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「……おい嬢ちゃん、すまんけどコイツはワシの獲物やで」
「は? 我は喧嘩を売られたのだぞ? たかがクズ人間ごときにだ」
「ええからすっこんどれアホ! これはワシのケンカやぞ!」
「おお、おお、吠えおるな。ならば二人纏めて相手してやってもよいのだぞ?」

 何やら味方同士だったはずなのに、一気に険悪なムードが立ち込める。
 だがそこで、痺れを切らしたかのように大男が手斧で床を砕いた。
 その衝撃で、兄さんと少女は一旦口喧嘩を止める。

「さっきからピーピーピーピーうるせえ! どいつもこいつもこのヒアドス様がぶっ殺してやるぜぇっ! うおらぁぁぁぁぁぁっ!」

 その巨体を活かして兄さんへと突っ込み、手斧を勢いよく振り回す。
 しかし兄さんはその手に持った槍でピタリと受け止めてしまう。

「んなっ!?お、俺様の攻撃を受け止めただとぉっ!?」
「はんっ、鍛え方がなっとらへんな! それでも盗賊団の団長なんか、おお?」
「ち、ちぃっ! ならこれでどうだぁっ!」

 両手の手斧による連撃が繰り出される。
 私では絶対に受け止められないし回避もできない攻撃ではあるが、兄さんは見事に槍を器用に使って捌いていく。

「ぐぬぅぅっ! おのれぇぇぇっ!」
「もう飽きたで、木偶の坊。ここらで終わりにしようや」

 兄さんが一旦距離を取ると、前傾姿勢で槍を構えた。

 あ、あの構えは……!

 兄さんが小さい頃から得意としていた技の一つ。

「我、願う。女神イーヴェキュアよ、か弱き子らに蒼天の欠片を与え給え。その光の名は強化の衣――《ブレイヴオーラ》」

 自身の身体能力を向上させる法術を使う兄さん。

「なっ、お前――法術師だったのか!?」

「今頃遅いわ! 冥途の土産にとっとけぇっ!」

 兄さんが床を強く蹴り出し、電光石火の動きで大男の懐に入ると、そのまま一瞬にしてすれ違った。
 兄さんと大男は背中合わせで立つ。

「……! ん? あ? は、ははは、はははははは! 何だ不発かバカめ!」

 てっきり攻撃されたと思い、自分にダメージがないことに気づいた様子の大男はバカにしたように笑う――が。

 ――バキィィィッ!

 突如として二つの手斧が粉砕し、その直後に大男の胸に大きな穴がポッカリと空く。

「ぐっふぁぁぁぁぁっ!?」

 大男は白目を剥き、口から大量の鮮血吐きながら前のめりに倒れる。

「バ、バカ……な……っ!?」
「……『アヴァンテ流・三ノ型・瞬烈閃』」

 兄さんが静かに技の名前を口にする。

「ぐっ……ア、アヴァ……ンテ……流……だとぉ? ま、まさか……お前……が……っ」

 最期にそれだけを口にして大男は息を引き取った。
 同時に私と姉さんはホッと息を吐く。

 さすがは兄さんだ。あれほどの強者を物の数にしないで倒すなんて。
 いつか武人として名を馳せたいといって、孤児院を卒業していった兄さんだけど、もう立派な武人になったと妹として誇らしい。

「ちっ、美味しいとこを持っていきおって」

 ただ少女だけはかなり不満そうではあるが。
 それでもこれで絶望から解放されたと思った矢先――。

「――っ!? 誰や!?」

 咄嗟に声を上げてある場所を睨みつける兄さん。
 それは私たちが下りてきた階段の方。そこから一本の矢が放たれてきた。
 向かう先は――――アコア姉さんだ。

「アコアァァァァッ!?」

 矢に気づいた兄さんがすぐにアコア姉さんに飛びついて抱きしめる。
 だがあまりにも咄嗟のことだったため、避けることが叶わずに矢が兄さんの右腕を貫いてしまった。

「うっぐっ!?」
「スーッ!?」
「兄さんっ!?」

 私も兄さんたちのもとへ駆け寄る。 
 だが再度放たれた矢が私の直前に落ち足を止めてしまった。
 そして背後に気配を感じたと思ったら、誰かに腕を取られて拘束されたのである。

「だ……誰?」

 後ろにいる人が何者なのか確認する。
 それは大男の部屋にいたあの細身の人物であった。
 出会った時と変わらず不気味な笑みを浮かべたままだ。

「スーッ、しっかりしなさい!」
「だ、大丈夫や……っ! お、お前……」

 兄さんが腕を庇いながらも、私の背後にいる男を睨みつける。

「無様なものですねぇ」
「……なるほど……な。アイツの言った通りやったんか。まさかマジでテメエが裏で糸を引いとったやなんてな――――ジタンッ!」

 え……名前? 知り合い……なんですか?

「フフフ、お久しぶりですねぇ。あなたに退団を言い渡されて以来でしょうか」

 退……団? 何かの集団に兄さんたちが入っていということなのでしょうか?

「ぐっく……っ、本当は信じたくはあらへんかった……。曲がりなりにも同じ釜の飯を食ってた仲間やったからな。けどテメエは――団の名誉を汚した。こんなクズどもと手を組むやなんてなぁ。落ちるとこまで落ちたってわけかい」
「手を組む? 冗談でしょう。私が賊などという輩と手を組むわけがないじゃないですか。あなたたちにしてもそうです。私が団に近づいたのは、あくまでも利用価値があったため。あるものを探し出すのに、私一人では時間がかかり過ぎると考えただけですよ」
「ある物……やと?」
「ええ、コレです」

 そう言ってジタンと呼ばれた人がローブの懐から取り出したのは一冊の本。表紙もページもすべてが漆黒に塗り潰された奇妙な書物だった。


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