上 下
58 / 220

57

しおりを挟む
 四年前に日ノ部家にて一悶着を起こし、加えて問答無用に沖長に対して攻撃してきた赤髪の少年。
 彼とは接した期間は短いものの、その荒々しさと自己中心的な性格の持ち主だということは理解していた。

 そして、沖長や長門たちと同じ転生者だということも。
 あれから四年もの間、まったく音沙汰がなかったので街から消えたか、あるいは死んだのかと安堵していたものの、どうやらまだ生存していたようだ。

 しかし、ならば何故今まで介入してこなかったのかという疑問が浮かぶが、とりあえず今はさらに問題が増えたことに変わりなかった。

(ったく、せっかく羽竹が金剛寺を抑えてくれてるってのに)

 ナクルに執着するもう一人の転生者である金髪少年の金剛寺銀河もまた、原作開始には必ず介入してくると踏んでいた。余計な手出しをされては厄介なトラブルが起きるかもしれないと思い、長門に頼んで銀河を抑えてもらったのだ。以前バスケットコートで暴君ぶりを発揮する金剛寺を大人しくさせたあの力を使ってである。
 それなのにコイツの登場はハッキリいって迷惑以外の何物でもない。

「あぁ? ナクルと蔦絵はともかく、誰だてめえは?」

 できれば赤髪に見つかりたくはなかったが、こうなってしまっては隠れようもない。当然原作には存在しはないはずの沖長を見て訝しんでくる。

(あっちは覚えてないか。人を吹き飛ばしといて勝手な奴だな)

 公園にて謎のエネルギー弾を放ち沖長を弾き飛ばしたことなど記憶にないようだ。奴にとってはその程度のこと覚えておくようなことでもないらしい。やはり人としてどこか歪である。この四年でもまったくもって変わっていないらしい。

「おいてめえ、答えやがれ! てめえも転生者か!」

 さて、どうしたものか……。

 沖長の背後にいるナクルは「てんせい……しゃ?」と小首を傾げているが、ここで沖長の正体を知られるのは困る。いずれナクルには前世の記憶があることを教えてもいいと思っていいが、それは彼女がもう少し成長してからにしようとも考えていたからだ。

 ならここは上手く相手の思考を誘導することにしようか。

「……転生者? 何のことか分からないけど、ここは一体どこなんだ?」
「あん?」
「もしかしてお前はここに住んでるのか? じゃあ元の場所に戻る方法を教えてくれ!」
「……ここを知らねえ? 転生者なら【勇者少女なっくるナクル】のことを知ってるはずだよな。コイツ……ただのイレギュラーか?」

 転生者だからといって自分が知っていることを知っているとは思わない方がいい。たとえ前世では有名なコンテンツだったとしても興味のない人だっているのだから。
 まあ赤髪は自分を絶対的な基準として捉えているようだから、こちらとしては都合が良いが。

「ちっ、二次小説でもイレギュラーは付き物だが、めんどくせえなおい」

 それはこちらのセリフだと叫びたいが……。
 そこへ爆煙を切り裂きながら槍が飛んできた。向かう先は赤髪である。

「はんっ! んなもんでこの俺をやれると思うなよ!」

 向かってくる槍に右手を向けた赤髪。するとその手から青白い塊が放出され、槍と衝突すると相殺した。

「ちっ、互角かよ」

 などと気に食わない表情をする赤髪だが、沖長はやはり先ほど蔦絵を襲った塊が、以前自分が受けたものだということを確信した。

(それにしてもいまだに赤髪のアレが何なのか分からんな。まあ蔦絵さんの気を引いてくれてるのは助かるけど)

 その隙に、ナクルを大岩の蔭へと連れて行く。

「オ、オキくん、蔦絵ちゃんが……蔦絵ちゃんがぁ……」
「ああ、分かってる。一体何でナクルはこんなとこに?」
「それは……オキくんが部屋を出てってから、すぐに蔦絵ちゃんがお風呂から戻ってきたんス」

