10 / 32
9
しおりを挟む
「つまりムトは、ここに来るまでの記憶が一切ない?」
「……狭いところに入った覚えは……ある、かも」
「狭い……? それって……あ」
「何か心当たりでもあるのかツナギよ」
「あーほら、この子がいた砂浜に見慣れない樽があったじゃん」
「うむ、半壊してはいたが……って、まさか」
「うん。多分その中に入って海に流されてたんじゃ……」
それでこの【箱庭】まで流れ着いたのではと僕は思った。
「なるほど。辻褄は合うが、だとすると何故樽の中にという新たな疑問が浮かぶが」
それは何とも……。
まさか人間に捕まり多額で取り引きされ、その際に樽に閉じ込められて……ああいや、貴重で力も強いドラゴン族をわざわざ軟な木材でできている樽に閉じ込めるのは現実的じゃないか。
普通は堅固な檻か、それに等しい拘束具を使用するだろう。
しかし別段拘束されていた節もないし。
そうすると考えられるのは……。
「自分で樽の中に入った? あるいは納得して誰かに入れられた?」
それくらいしか思いつかないけど。
「ねえムト、僅かでもいいから何か覚えてることはないの?」
ムトは若干目を伏せて考え込み、そして……首を左右に振った。
「そっか……」
「……ごめん」
「ああいや、別にいいんだよ。そもそも君自身のことなんだし」
だからそんなシュンとした表情をしないでほしい。何だか虐めてるみたいじゃないか。
「だが名前と、自身が『紅竜』であること、そして《人化》ができることは覚えている、か」
ヤタの言うように、自分の種族や能力を覚えているっていうのは不思議だ。
彼女が嘘を吐いているわけでもなさそうだし、これは僅かながら記憶が残っていたと解釈するべきなのだろうか。
ムトのような〝五天竜〟はその出生はとても珍しい。
交配して卵を産み落とすというのではなく、死期が来た時に自らを転生させて卵と化すのである。
能力などはその都度衰えてしまうものの、知識は持ち越せるようで、産まれた瞬間からすでに多くの理を理解しており、成長もまた早いという。
だからムトも幼く見えても、本来なら誰よりも人生経験が豊富な大人ともいえる精神を宿している。
自分が『紅竜』であることも、《人化》ができることも、誰に教えられることなく、最初から記憶にあるというわけだ。
「……うん。ま、いいじゃんか」
「ツナギ?」
「ヤタも興味は尽きないかもしれないけど、ムトは悪い魔物じゃなさそうだし、何も問題はないと思うけど?」
「むぅ……」
ヤタが懸念しているのは、ドラゴンとしての力だろう。
もしムトは本気で暴れれば、こんな【箱庭】など一瞬にして灰と化してしまうかもしれない。
だけど僕にはムトがそんなことをする存在には見えない。少なくとも今は。
記憶が戻ったら、その時はその時で何とかするしかない。
予想出来得る危険度が高いからといって、ここから出ていけなんて言えるほど僕は冷たくない……と思う。
「ねえムト、一つ提案なんだけど」
「?」
「行くところもないんでしょ? だったらここでしばらく暮らしてみない?」
「……いいの?」
「うん。記憶が戻るまででもいいし、自分で何かやりたいことを見つけたら、その時に出て行ってもいいし。君は自由に過ごせばいいよ」
幸いここは魔物たちが住む楽園(予定)なのだ。
魔物の神様を目指す僕としては、こんな身形でも恐らくイチたちより何百倍も強いムトが傍にいてくれれば他者からの脅威に少し安心できるし。
「あ、でも自由にって言っても、できたら僕の仕事を手伝ってくれると嬉しいけどね」
「お仕事? ……それを手伝ったらお腹いっぱい食べられる?」
「あはは、もちろんだよ」
「! じゃあ、ムトは頑張る」
よし、何とか交渉成立したようだ。
「いいでしょ、ヤタ」
「…………あくまでもココの管理人はお主だ。お主がそう決めたのであれば何も言うまい」
じゃあそういうことで、まずは自己紹介をしなきゃ。
「遅れたけど、僕はこの島――【箱庭】っていうんだけど、それの管理人でツナギだよ。こっちはヤタっていって僕のサポートをしてくれてるんだ。あとは……おいで、お前たち」
そう呼びつけると、イチたちスライムが跳ねながら接近してきて、僕の肩や頭の上に乗る。
彼らの名前も教えると、イチたちも礼儀正しくお辞儀のような仕草をした。
「これからよろしくね、ムト」
「ん、よろしくツナギ」
こうして【箱庭】に新たな仲間が誕生した。
「……狭いところに入った覚えは……ある、かも」
「狭い……? それって……あ」
「何か心当たりでもあるのかツナギよ」
「あーほら、この子がいた砂浜に見慣れない樽があったじゃん」
「うむ、半壊してはいたが……って、まさか」
「うん。多分その中に入って海に流されてたんじゃ……」
それでこの【箱庭】まで流れ着いたのではと僕は思った。
「なるほど。辻褄は合うが、だとすると何故樽の中にという新たな疑問が浮かぶが」
それは何とも……。
まさか人間に捕まり多額で取り引きされ、その際に樽に閉じ込められて……ああいや、貴重で力も強いドラゴン族をわざわざ軟な木材でできている樽に閉じ込めるのは現実的じゃないか。
普通は堅固な檻か、それに等しい拘束具を使用するだろう。
しかし別段拘束されていた節もないし。
そうすると考えられるのは……。
「自分で樽の中に入った? あるいは納得して誰かに入れられた?」
それくらいしか思いつかないけど。
「ねえムト、僅かでもいいから何か覚えてることはないの?」
ムトは若干目を伏せて考え込み、そして……首を左右に振った。
