上 下
74 / 220

73

しおりを挟む

 ダンジョンとは、一定の周期で出現する領域のこと。そこでは妖魔と呼ばれる存在が生息し、外界――いわゆる地球に害をもたらすのだという。
 ダンジョンが何故生まれるのか、妖魔とは何なのか、果たして何のためにダンジョンが存在するのかなど現状不明なのだそうだ。

(原作を知ってる長門ならその解明もできそうだけどな)

 ダンジョンという存在があることは聞いていたが、それらの疑問に関する答えは知らない。原作でそれが語られているのであれば、長門に聞けば自ずと真実を知ることができるはずだ。

 そういえばダンジョンから出た後、長門からスマホに連絡が入っていたが、事情が込み入っていたこともあって返事ができていない。彼もこちらの状況がどうなっているかはやはり気になる様子だ。

「ただ分かっていることは、ダンジョンに住まう妖魔と呼ばれる存在が人間の敵だということ。それは実際に相対した君たちなら理解できているはずだ」

 修一郎の言葉に沖長たちは頷く。問答無用で攻撃を仕掛けたり、蔦絵を連れ去っていくなど好意的な相手とは到底思えないだろう。

「妖魔はダンジョンからこちら側へ侵入してくることも可能であり、過去もそれで多くの人間たちが被害に遭った」
「……もしかして修一郎さんたちは妖魔と戦ったことがあるんですか?」
「ああ、かれこれ十三年ほど前の話だけどね。ここにいる全員が妖魔との戦闘経験があるんだよ」
「じゃあダンジョンに入ったことも?」
「いいや、ダンジョンには入っていない。というより入ることができないといった方が正しいな」
「え? どういうことッスか? ボクたちは入れたッスけど……?」

 ナクルの言う通り疑問が浮かぶのは無理もない。蔦絵は知っているようで表情を一切変えていないようだが。

「どういうわけか、妖魔はこちら側に干渉することができるが、我々は向こう側に行くことができないようになっているらしいんだ。ただし、例外もある」
「例外……ッスか?」
「ああ。その存在こそ、ダンジョンの主――妖魔頭を打ち倒す力を持つ〝勇者〟と呼ばれる者たちだ」

 勇者――RPGなどでは有名な俗称だろう。魔王と対を成す正義の使者。それが一般的な理解だと思う。
 しかしこの世界での勇者とは、ダンジョンの主である妖魔頭を滅することのできる唯一の存在らしい。

「……? ちょっと待ってください。じゃああそこに入れた人は全員が勇者ってことですか?」

 沖長が当然誰もが気になるであろう質問を投げかけると、修一郎は軽く首を左右に振る。

「より噛み砕いていうならば、勇者とその候補生……だね」
「候補生ですか?」
「そう。これもまだ完全に解明はされていないが、勇者はもちろん、その勇者と最も近しい者や、何か特別な稀少能力を持った者をダンジョンは呼び込むと言われているんだよ」

 稀少能力と聞いてピンとこないわけではなかった。
 何せこちとら原作には存在しないキャラクターであり、なおかつ《アイテムボックス》という神から授かった力があるのだ。 

 そしてそういうことなら、あの赤髪少年が入って来られたことにも説明がつく。奴もまた沖長と同じ立場に在る者だから。

「しかし候補生とは別に、〝珍種〟やら〝稀少種〟と呼ぶ者もいたがね」
「候補生がそのまま勇者になった例はあるんですか?」
「少なくとも我々が知っている中ではたった一人だけ……かな」

 大人たちが互いの顔を見合わせながら頷き合う。

「……それじゃあ俺がダンジョンに入れた理由も、その勇者候補生だからってことですか?」
「元来、勇者とはどういうわけか女性が選ばれる傾向があるらしいんだよ」
「そうなんですか? じゃあ俺は……」
「だから風呂場でも言っただろう、少々難儀なことになったと。恐らく君は、君にも気が付いていない特別な何かがあるのかもしれないな。それこそダンジョンが求めてしまうような稀少な力が」

 ジッとこちらを観察するような眼差しを向けてくる。しかも修一郎だけでなく他の人たちまでもがだ。顔には出さないが沖長の背中にはじんわりと冷たい汗が流れている。

 チラリとナクルを見やると、彼女もまたチラチラとこちらを見ていた。蔦絵を生き返らせたことを知っている彼女からしてみれば、その力こそが特別な力だと思い込んでいるのだろう。ただ黙ってくれているので、本当に助かっている。

「蔦絵くん、ズバリ聞くが、どちらが勇者として覚醒したんだい?」
「…………ナクルです」
「やはり……か。七宮さんがナクルの確保を求めていたからまさかと思っていたが……」
「父が申し訳ございません」
「いや、君が謝る必要はない。それにこうなる可能性を考えていなかったわけでもないからね。ただ、本当にナクルや君が勇者とその候補生になってしまい驚きは隠せないけれどね」

 またも誰も喋らなくなる空気が流れ居たたまれない気持ちになってしまう。するとようやく修一郎が口を開き、今度はダンジョンからの脱出についての話になった。

「ダンジョンから脱するためには――」
「コアを破壊するか掌握するか、ですよね?」
「! ……そうか、蔦絵くんから話を聞いたんだね」

 沖長の先回りの回答に修一郎が見解を述べたが、沖長は「違います」と言って、ダンジョン内で遭遇した十鞍千疋のことを話した。
 すると修一郎だけでなく、大人たちがこぞって怪訝な表情を浮かべたのである。

「本当にその子は十鞍千疋と名乗ったんだね?」

 修一郎の問いに沖長が「間違いありません」と答えると、他の二人も賛同した。

「そうか……彼女はいまだに囚われたままなのだな」

 何やら重苦しそうな言葉を吐いた修一郎に対し説明を求めるが、それに答えてくれたのはユキナであった。

「十鞍千疋……彼女は――――十三年前にも勇者をしていた人物なのです」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

処理中です...