俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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 日本の首都――東京。
 その一区である千代田区の南部には、日本国の象徴として掲げられる天皇及び皇族が住まう居住地が存在する。

 昔は宮城と呼称されていたが、現在は【皇居】と認識されていた。
 天皇の住居である【御所】や、行事や政務などを行う【宮殿】、そして宮内庁の庁舎などが設置されている。
 その敷地内には【宮中三殿】と呼ばれる建物が存在する。

 一つは、天照大御神を祀る【賢所】。
 一つは、歴代天皇や皇族が祀られている【皇霊殿】。
 一つは、天神地祇を祀る【神殿】。

 そしてこれは公にされていないが、この【宮中三殿】には地下へと続く通路が在り、その先には別の施設が建立されている。
 そこは遥か昔から日本国を裏から支え続けたとされる国家占術師たちを祀る宮殿。

 その名を――【樹根《じゅこん》殿】。

 三殿と比べてその規模や質は僅かに劣るものの、真っ白な空間にポツンと佇む壮麗な建物は神気すら漂わせているように感じる。
 何故このような場所に立派とも言える神殿が隠されるように建てられているのか。

 それはこの建物、ひいてはその中に住まう者の存在を公にすることが憚れているからである。
 ここに住まうことを許可されているのはたった一つの一族のみ。日本の代表者である内閣総理大臣でさえも、天皇の許可なく勝手に立ち入ることを許されていないほど厳格な場所。

 その宮殿の一室――【月の間】にて、十二単のような分厚い和装を纏う人物が畳の上に座していた。目前の机の上に設置された円形の箱。その中に張られた水を、その碧き瞳が静かに見据えている。

 その人物には何が見えているのか。まったく波一つ立たない水の在り様を見て、その人物は僅かに眉をひそめる。

「………………騒乱の相」

 僅かに開いた薄い唇が震え、その奥からか細い声音が零れ出した。
 するとスッと瞳が閉じられ、次に開けた時、その双眸は日本人特有の黒を示していたのである。

 軽く溜息を吐いたその人物は愁いの帯びた表情を浮かべながら天井を仰ぐ。その人物にとっては見慣れたものではあるが、別に天井の何かを確認したかったわけではない。

「――姫様」

 突然、襖の向こう側から声がかけられた。しかし姫と呼ばれた和装の女性に驚きはない。そのままの状態を維持したまま、「何かありましたか?」と口にした。

「恭介様がいらっしゃいました」

 その言葉を受け、少しの沈黙の後に「参ります」とだけ答え立ち上がる。
 そのまま【月の間】から出て、目的地である【花の間】へと向かうと、そこには一人の男性が座して待っていた。

 しかしながら男性の前に、そのままの姿で出るわけにはいかないのか、その先に仕切りのように隔たれている簾の奥に鎮座して相対する。

「本日はどのようなご用件でしょうか?」

 淡々と、まるで何の感情も込められていないように思える声音が姫様と呼ばれた人物から出る。
 男性――七宮恭介もまた表情を一切動かすことなく、簾の先に鎮座する者を見つめながら口を開く。

「例の件だ。お前の言った通り、彼の地にてダンジョンが発生した。そして間違いなく勇者も覚醒したと思われる」
「…………そうですか」
「だがイレギュラーも幾つか散見された。お前が私に伝えたのは、ダンジョンの発生。勇者の覚醒だけ。しかし確認したところ、少なくともダンジョンから無事に姿を見せたのは勇者の他に四人もいたとのことだ」
「…………」

 恭介は反応を見るかのように簾を睨みつけるが、女性に動揺した様子は見られない。呼吸音なども平静であり、まるで最初から知っていたかのよう。

「……お前にはもっと確かな未来が見えていたのではないか? ならば何故もう少し詳しく伝えなかった?」
「占術も万能ではありません。見えるものと見えないものがございます」

 ズバッと切って捨てるように言い放った。

「…………偽りはないか?」
「少なくとも今口にした言葉には」
「今口にした言葉には、な」

 しばらく沈黙が続くが、訝しんでいた恭介は不愉快そうに溜息を吐くとその場から立ち上がる。そのままチラリと女性を守るように、簾の前に陣取る黒装束の人物を見た。まるで黒子のような佇まいであり素顔すら確認することができない。
 この存在こそ、先ほど女性に恭介の来訪を知らせた者である。

 彼女は女性を守護するために置かれた存在だということを恭介は知っていた。もし仮にこれ以上女性に近づけば、問答無用で排除をするように指示もされている。
 それがたとえ女性にとって近しい者でも例外ではない。

 そして恭介は「邪魔をした」と踵を返すが、すぐに立ち止まり、簾に背を向けたまま答えた。

「……ダンジョン内には蔦絵もいた」
「!? ……」

 そこで初めて動揺を見せた女性だが、恭介が気づいたかは分からない。

「まあ、無傷で出てきたらしいがな」

 それだけを言うと、今度こそ立ち止まらずに去って行った。
 そして簾の向こうでは、大きく胸を撫で下ろす女性は祈るようにして両手を組む。

「無事……だったのですね。良かった…………姉様」

 その瞳からはキラリと光るものが流れ落ちる。
 この女性こそ、七宮恭介の娘にして蔦絵の双子の妹――天徒咲絵であった。




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