「そっか……」
「……ごめん」
「ああいや、別にいいんだよ。そもそも君自身のことなんだし」
だからそんなシュンとした表情をしないでほしい。何だか虐めてるみたいじゃないか。
「だが名前と、自身が『紅竜』であること、そして《人化》ができることは覚えている、か」
ヤタの言うように、自分の種族や能力を覚えているっていうのは不思議だ。
彼女が嘘を吐いているわけでもなさそうだし、これは僅かながら記憶が残っていたと解釈するべきなのだろうか。
ムトのような〝五天竜〟はその出生はとても珍しい。
交配して卵を産み落とすというのではなく、死期が来た時に自らを転生させて卵と化すのである。
能力などはその都度衰えてしまうものの、知識は持ち越せるようで、産まれた瞬間からすでに多くの理を理解しており、成長もまた早いという。
だからムトも幼く見えても、本来なら誰よりも人生経験が豊富な大人ともいえる精神を宿している。
自分が『紅竜』であることも、《人化》ができることも、誰に教えられることなく、最初から記憶にあるというわけだ。
「……うん。ま、いいじゃんか」
「ツナギ?」
「ヤタも興味は尽きないかもしれないけど、ムトは悪い魔物じゃなさそうだし、何も問題はないと思うけど?」
「むぅ……」
ヤタが懸念しているのは、ドラゴンとしての力だろう。
もしムトは本気で暴れれば、こんな【箱庭】など一瞬にして灰と化してしまうかもしれない。
だけど僕にはムトがそんなことをする存在には見えない。少なくとも今は。
記憶が戻ったら、その時はその時で何とかするしかない。
予想出来得る危険度が高いからといって、ここから出ていけなんて言えるほど僕は冷たくない……と思う。
「ねえムト、一つ提案なんだけど」
「?」
「行くところもないんでしょ? だったらここでしばらく暮らしてみない?」
「……いいの?」
「うん。記憶が戻るまででもいいし、自分で何かやりたいことを見つけたら、その時に出て行ってもいいし。君は自由に過ごせばいいよ」
幸いここは魔物たちが住む楽園(予定)なのだ。
魔物の神様を目指す僕としては、こんな身形でも恐らくイチたちより何百倍も強いムトが傍にいてくれれば他者からの脅威に少し安心できるし。
「あ、でも自由にって言っても、できたら僕の仕事を手伝ってくれると嬉しいけどね」
「お仕事? ……それを手伝ったらお腹いっぱい食べられる?」
「あはは、もちろんだよ」
「! じゃあ、ムトは頑張る」
よし、何とか交渉成立したようだ。
「いいでしょ、ヤタ」
「…………あくまでもココの管理人はお主だ。お主がそう決めたのであれば何も言うまい」
じゃあそういうことで、まずは自己紹介をしなきゃ。
「遅れたけど、僕はこの島――【箱庭】っていうんだけど、それの管理人でツナギだよ。こっちはヤタっていって僕のサポートをしてくれてるんだ。あとは……おいで、お前たち」
そう呼びつけると、イチたちスライムが跳ねながら接近してきて、僕の肩や頭の上に乗る。
彼らの名前も教えると、イチたちも礼儀正しくお辞儀のような仕草をした。
「これからよろしくね、ムト」
「ん、よろしくツナギ」
こうして【箱庭】に新たな仲間が誕生した。
0
お気に入りに追加
91
あなたにおすすめの小説
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
孤独の魔女と独りの少女
徒然ナルモ
ファンタジー
遥かな昔、凡ゆる魔術 凡ゆる法を極め抜き 老いや衰退すらも超克した最強の存在 魔女達の力で、大いなる厄災は払われ 世界は平穏を取り戻してより 、八千年 …避けられぬと思われていた滅びから世界を救った英雄 又は神として、世界は永遠を生きる七人の魔女達によって統治 管理 信仰され続けていた…
そんな中 救った世界を統治せず、行方をくらませた 幻の八人目の魔女が、深い森の中で 一人の少女を弟子にとったと言う
神話を生きる伝説と 今を生きる少女の行く末は、八千年前の滅びの再演か 新たな伝説の幕開けか、そんなものは 育ててみないと分からない
【小説家になろうとカクヨムにも同時に連載しております】
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【R18】引きこもりだった僕が貞操観念のゆるい島で癒される話
そーだえんそ
恋愛
高校二年生で引きこもりだった藤代蓮(ふじしろれん)は親の計らいによって朔淫島(さくいんとう)へと向かう。
高校生活ですり減っていた精神を癒やすための慰安旅行的な性格が強かったが、そこで出会った人たちは少し貞操観念がゆるくて自然と深い関係を結ぶことに……。
対人関係での悩みを抱えた主人公が島での生活を通して自信を取り戻していく淡くエッチな物語。
※♡マークあり
※基本的に男一人称視点で記述します
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
Deity
谷山佳与
ファンタジー
日本で古くから続く一族直系に産まれた、安倍妃捺は”玉依姫《たまよりひめ》”と特別な呼称で呼ばれ、歴代の一族の中でも群を抜いて高い霊力と神力を持っている。
四兄妹の真ん中で唯一一族の中での成人の儀裳儀《もぎ》と、当主候補として就任するために儀式に挑むのだが・・・・。
※なろうで連載途中だったものをこちらに移動して来ました。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる