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(とりあえずいろいろ整理しよう)

 周りから集められる情報で、まず間違いなくここが現代日本であることは理解できた。
 どこにもファンタジーの要素はないし、何で六歳児なのかということ以外は特に問題はないだろう。

 確かに最後の神の言葉から、生き抜くのに大変なファンタジーな世界に転生するものだと勝手に思い込んだ。
 しかしそれも杞憂だったようで、現代日本ならばそうそう危険な目には遭わないだろうからホッともしている。

(まあ、異世界にも憧れてたけど、こればっかりはワガママいってもなぁ)

 それに物語のように死の危険が多分にある世界だと、当然生存率も落ちる。考えてみれば現代日本で人生をやり直せるのだから十分以上に幸運かもしれない。
 それに……と、自分の身体を軽やかに動かしていく。しかも飛び跳ねたりなんかしても息が切れない。

「おぉ、マジで丈夫そうな身体だな!」

 転生特典の一つ目が、しっかり反映されているであろうことを実感し嬉しくなる。
 これならスポーツマンを目指すこともできるだろう。いや、前世ではできなかったが、やってみたいと思っていた山登りができるかもしれない。

 自分は山という存在が好きだ。あの堂々として大きな存在感に勇気をもらえる。いつか日本の代名詞ともいえる富士山を登頂したいと思っていたが、いかんせん虚弱体質の自分には過ぎた願いだったのだ。 

 だがこれからはしっかり準備を整えれば挑戦することができるかもしれない。それが本当に嬉しかった。もうワクワクが止まらない。

(あ、そういや今の名前は……)

 不意に今世の自分の名前が気になった。するとこれまでの五年間の記憶が朧気ながらも脳裏に浮かび上がってきた。

「……って、名前一緒なのね」

 どうやら今世の名前も前世と同じ札月沖長らしい。まあ慣れ親しんだ名前なので良しとする。
 だが父と母は前世とは別みたいだ。そう思っていると、「入るわよ~」と間延びした声音とともに扉が開かれた。

 そこから現れた人物こそ、今世の自分の母である札月葵。ほんわかした優しい雰囲気を纏いスタイル抜群の女性だ。思わずドキッとしてしまうほどに。

(お、落ち着け、自分の母親なんだから!)

 そう言い聞かせ、慈愛の溢れる笑みを浮かべながら近づいてくる葵を見つめ続ける。

「どうしたのぉ、そんなに見つめてきてぇ。あ、もしかして抱っこしてほしいのかなぁ?」

 こちらの許可を無視し、軽々と抱き上げてくる。
 確かな温もりと女性特有の柔らかさに良い香り。しかしどこか懐かしく心が穏やかになっていく自分がいる。

「もううぐパパも帰ってくるからねぇ……あ、噂をすれば」

 玄関がある方角から扉が開き、そこから「ただいまー」という男性の声が聞こえてきた。
 そしてそのままこちらにその人物が歩いてくる。

「お、二人ともここにいたんだな、ただいま」
「おかえりなさぁい、あなた」

 思わず誰だこのイケメンとツッコミを入れそうになった。いや、自分の親父なのだが。
 しかしそれほどに逞しい身体つきをしたアスリート系のイケメンだった。記憶によると水泳の世界選手権で名を残すほどの人物らしい。今は水泳選手を引退しスイミングスクールを経営しているようだ。

 父――悠二と葵は互いに近づくと軽く口づけをかわす。どうやらラブラブのようで何よりだ。
 そのあとに今度は悠二に抱かれながらリビングへと向かう。

(このガチムチ感、抜群の安心感を覚えるなぁ)

 自分もこんなふうにガッシリとした体格になれると嬉しいなんて思っていると、テレビの前にあるソファで降ろされ、そのまま隣に座った悠二と一緒にテレビを観ることになった。だがそこで前世との違いに気づく。

(あーやっぱ知ってる芸能人はいないか)

 悠二がチャンネルを変える度に現れる人物たち。その誰一人として知らなかった。
 どうやらここは現代日本ではあるが、前世とはまた違うパラレルワールドであることを知る。

(これじゃあ、俺が知ってる競馬とかで大儲けはできないね、残念)

 そんなに詳しくはないが、それでも超有名な名馬がどの賞レースで一位を獲ったかくらいは記憶の片隅にあった。しかし世界そのものが違っている以上は、その記憶は役には立たないだろう。

(けど俺が知ってるアニメとか漫画もないのかなぁ。だったら凹むわぁ)

 日本と言えばアニメと漫画。そう世界に誇れるくらいに盛んだったし、沖長もまた大作と言われるものは目を通している。
 中には何度観ても感動を覚えるものもあるし、永遠に語り継がれて欲しい名作だってあった。それが失われたのならさすがにショックである。

(まあでも、この世界でも新しいものに出会えることに期待するか)

 そのあとすぐに悠二に連れられ、一緒に風呂に入ることになった。親父の持つ男の勲章を直面してしばらく呆気に取られた。
 何せ思わず「デカッ!?」と叫んでしまったほどにモノが巨大だったからだ。ちなみに自分のは当然ながらまだまだ可愛らしいモノだったことは言うまでもないだろう。

 ただ風呂場にあった鏡で初めて自分の姿を確認して、外見は前世とは全く違うことに気づく。前はイケメンでもブサイクでもないどこにでもいるような顔立ちだったが、今は美女と美男のDNAを受け継いでいるお蔭か、それなりに整っていた。

 それでもどちらかというと母親似であり、垂れ目で瞳が大きく愛らしさが強い。沖長としては釣り目で男らしいルックスの持ち主である父に似たかったが。
 そうして風呂から出た後は、葵が作った料理を食べることに。

 葵は料理が得意で、ご飯でさえ土鍋で炊くほどのこだわりよう。あまりの美味さに一心不乱に食べまくってしまった。
 食事の後は、また悠二と一緒にテレビを観ながらの談笑。そして午後九時になると、さすがに六歳児らしく眠気が襲ってきたので自室へと戻っていった。

 ベッドの上で横になりながら少しの間だけ思考に耽る。

(……いい家族だなぁ)

 別に前世の家族が悪かったわけではない。どこにでもいるような一般家庭だった。ただ自分が三十台に入った頃に両親が事故で他界してしまった。
 これから稼いで親に恩返しという矢先にいなくなったことで胸にポッカリと穴が開いたのは覚えている。

 だからか、でき得ることなら次生まれ変わったらキッチリ恩返しできればいいと思っていたのだ。
 それもこんなに早く機会が巡ってくるとは思わなかったが。

(今度は無事に長生きしてもらいたいな)

 それを心から願う。そして育ててもらった恩返しを、前世の家族の分まで今世の家族にしていきたい。
 幸いにも健康的で丈夫な身体を望んだから、怖い病気とかで両親より先に死んだり悲しませたりはしないだろう。

(あーそういやまだアレの確認もしてなかったな……でも……今日はまあ……いいや)

 さらに強い眠気が襲ってきたため、自然と瞼が降りて意識が闇に沈んでいった。


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