 内心で舌打ちをする。蔦絵がいないから、少しの間だけなら大丈夫だろうと判断してナクルを一人にしてしまった自分の落ち度だ。あれほど一人にしないようにしていたのに。

 けれど長門からこんな状況になることを聞いていたものの、どこか半信半疑だったのも確かだ。何せあの蔦絵がナクルと敵対するなどと考えたくなかったからだ。
 蔦絵はナクルのことを本当の妹のように可愛がっていた。原作では二人の仲はそれほど親密なものではなかったと長門から聞いていた。

 原作のナクルはどこか蔦絵に対して、いや、誰に対しても一歩引いて壁を作っていたから。しかしこの世界のナクルは違う。誰とも仲良くなり、蔦絵とは本当に姉妹のような間柄だった。 

 だからたとえ原作の流れが起こっても、蔦絵がナクルと傷つけないようなルートに入るのではと期待もあったのだ。しかしその希望は叶わず、原作そのままに進んでいるらしい。

 ナクルに「それで? どうなったんだ?」と続きを確かめる。

「いきなり空中にヒビが入って、そこから黒くてモヤモヤしたものが出てきたッス。それがボクの方にやってきて……蔦絵ちゃんが助けてくれて……」

 思い出しながら涙を流すナクル。自分を庇ったせいで、蔦絵が訳の分からないことになっていると考えているのだろう。

「庇った? 蔦絵さんがナクルを庇ったんだな?」
「う、うん、そうッスよ」

 どうやらナクルの認識に間違いはないらしい。

(……庇った……か。聞いてた流れとは違うな)

 原作ではココに繋がるゲートが開いた直後、その黒い靄が狙ったのは蔦絵であり、それをナクルが庇ったことでナクルがゲートの中に引き込まれる。そして黒い靄からナクルを救い出したのはいいが、今度はその直後に蔦絵が黒い靄に囚われてしまう。

(結果は変わってないけど、ほんの少しだけ原作から外れてるな)

 それがどういう意味合いを持つか今は分からない。そもそも結果が変わっていないのだから考えても仕方ないかもしれないが。

「蔦絵ちゃんが連れて行かれて、ボクは助けなきゃって思って……」
「それでココに飛び込んだんだな?」

 コクリと首肯するナクル。これであの場で何が起こったかは理解できた。

「オキくん、蔦絵ちゃん……大丈夫ッスよね?」
「……ああ、全力で助けるよ」

 そうだ。このまま何もしなければ、ナクルにとっての悲劇へと繋がる。
 他でもない。最初のナクルの悲劇はココで行われるのだから。

 そう、蔦絵の死によって――。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一人だけ竜が宿っていた説。~異世界召喚されてすぐに逃げました~

十本スイ
ファンタジー
ある日、異世界に召喚された主人公――大森星馬は、自身の中に何かが宿っていることに気づく。驚くことにその正体は神とも呼ばれた竜だった。そのせいか絶大な力を持つことになった星馬は、召喚した者たちに好き勝手に使われるのが嫌で、自由を求めて一人その場から逃げたのである。そうして異世界を満喫しようと、自分に憑依した竜と楽しく会話しつつ旅をする。しかし世の中は乱世を迎えており、星馬も徐々に巻き込まれていくが……。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

女子力の高い僕は異世界でお菓子屋さんになりました

初昔 茶ノ介
ファンタジー
昔から低身長、童顔、お料理上手、家がお菓子屋さん、etc.と女子力満載の高校2年の冬樹 幸(ふゆき ゆき)は男子なのに周りからのヒロインのような扱いに日々悩んでいた。 ある日、学校の帰りに道に悩んでいるおばあさんを助けると、そのおばあさんはただのおばあさんではなく女神様だった。 冗談半分で言ったことを叶えると言い出し、目が覚めた先は見覚えのない森の中で…。 のんびり書いていきたいと思います。 よければ感想等お願いします。

