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「違うっ! オレじゃないっ! オレは何もしてないんだっ!」

 周囲を剣や槍で武装した兵士たちに囲まれながら、手に枷をつけられ自由を奪われたオレはあらん限りの声を出す。
 敵意を向けてくる兵士たちを割って入ってきた人物が、優越感を満たすような笑みを浮かべてオレを見下しつつ口を開く。

「いいや、僕は見たよ。君が――姫様の婚約者と激しく口論をしているところを。そして絶対に殺すと口にしているところもね」
「なっ!? 嘘を言うな矢垣っ!」

 矢垣総司――オレが通っている学園のクラスメイトである。
 品行方正、眉目秀麗、文武両道、彼を表す言葉はどれも人として誇りあるものばかりだ。

 事実、学園の成績は常にトップで、所属しているサッカー部のエースでもある。
 女子にモテるのは当然で、教師にも全面的に信頼されている完璧超人だ。

 ぼっちで目立たないオレとは正反対の存在だろう。
 少なくとも表向きは、それが皆が……オレも含めて下していた彼への評価だった。
 そんな彼とオレは、ある日の放課後、とてつもない現象に巻き込まれることになる。






 その日、オレは授業が終わると、いつものように直帰する予定だったが、タイミングの悪いところに廊下で教師にゴミ捨てを手伝ってほしいと頼まれた。

 仕方なく教師からゴミが入った段ボールを受け取り、目的地である外にあるゴミ置き場へ向かった時、曲がり角から勢いよく女子生徒が飛び出てきたのだ。
 しかも目を腫らしながら慌てて、である。

 一体何事かと思っていると、さらにその曲がり角から出てきたのが件の矢垣だった。
 オレを見ると直後に、それまで見せたことのないような冷たい視線を向けられ、

「見てたのか?」

 と聞いてきたので、

「いや、今来たところだけど」

 そう事実を返すと、彼の表情はフッと緩み、すぐにバツが悪そうな顔をして言った。

「そっか。あはは、驚かせて悪い。実はその……告白されてさ」

 別に珍しくはなかった。三日に一度は誰かに告白されているらしいと噂される彼だから。
 事実、オレも彼に対する告白現場を見るのは二度目だったりする。
 なるほど。さっきの女子生徒は振られたショックで泣いていたのかもしれない。
 それならあの表情は理解できるが。
 ただ少し慌て過ぎだったような気もするが。それに……。

 何故着衣が乱れていたんだ……?

 制服のボタンが外れクシャクシャに乱れていたことが気になった。
 だがすