71 / 238
70
しおりを挟む
空間の歪みを通過し視界が開けると、そこは旅館から少し離れた場所の山の中だった。
泊まっていた部屋に出現した亀裂から侵入したので、てっきりあそこへ戻るかと思いきや、結構なズレが生じていたのである。
「……あ、そういやあの赤髪は大丈夫なのか? 置いてきたけど」
今の今まで忘れていたが、それはナクルも同じだったようで「あ!」と口をポカンと開けたままになっている。
「恐らく大丈夫よ。あのダンジョンは主がいるからこそ成立しているの。主であるナクルがいなくなれば、異物でしかない存在は外へと弾かれるらしいわ」
なるほど。蔦絵の言う通りならば心配することはなさそうだ。
「それよりもまずは師範たちのところへ戻りましょう。きっと首を長くして待っているでしょうから」
蔦絵に従い、旅館へと戻ることになった。
すると玄関前に辿り着いた時、少し前にはなかった車が停止しているのを目にする。
(おぉ、しかもリムジンじゃん。こんな山奥に似合わねえ)
全体が黒光りしていて細長い。イメージとしては大物しか利用しないものという感じだ。誰も乗っていないのであれば、回収してどこかで乗り回すのも良いが、さすがにこんな場所で放置はしないだろう。
事実、運転席に目をやればビシッとスーツを着込んだ人物が鎮座している。
そしてその車の向こう。玄関口付近にいた修一郎やユキナがこちらに気づく。その傍にはトキナや大悟の姿もある。同時にナクルは駆け出しており、そのままユキナへと飛び込んだ。
ユキナもホッとした様子でナクルを抱きしめ合い、互いに存在を確かめるように温もりを味わっている。
「……そうか、君の姿も無いと思ったらやはり……」
修一郎が沖長を見て神妙な顔つきを浮かべている。
「すみません、いきなりいなくなってしまって。何だか不思議な体験をしてしまって」
「ああ、あとで聞くとするよ。それよりも沖長くんも、そして蔦絵も無事で良かった」
そんな修一郎の言葉に対し、蔦絵はどこか申し訳なさそうではあるがペコリと一礼をして「ご心配をおかけしました」と口にした。
「ま、無事だったんだからいいじゃねえか」
「もう、大ちゃん! 適当過ぎない? もしかしたらってこともあったかもしれないのに!」
大悟とトキナも沖長たちを心配してくれていたようだ。しかしその発言から、何となくこちらの事情が分かっているような印象を受ける。
するとその時だ。
「――――そろそろよろしいか?」
親子の感動の再会、そして身内の無事に喜びを満喫している最中、突然声をかけてきた人物がいた。
その人物を見て一番反応をしたのは蔦絵である。そして驚く言葉を口にする。
「………………お父様」
思わず「え?」と沖長は目を見張って蔦絵と、目の前にいる人物を見比べる。
和装に身を包み、傍らに秘書らしきスーツ姿の女性を控えさせている男性。四十代ほどに思えるが、厳格そうな顔つきのせいかそこにいるだけで圧倒されるような風格が伝わってくる。
(この人が蔦絵さんの親父さん?)
見た目はあまり似通っていない。男性の方は、まるで極道に足を踏み入れているような風貌に見えるし、蔦絵は真逆で……いや、どことなく現実離れした凛々しさと自他ともに厳しい彼女の佇まいを鑑みるに、その風格さには近しいものを感じるかもしれない。
するとその男性の鋭い視線が蔦絵に向く。
「やはり引き込まれたか。どうやら無事に攻略できたようだが、これで分かっただろう。かつて私が口にしたことが真実だったと」
「っ……」
「理解したな? ならさっさと戻ってこい、蔦絵」
「お父様……私は……」
明らかに動揺している蔦絵。いつも堂々としていて揺るがない彼女が珍しい。それほどまでに父の威厳には逆らえないということか。
しかしそこで黙っていられない人物がいる。
「けっ、いきなりやってきて一方的だな、おい」
前に出て男性を睨みつけるのは大悟だった。
「……貴様には関係ない。これは家族の問題だ」
「はんっ、じゃあ別に口出しても問題はねえよ。だってそうだろ? 蔦絵は修一郎の愛弟子だ。立派な身内だ。っつーことはだ、修一郎と家族の繋がりがある俺も身内ってこった」
「詭弁だな。貴様は七宮の何を知っているというのだね?」
「くだらねえ掟にがんじがらめになっちまってる可哀そうな一族だってことなら知ってらぁ」
明らかな挑発に対し、男性の眼力にも力が入る。先ほど蔦絵と千疋の火花散らす睨み合いよりも遥かに息が詰まるような緊張感が漂う。
だがそこへ――パンッ!