序盤でボコられるクズ悪役貴族に転生した俺、死にたくなくて強くなったら主人公にキレられました。 え? お前も転生者だったの? そんなの知らんし

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑「お気に入りに追加」を押してくださいっ!↑ ★2024/2/25〜3/3 男性向けホットランキング1位! ★2024/2/25 ファンタジージャンル1位!(24hポイント) 「主人公が俺を殺そうとしてくるがもう遅い。なぜか最強キャラにされていた~」 『醜い豚』  『最低のゴミクズ』 『無能の恥晒し』  18禁ゲーム「ドミナント・タクティクス」のクズ悪役貴族、アルフォンス・フォン・ヴァリエに転生した俺。  優れた魔術師の血統でありながら、アルフォンスは豚のようにデブっており、性格は傲慢かつ怠惰。しかも女の子を痛ぶるのが性癖のゴミクズ。  魔術の鍛錬はまったくしてないから、戦闘でもクソ雑魚であった。    ゲーム序盤で主人公にボコられて、悪事を暴かれて断罪される、ざまぁ対象であった。  プレイヤーをスカッとさせるためだけの存在。  そんな破滅の運命を回避するため、俺はレベルを上げまくって強くなる。  ついでに痩せて、女の子にも優しくなったら……なぜか主人公がキレ始めて。 「主人公は俺なのに……」 「うん。キミが主人公だ」 「お前のせいで原作が壊れた。絶対に許さない。お前を殺す」 「理不尽すぎません?」  原作原理主義の主人公が、俺を殺そうとしてきたのだが。 ※ カクヨム様にて、異世界ファンタジージャンル表紙入り。5000スター、10000フォロワーを達成!

ちょっとエッチな執事の体調管理

mm
ファンタジー
私は小川優。大学生になり上京して来て1ヶ月。今はバイトをしながら一人暮らしをしている。 住んでいるのはそこらへんのマンション。 変わりばえない生活に飽き飽きしている今日この頃である。 「はぁ…疲れた」 連勤のバイトを終え、独り言を呟きながらいつものようにマンションへ向かった。 (エレベーターのあるマンションに引っ越したい) そう思いながらやっとの思いで階段を上りきり、自分の部屋の方へ目を向けると、そこには見知らぬ男がいた。 「優様、おかえりなさいませ。本日付けで雇われた、優様の執事でございます。」 「はい?どちら様で…?」 「私、優様の執事の佐川と申します。この度はお嬢様体験プランご当選おめでとうございます」 (あぁ…!) 今の今まで忘れていたが、2ヶ月ほど前に「お嬢様体験プラン」というのに応募していた。それは無料で自分だけの執事がつき、身の回りの世話をしてくれるという画期的なプランだった。執事を雇用する会社はまだ新米の執事に実際にお嬢様をつけ、3ヶ月無料でご奉仕しながら執事業を学ばせるのが目的のようだった。 「え、私当たったの?この私が?」 「さようでございます。本日から3ヶ月間よろしくお願い致します。」 尿・便表現あり アダルトな表現あり

異世界転生は、0歳からがいいよね

八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。 神様からのギフト(チート能力)で無双します。 初めてなので誤字があったらすいません。 自由気ままに投稿していきます。

はずれスキル『模倣』で廃村スローライフ!

さとう
ファンタジー
異世界にクラス丸ごと召喚され、一人一つずつスキルを与えられたけど……俺、有馬慧(ありまけい)のスキルは『模倣』でした。おかげで、クラスのカースト上位連中が持つ『勇者』や『聖女』や『賢者』をコピーしまくったが……自分たちが活躍できないとの理由でカースト上位連中にハメられ、なんと追放されてしまう。 しかも、追放先はとっくの昔に滅んだ廃村……しかもしかも、せっかくコピーしたスキルは初期化されてしまった。 とりあえず、廃村でしばらく暮らすことを決意したのだが、俺に前に『女神の遣い』とかいう猫が現れこう言った。 『女神様、あんたに頼みたいことあるんだって』 これは……異世界召喚の真実を知った俺、有馬慧が送る廃村スローライフ。そして、魔王討伐とかやってるクラスメイトたちがいかに小さいことで騒いでいるのかを知る物語。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

処理中です...