから話したもんかな」
そう言うということは大分食い違いがあるようだ。長門も頭の中で情報を整理しているのか、ブツブツと口を動かしている。
少し待っていると、長門が静かに語り始めた。
「まず言えるのは最初から若干原作とは流れが違うということだ。それは前にも教えておいたけど」
「あーアレだろ? 本来ならナクルがダンジョンの亀裂から出てきた妖魔に攫われて、それを蔦絵さんが追いかけていく」
「そう。けれど現実は七宮蔦絵が攫われ、それをナクルが追う形になった」
「それってそんなに重要な違いか? 結果的にはナクルは勇者になったけど」
「結果は同じでも過程が大分と違う。どういうわけか七宮蔦絵も生存しているみたいだし、ね」
チラリとこちらを見てくる長門に対し、沖長はポーカーフェイスを保ちながら言う。
「だから言ったろ。あの赤髪が出したエネルギー体が――」
「オーラの塊が七宮蔦絵に吸収されて生き返った、でしょ? けれどそんな現象は原作には存在してなかったしね」
もちろんだが、たとえ同盟を組んでいる長門が相手とはいえ《アイテムボックス》については教えていない。当然沖長が蔦絵を蘇生させたこともだ。
「あの赤髪のオーラが特別ってことは?」
「その可能性は否定できないね。転生者なら特殊な能力を持っていても不思議じゃないし。でも……」
やはり納得ができないのか、長門は思案顔で唸っている。ここは別の話題に切り替えようと思い、長門に原作との違いを話してもらうように頼んだ。
「もう一度聞くけど、ダンジョン主に操られてたのは七宮蔦絵なんだよね? それで勇者として覚醒したナクルがダンジョン主を倒した?」
その質問に頷いて答えた。
「七宮蔦絵の生存はまあ、君や赤髪によってのイレギュラーだとして、一番おかしいのはダンジョン主が喋ったことだね」
「そんなに変なのか?」
「むぅ……七宮蔦絵の死によって勇者として覚醒してダンジョン主を倒す。その過程に違いはない。けどダンジョン主が喋る上、原作開始の流れを聞くにこれは……」
「何か思い当ることでもあるのか?」
「…………札月、漫画雑誌は読むかい?」
「は? いきなり何だよ? まあ前世の頃は結構読んでたけど」
急な話題変換に疑問が浮かぶが、きっと何か理由があるのだろうと素直に答えた。
「例えば漫画家がデビューするにはどんな流れが思い浮かぶ?」
「デビュー? あー……雑誌主催の大会とかで入選するとか、直接編集者に持ち込みとかかな?」
「そうだね。それでデビューできたとして、いきなり連載なんてことは珍しいって聞く。最初は読者の反応を見るために読み切りを掲載し、そこで人気があれば連載まで持っていくっていう流れが王道じゃないかな。もっともあまりに内容が良ければ、読み切りなんて無しにそのまま新連載ってパターンもあるとは思うけど」
先ほどから一体何が言いたいのか分からない。
「回りくどいぞ。つまり何が言いたいんだよ」
「連載用の話と読み切りでは、その内容がまた違う場合もあるでしょ?」
どうやらまだ遠回りな例え話を続けたいようだ。なら最後まで付き合ってやろう。
「そうだな。読み切りじゃ一定のページで起承転結を描かないといけないから、連載する時と比べて多少内容が違うのも普通だろうな」
読み切りは言うなれば短編小説のようなもの。短いページで読者にその物語の面白さを伝えないといけないので、余計な伏線や細かい設定などが省かれる場合がある。
「この世界――『勇者少女なっくるナクル』もまた、最初は漫画から始まってる」
「漫画……! まさか……」
「そう、『勇者少女なっくるナクル』も最初は漫画……読み切りから始まり、そこから人気に火が点いて連載へと至ったんだ」
「読み切り……」
「その読み切りに描かれていた内容は、今回の流れと酷似してるんだよ」
「!? ……マジか?」
沖長の驚嘆に対し、若干険しい顔つきの長門は「マジさ」と答えて続きを説明してくれた。
彼が言うには、読み切りではナクルではなく蔦絵が最初にダンジョン主に連れ去られ、彼女を助けるべきナクルは追うが、結果的にナクルを庇った蔦絵が死に、そこで勇者として覚醒しダンジョン主を討ち果たす。それが読み切りの流れらしい。
「そしてその中で、原作との相違点はダンジョン主が話したことなんだよ」
「妖魔ってのは喋らないのか?」
「いや、連載された原作でも喋る妖魔は出てくる。けど少なくともそれはもっと後なんだよ」
つまり最初に対峙するダンジョン主が人語を話す流れはなかったという。
「……もしかして羽竹は、この世界は連載原作というより読み切りの流れが主軸だって言いたいのか?」
「その可能性があるって話さ。そもそも原作が違うという話じゃ、僕たちがいるだけですでに違うんだからね」
言われてみればそれもそうだ。あの場で沖長や赤髪はいなかっただろうし、そのせいで連載原作の流れが歪んでしまった可能性だってある。
「ただ、読み切りでは十鞍千疋は出てこない。アレは連載からのキャラクターだしね」
「それって……どういうことだ?」
「さあ。もしかしたらこの世界は僕らが思っている以上に複雑怪奇なのかもしれないな」
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