俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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 この世界がどうやら原作が存在する世界だと推測した沖長は、家に帰ってもまだベッドに横になり考察に耽っていた。
 確証はないが、もしこの世界がアニメや漫画、あるいはゲームなどの世界だとして、今後どういった物語が流れていくのか分からない。

 別に未来のことを知らないのは普通だし、前世でもそれが当然であり平凡な人生を過ごしてきた。

 しかしこの世界が、仮にあの赤髪少年が言ったように日ノ部ナクルが主軸となるような物語に沿った流れになるのだとしたら、あの子の傍にいると間違いなくその原作に介入してしまうことになるだろう。

(そうなるとまさにあのガキんちょが言ってたように、俺はイレギュラーな存在なわけだ)

 赤髪少年や銀髪少年の二人。ナクルと知り合う前に彼女のことを知っていたことを考慮すると、恐らく原作知識があるのだろう。そしてナクルを自分のものにしたいということは、原作の中心に立つつもりだと思う。

(たとえここがアニメの世界だとしても、平和な世界ならまあ……それほど問題ないけどさ)

 アニメにもいろいろジャンルはある。ファンタジー、ラブコメ、恋愛、ホラーなどなど。
 ラブコメや恋愛なら、特に問題ない。立ち回り次第で平和に過ごすことは可能だ。

 しかしもしファンタジーやホラーなどの危険がある設定だとしたらどうだろうか。
 登場人物の傍にいれば、自ずと巻き込まれ命が危ぶまれることだってある。特に死亡フラグが多い物語なら最悪と言えよう。

(この世界がどういう物語を主軸としたもんなのか、できれば聞きたいけど……アイツらが素直に答えてくれると思えねえしなぁ)

 こちらの話に耳を傾けてくれるような少年たちではない。どうせモブだと決めつけ排除しようとしてくる。なまじナクルの傍にいるからその反応はより顕著になるだろう。

(そういやあの二人が転生者だとして、他の転生者たちもこの世界にいるとしたら、そいつらも原作知識はあるのか?)

 少なくともあと一人、神に言い寄っていた三人のうち赤髪と銀髪がいたとしたら、もう一人もまた原作知識はありそうだ。しかし二人と同じように、ハーレム思考や支配欲に塗れていたら、こちらが知識を求めても素直に教えてくれるとは思えない。
 というよりも情報がない以上、残りの一人を探すこともできない。

(そもそもこの近くにいるのかどうかすら分からんしなぁ)

 同じ世界、同じ町に転生したとしても、名前も顔も分からない以上はどうすることもできない。

(あとは……確かもう一人いたけど……)

 そう、転生者は自分とあの三人を含めてあと一人。合計五人だった。
 残りの一人は、沖長のように一歩引いて例の三人を冷たい眼差しを向けていたような気がする。ハーレム発言や欲望まっしぐらにする三人があまりにも下品でドン引きしていたのかもしれない。

 何せもう一人は――女性だったのだから。

(確か二十代前半くらいの大人の女性だったよな……)

 チラリと見たくらいだからハッキリとは覚えていないが、一人だけ女性だったために印象は残っていた。

(あの女性も同じ場所に転生したとして、原作知識はあるんだろうか……?)

 あったとしても、ここら周辺に転生していたとしても、先と同じように探す方法は残念ながらないのだが。

「はぁ……ままならんよなぁ。この世界が平和なラブコメだったらと願うだけか……」

 そう願いつつも、気になるのは赤髪の持つ妙な力のこと。
 平和な日常アニメに、あんな暴虐な力は邪魔なだけで必要ないはず。だがもしそういう能力が必要な世界だとしたら……。

「…………ああヤメヤメ! 今は幾ら考えてもどうしようもないしな」

 そもそもこれだけの情報では。まだ何も答えは出せない。とりあえず流れに身を任せつつ様子を見ることにした。
 足を振って、その勢いで上半身を起こしてベッドから出る。そのままリビングへ行くと、キッチンから良いニオイが漂ってくる。

 見れば葵が鼻歌交じりに夕飯を作っていた。何か手伝おうかと言うと、葵が嬉しそうにサラダを用意してほしいと言うので、冷蔵庫からカット野菜を取り出して皿に盛りつけていく。

 夕飯の準備が終わると、ベストタイミングで父親である悠二が帰ってきたので、三人でさっそく食卓を囲う。

「――ふぅん、変な子供がいるもんだな」

 今日道場で起こったことを葵が説明すると、悠二は眉をひそめながら感想を述べた。

「でもきっとその子っては、ナクルちゃんに一目惚れしたのよぉ。だってナクルちゃんってものすっごく可愛いじゃない!」
「いや葵、一目惚れしたとしても、自宅に突撃して無理矢理侵入しようとするなんてどうかしてるぞ。親は一体どういう教育してるんだか」

 悠二の言うことに賛成だ。
 しかも沖長の見解通り、赤髪が転生者だとするなら子供ではなく、精神的には成人に近いはず。それであの態度なのだから、教育云々を言うのであれば前世の親は何をやっていたのかと言ったところだろう。

「でも誰かに恋するのは素敵なことよぉ?」
「それは否定しないよ。ただ行き過ぎて他人に迷惑をかけたらダメだろ?」

 さすがの葵も「それもそうねぇ」と、反論はしなかった。ただ最後に「でも情熱的よね」と締めくくっていたが。
 確かに葵の言うように一目惚れ自体は悪くないし、恋は素敵というのも実感からくる言葉なのだから否定すべきものではないだろう。

 しかしながらそのせいで誰かを悲しませたり傷つけるのは間違っているとは思う。

(もっとも俺はあんな風に熱烈に誰かを求めたことはなかったけどな)

 一応初恋もあったし、何度かお付き合いもさせてもらった。ただどの恋愛も長続きはしなかった上、燃えるような恋などという枠には当てはまらなかったと思う。
 そう考えれば、ハーレムを求めているとはいえ、誰かに強く執着できる赤髪少年たちの情熱だけは少し羨ましい。

 前世でも美味いグルメ巡りは趣味ではあったが、マニアとは言い難いレベルだったのは否めない。普通よりも少し食べることが好きだったというだけ。

「でも情熱かぁ……」
「あら、沖ちゃんてばもしかして誰かに恋しちゃってるのぉ?」

 興味津々といった様子で目を輝かせている葵。どうやら無意識に声を出していたようだ。

「ああいや、違う違う。俺にも無我夢中になれるものが見つかるかなぁって思って」

 自分のすべてを注ぎ込めるような何か。夢や希望と言い換えてもいいかもしれないが、それは前世では諦めていたものだった。

「お前はまだ子供だし、これからいろんなことを経験して学んでいけばいい。きっと自分の好きな道を見つけられる」
「うんうん、それに恋もね! 沖ちゃんなら誰よりも素敵な人を見つけられるわよ!」

 悠二のはともかく、葵の未来予想図は叶いそうもない。自分が恋に夢中になる姿が想像できないからだ。

「そうだな。母さんのような女性を見つけるといい」
「もう悠二さんってば! はい、あーん」

 上機嫌になった葵が、いつものごとく悠二とのイチャイチャタイムに突入した。

(平和だなぁ。どうかこの世界が平和な日常がテーマの物語でありますように)

 そう願い、両親のラブラブを横目に溜息を吐くのだった。



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