上 下
79 / 220

78

しおりを挟む
「――――なるほど。それは何とも……愉快な状況になっているようだね」

 言葉とは裏腹に、そう口にした羽竹長門の表情は、難解な問題と向き合っているような感じだった。

 現在沖長は、学校の屋上で長門と相対し、先日【温泉旅館・かごや亭】で経験したことを伝えたのである。
 あの時、長門から連絡が来ていたので、大雑把にはスマホでメッセージを送って説明しておいたが、もう少し詳しく情報を共有するためにこうして集まったのだ。

「やっぱ、いろいろと原作とは違う部分があるんだな?」
「まあ、ね……どこから話したもんかな」

 そう言うということは大分食い違いがあるようだ。長門も頭の中で情報を整理しているのか、ブツブツと口を動かしている。
 少し待っていると、長門が静かに語り始めた。

「まず言えるのは最初から若干原作とは流れが違うということだ。それは前にも教えておいたけど」
「あーアレだろ? 本来ならナクルがダンジョンの亀裂から出てきた妖魔に攫われて、それを蔦絵さんが追いかけていく」
「そう。けれど現実は七宮蔦絵が攫われ、それをナクルが追う形になった」
「それってそんなに重要な違いか? 結果的にはナクルは勇者になったけど」
「結果は同じでも過程が大分と違う。どういうわけか七宮蔦絵も生存しているみたいだし、ね」

 チラリとこちらを見てくる長門に対し、沖長はポーカーフェイスを保ちながら言う。

「だから言ったろ。あの赤髪が出したエネルギー体が――」
「オーラの塊が七宮蔦絵に吸収されて生き返った、でしょ? けれどそんな現象は原作には存在してなかったしね」

 もちろんだが、たとえ同盟を組んでいる長門が相手とはいえ《アイテムボックス》については教えていない。当然沖長が蔦絵を蘇生させたこともだ。

「あの赤髪のオーラが特別ってことは?」
「その可能性は否定できないね。転生者なら特殊な能力を持っていても不思議じゃないし。でも……」

 やはり納得ができないのか、長門は思案顔で唸っている。ここは別の話題に切り替えようと思い、長門に原作との違いを話してもらうように頼んだ。

「もう一度聞くけど、ダンジョン主に操られてたのは七宮蔦絵なんだよね? それで勇者として覚醒したナクルがダンジョン主を倒した?」

 その質問に頷いて答えた。

「七宮蔦絵の生存はまあ、君や赤髪によってのイレギュラーだとして、一番おかしいのはダンジョン主が喋ったことだね」
「そんなに変なのか?」
「むぅ……七宮蔦絵の死によって勇者として覚醒してダンジョン主を倒す。その過程に違いはない。けどダンジョン主が喋る上、原作開始の流れを聞くにこれは……」
「何か思い当ることでもあるのか?」
「…………札月、漫画雑誌は読むかい?」
「は? いきなり何だよ? まあ前世の頃は結構読んでたけど」

 急な話題変換に疑問が浮かぶが、きっと何か理由があるのだろうと素直に答えた。

「例えば漫画家がデビューするにはどんな流れが思い浮かぶ?」
「デビュー? あー……雑誌主催の大会とかで入選するとか、直接編集者に持ち込みとかかな?」
「そうだね。それでデビューできたとして、いきなり連載なんてことは珍しいって聞く。最初は読者の反応を見るために読み切りを掲載し、そこで人気があれば連載まで持っていくっていう流れが王道じゃないかな。もっともあまりに内容が良ければ、読み切りなんて無しにそのまま新連載ってパターンもあるとは思うけど」

 先ほどから一体何が言いたいのか分からない。

「回りくどいぞ。つまり何が言いたいんだよ」
「連載用の話と読み切りでは、その内容がまた違う場合もあるでしょ?」

 どうやらまだ遠回りな例え話を続けたいようだ。なら最後まで付き合ってやろう。

「そうだな。読み切りじゃ一定のページで起承転結を描かないといけないから、連載する時と比べて多少内容が違うのも普通だろうな」

 読み切りは言うなれば短編小説のようなもの。短いページで読者にその物語の面白さを伝えないといけないので、余計な伏線や細かい設定などが省かれる場合がある。

「この世界――『勇者少女なっくるナクル』もまた、最初は漫画から始まってる」
「漫画……! まさか……」
「そう、『勇者少女なっくるナクル』も最初は漫画……読み切りから始まり、そこから人気に火が点いて連載へと至ったんだ」
「読み切り……」
「その読み切りに描かれていた内容は、今回の流れと酷似してるんだよ」
「!? ……マジか?」

 沖長の驚嘆に対し、若干険しい顔つきの長門は「マジさ」と答えて続きを説明してくれた。

 彼が言うには、読み切りではナクルではなく蔦絵が最初にダンジョン主に連れ去られ、彼女を助けるべきナクルは追うが、結果的にナクルを庇った蔦絵が死に、そこで勇者として覚醒しダンジョン主を討ち果たす。それが読み切りの流れらしい。

「そしてその中で、原作との相違点はダンジョン主が話したことなんだよ」
「妖魔ってのは喋らないのか?」
「いや、連載された原作でも喋る妖魔は出てくる。けど少なくともそれはもっと後なんだよ」

 つまり最初に対峙するダンジョン主が人語を話す流れはなかったという。

「……もしかして羽竹は、この世界は連載原作というより読み切りの流れが主軸だって言いたいのか?」
「その可能性があるって話さ。そもそも原作が違うという話じゃ、僕たちがいるだけですでに違うんだからね」

 言われてみればそれもそうだ。あの場で沖長や赤髪はいなかっただろうし、そのせいで連載原作の流れが歪んでしまった可能性だってある。

「ただ、読み切りでは十鞍千疋は出てこない。アレは連載からのキャラクターだしね」
「それって……どういうことだ?」
「さあ。もしかしたらこの世界は僕らが思っている以上に複雑怪奇なのかもしれないな」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

処理中です...