俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ

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(まあとにかく、師範代ってことは師範のナクルのパパさんの次に強いってことだよな)

 すると奥の扉が開き、そこから道着を着用した蔦絵が現れる。帯はナクルの白と違い、恐らくは有段者を示すであろう黒を装着していた。

 長い黒髪は後ろで縛っていて表情もどこかキリッとしているからか、その凛とした佇まいは武士の雰囲気を漂わせている。

「ではまずストレッチから始めましょうか。沖長くんも、良かったらやってみて」

 ナクルも蔦絵も軽く身体を動かし始めたので、沖長も言われた通りにストレッチをする。
 そうして二人が念入りにストレッチしたあと、道場の真ん中で向き合う。沖長は邪魔にならないように壁際に立っている。

「それでは始めましょうか。いつでも来なさい、ナクル」
「はいッス! やあぁぁぁぁっ!」

 自然体のまま立つ蔦絵に対し、ナクルは一瞬腰を落とすと弾かれたように突っ込む。その動きは確かに子供にしては速いものだ。
 そのままナクルがダラリと垂れている蔦絵の手を両手で掴もうとする……が、それは空振りに終わってしまう。ナクルは驚くが、沖長もまた目を見開いてしまう。

 何せナクルが蔦絵をすり抜けたのだから。いや、すり抜けたように見えたのである。
 ナクルは「わわわ!」とこけそうになっているが、踏ん張って体勢を立て直した。

(おいおい、ブレて見えたぞ今の)

 微かだが蔦絵が、一瞬にしてその場から動き、ナクルが通過した直後に元の位置に戻ったのが分かった。しかし遠目から見ていても尋常ではない速さ。目の前にいたナクルは、それこそ消えたように感じたはずだ。

 それから何度もナクルは掴もうとチャレンジするが、その度にまるで雲を相手にしているかのように実体を捉えられずにいる。

(人間離れし過ぎだろ、あの動き)

 これまで様々なスポーツ観戦をしてきた。中には格闘技もあるが、あんな動きをする人物を沖長は初めて目にした。

 ナクルは決して遅い攻撃をしているわけではない。それどころか一般的な六歳児と比べても間違いなく逸脱した動きをしていると思う。ハッキリいってナクルと鬼ごっこをしても一分も持たずに捕まる自信があるほどだ。

 子供の頃からあれだけの動きができるのだ。きっと将来はどんなスポーツでもオリンピックで十分に通用する選手に育つことだろう。
 そんな彼女の動きすら、まるで意に返さないといった様子で回避している。しかも当の本人は余裕綽々といった表情を浮かべたまま。

 そうして五分ほどそんなやり取りが続いたが、いつの間にかナクルは汗だくになって四つん這いになっていた。

「ん~相変わらず常に全力ね、ナクルは。そんなんじゃすぐに体力がなくなるって前にも言ったでしょう?」

 いやいや、五分も全力で動けるだけで普通は驚異だから。

「ぜえ……ぜえ……ぜえ……や……やっぱり…………ツタエちゃ……ん……スゴイ……ッス……で、でも!」

 突然その場からナクルが床を両足で蹴り出し、物凄い速度で蔦絵に迫った。
 蔦絵も少々油断していたのか、「あら?」と目を見開く。

 恐らくナクルは最後最後に余力を少しだけ残していたのだろう。それを相手が油断しているのを見て、一気に残力を爆発させた。

(おっ、これなら今度こそ捕まえられるかも!)

 この五分間、まるでナクルの勝機がなかったように思えていたが、これならあるいは……。

 そう思った矢先のことだ。捕まえようと伸ばしていたナクルの右手を目にも止まらないほどの速度で蔦絵は掴むと、そのまま軽く捻って投げ飛ばしてしまった。
 ナクルはクルリと身体を半回転させられてしまい、そのまま畳の上に背中から落ちる。

「ナクルッ!?」

 思わず声を上げ、彼女に駆け寄っていた。

「だ、大丈夫かナクル!? ちょ、七宮さん、さすがにこれはやり過ぎでは!?」

 まさか彼女が盛大に投げ飛ばすとは思っていなかったので、これには黙っていられなかった。

「う~ん、そう言われてね。これがナクルの日常だし」

 その言葉にギョッとしてしまう。

(い、今みたいなのが日常……?)

 まだ六歳児相手に対し行うような組手ではないように思える。何せ投げ飛ばしたんだから。

「う、うぅ……」
「!? ナクル? 大丈夫か?」
「……あ、あはは……だいじょうぶッス……。せなか……ちょっといたいッスけど……」

 あれだけの衝撃がちょっとだけとは、本当にこういうことに慣れているみたいだ。

(俺が思った以上に古武術ってスパルタなのか……?)

 もしくは道場の娘として相応しいようにシゴキを受けてきたからかもしれないが。

(これじゃ……確かに友達と遊んでる暇なんかないだろうな)

 これだけの厳しい練習を行っているからこそのあの動きであり、痛みへの慣れ。それは娯楽などに勤しんでいる時間を費やす暇などなかっただろう。

「どう、ナクル? もう一本するかしら?」

 またもや愕然とする提案が蔦絵から飛び出てくる。しかも……。

「……ふぅ~。ちょっとたいりょくもどってきたッスから、いけるッスよ」

 そう言いながら普通に立ち上がる幼児。

(え、まだ一分も休憩してないけど!? しかも体力回復してるってマジか!?)

 五分以上全力で動きっぱなしで、さらに大きく投げ飛ばされた上、数十秒しか休憩していないのにもかかわらず、すぐに立ち向かえるほどの回復力を見せる。こんな幼児がこの世にいるだろうか。目の前にいるのだけれども……。

「おいおい、まだやる気か?」
「だいじょうぶッス! つぎはぜーったいにさわってみせるッス!」

 どうやらやる気はあるみたいだ。意外にもこの子は負けず嫌いなのかもしれない。

「もしかしてちょっとナクルが七宮さんに触ることができればOKって感じ?」
「ええそうよ。正式な組手……とは違うけれど、これでも十分ナクルにとっては良い修練になるからね」

 確かに組手といえば互いに攻防を繰り返すものだが、ほとんどナクルが攻めているだけだった。

「よーし! やるッスよー!」
「あー待て待てナクル。ハッキリ言うけど、今のままじゃいつまで経っても七宮さんに触ることできないと思うぞ」
「ふぇ? ど、どうしてッスか?」
「いや、あのな……最後のはともかく、ただ真っ直ぐ突っ込んでるだけじゃないか。しかも全力で。それじゃあいくら速くても動きは読みやすいだろ。あとすぐバテるし」
「うっ……け、けどボク……それしかできないッスから」
「まあ……それもそうか」

 何せ動きは大人顔負けでも思考は子供なのだから仕方ない。

「ただ最後の動きは相手の隙をついた感じで良かったぞ」
「ホ、ホントッスか!?」
「ん、けどこれも真っ直ぐ行き過ぎだな。相手が格上なら、腕が掴まれることを見越してフェイントを入れるべきだった」

 あれだけの動きができるならフェイントだってやろうと思えばできたはずだ。相手が油断しているなら猶更、あの時にフェイントを入れてさえいれば目的を達成できた可能性は高いと踏んだ。 

 そんな感じで、素人考えではあるが、自分の感じた通りのことを口にしていた。ただ蔦絵が、こちらに射抜くような視線を向けていたことに沖長は気づけなかった。


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