どこから取り出したのか、トキナが手に持っていたハリセンで大悟の頭を叩いたのである。
「ってぇーな! いきなり何しやがんだよ、トキナ! てかそれどっから出しやがった!?」
「ちょっと黙ってて、さもないともっかいぶつよ?」
「うっ……ちきしょう」
愛する妻には弱いようで、不貞腐れたようにそっぽを向く大悟。
そしてその妻――トキナが、男性に対して頭を下げる。
「私どもの従業員が不躾な振る舞いを致しました。申し訳ございません」
「……別に構わん。しかし君ほどの者が何故そのような乱暴なものと所帯を持ったのか、いまだに疑問は尽きぬがな」
今度は向こう側の挑発が繰り出されるが、トキナは怒気を膨らませることなく綺麗な笑みを浮かべてこう言う。
「私は彼のすべてを知り、そして感じ、彼を愛しているからともに生きています。あなたもお立場のあるお方。これ以上は互いを不利にするだけかと存じますが?」
しらばく二人で視線を交わし合っていたが、男性の方が先に視線を切り、また蔦絵に向けた。
「とにかく事が起きたということはこちらとしても静観などできぬ。蔦絵はすぐに帰宅の準備を整えよ。そして……日ノ部ナクルもまたこちらで預かる」
今度は沖長が黙っていられないことを男性が口にしてきた。
泊まっていた部屋に出現した亀裂から侵入したので、てっきりあそこへ戻るかと思いきや、結構なズレが生じていたのである。
「……あ、そういやあの赤髪は大丈夫なのか? 置いてきたけど」
今の今まで忘れていたが、それはナクルも同じだったようで「あ!」と口をポカンと開けたままになっている。
「恐らく大丈夫よ。あのダンジョンは主がいるからこそ成立しているの。主であるナクルがいなくなれば、異物でしかない存在は外へと弾かれるらしいわ」
なるほど。蔦絵の言う通りならば心配することはなさそうだ。
「それよりもまずは師範たちのところへ戻りましょう。きっと首を長くして待っているでしょうから」
蔦絵に従い、旅館へと戻ることになった。
すると玄関前に辿り着いた時、少し前にはなかった車が停止しているのを目にする。
(おぉ、しかもリムジンじゃん。こんな山奥に似合わねえ)
全体が黒光りしていて細長い。イメージとしては大物しか利用しないものという感じだ。誰も乗っていないのであれば、回収してどこかで乗り回すのも良いが、さすがにこんな場所で放置はしないだろう。
事実、運転席に目をやればビシッとスーツを着込んだ人物が鎮座している。
そしてその車の向こう。玄関口付近にいた修一郎やユキナがこちらに気づく。その傍にはトキナや大悟の姿もある。同時にナクルは駆け出しており、そのままユキナへと飛び込んだ。
ユキナもホッとした様子でナクルを抱きしめ合い、互いに存在を確かめるように温もりを味わっている。
「……そうか、君の姿も無いと思ったらやはり……」
修一郎が沖長を見て神妙な顔つきを浮かべている。
「すみません、いきなりいなくなってしまって。何だか不思議な体験をしてしまって」
「ああ、あとで聞くとするよ。それよりも沖長くんも、そして蔦絵も無事で良かった」
そんな修一郎の言葉に対し、蔦絵はどこか申し訳なさそうではあるがペコリと一礼をして「ご心配をおかけしました」と口にした。
「ま、無事だったんだからいいじゃねえか」
「もう、大ちゃん! 適当過ぎない? もしかしたらってこともあったかもしれないのに!」
大悟とトキナも沖長たちを心配してくれていたようだ。しかしその発言から、何となくこちらの事情が分かっているような印象を受ける。
するとその時だ。
「――――そろそろよろしいか?」
親子の感動の再会、そして身内の無事に喜びを満喫している最中、突然声をかけてきた人物がいた。
その人物を見て一番反応をしたのは蔦絵である。そして驚く言葉を口にする。
「………………お父様」
思わず「え?」と沖長は目を見張って蔦絵と、目の前にいる人物を見比べる。
和装に身を包み、傍らに秘書らしきスーツ姿の女性を控えさせている男性。四十代ほどに思えるが、厳格そうな顔つきのせいかそこにいるだけで圧倒されるような風格が伝わってくる。
(この人が蔦絵さんの親父さん?)
見た目はあまり似通っていない。男性の方は、まるで極道に足を踏み入れているような風貌に見えるし、蔦絵は真逆で……いや、どことなく現実離れした凛々しさと自他ともに厳しい彼女の佇まいを鑑みるに、その風格さには近しいものを感じるかもしれない。
するとその男性の鋭い視線が蔦絵に向く。
「やはり引き込まれたか。どうやら無事に攻略できたようだが、これで分かっただろう。かつて私が口にしたことが真実だったと」
「っ……」
「理解したな? ならさっさと戻ってこい、蔦絵」
「お父様……私は……」
明らかに動揺している蔦絵。いつも堂々としていて揺るがない彼女が珍しい。それほどまでに父の威厳には逆らえないということか。
しかしそこで黙っていられない人物がいる。
「けっ、いきなりやってきて一方的だな、おい」
前に出て男性を睨みつけるのは大悟だった。
「……貴様には関係ない。これは家族の問題だ」
「はんっ、じゃあ別に口出しても問題はねえよ。だってそうだろ? 蔦絵は修一郎の愛弟子だ。立派な身内だ。っつーことはだ、修一郎と家族の繋がりがある俺も身内ってこった」
「詭弁だな。貴様は七宮の何を知っているというのだね?」
「くだらねえ掟にがんじがらめになっちまってる可哀そうな一族だってことなら知ってらぁ」
明らかな挑発に対し、男性の眼力にも力が入る。先ほど蔦絵と千疋の火花散らす睨み合いよりも遥かに息が詰まるような緊張感が漂う。
だがそこへ――パンッ!
どこから取り出したのか、トキナが手に持っていたハリセンで大悟の頭を叩いたのである。
「ってぇーな! いきなり何しやがんだよ、トキナ! てかそれどっから出しやがった!?」
「ちょっと黙ってて、さもないともっかいぶつよ?」
「うっ……ちきしょう」
愛する妻には弱いようで、不貞腐れたようにそっぽを向く大悟。
そしてその妻――トキナが、男性に対して頭を下げる。
「私どもの従業員が不躾な振る舞いを致しました。申し訳ございません」
「……別に構わん。しかし君ほどの者が何故そのような乱暴なものと所帯を持ったのか、いまだに疑問は尽きぬがな」
今度は向こう側の挑発が繰り出されるが、トキナは怒気を膨らませることなく綺麗な笑みを浮かべてこう言う。
「私は彼のすべてを知り、そして感じ、彼を愛しているからともに生きています。あなたもお立場のあるお方。これ以上は互いを不利にするだけかと存じますが?」
しらばく二人で視線を交わし合っていたが、男性の方が先に視線を切り、また蔦絵に向けた。
「とにかく事が起きたということはこちらとしても静観などできぬ。蔦絵はすぐに帰宅の準備を整えよ。そして……日ノ部ナクルもまたこちらで預かる」
今度は沖長が黙っていられないことを男性が口にしてきた。
259
お気に入りに追加
1,470
あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~
十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!
さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。
しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。
とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。
『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』
これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

最弱の職業【弱体術師】となった俺は弱いと言う理由でクラスメイトに裏切られ大多数から笑われてしまったのでこの力を使いクラスメイトを見返します!
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
俺は高坂和希。
普通の高校生だ。
ある日ひょんなことから異世界に繋がるゲートが出来て俺はその中に巻き込まれてしまった。
そこで覚醒し得た職業がなんと【弱体術師】とかいう雑魚職だった。
それを見ていた当たり職業を引いた連中にボコボコにされた俺はダンジョンに置いていかれてしまう。
クラスメイト達も全員その当たり職業を引いた連中について行ってしまったので俺は1人で出口を探索するしかなくなった。
しかもその最中にゴブリンに襲われてしまい足を滑らせて地下の奥深くへと落ちてしまうのだった。

捨て子の僕が公爵家の跡取り⁉~喋る聖剣とモフモフに助けられて波乱の人生を生きてます~
伽羅
ファンタジー
物心がついた頃から孤児院で育った僕は高熱を出して寝込んだ後で自分が転生者だと思い出した。そして10歳の時に孤児院で火事に遭遇する。もう駄目だ! と思った時に助けてくれたのは、不思議な聖剣だった。その聖剣が言うにはどうやら僕は公爵家の跡取りらしい。孤児院を逃げ出した僕は聖剣とモフモフに助けられながら生家を目指す。

クラス召喚に巻き込まれてしまいました…… ~隣のクラスがクラス召喚されたけど俺は別のクラスなのでお呼びじゃないみたいです~
はなとすず
ファンタジー
俺は佐藤 響(さとう ひびき)だ。今年、高校一年になって高校生活を楽しんでいる。
俺が通う高校はクラスが4クラスある。俺はその中で2組だ。高校には仲のいい友達もいないしもしかしたらこのままボッチかもしれない……コミュニケーション能力ゼロだからな。
ある日の昼休み……高校で事は起こった。
俺はたまたま、隣のクラス…1組に行くと突然教室の床に白く光る模様が現れ、その場にいた1組の生徒とたまたま教室にいた俺は異世界に召喚されてしまった。
しかも、召喚した人のは1組だけで違うクラスの俺はお呼びじゃないらしい。だから俺は、一人で異世界を旅することにした。
……この物語は一人旅を楽しむ俺の物語……のはずなんだけどなぁ……色々、トラブルに巻き込まれながら俺は異世界生活を謳歌します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる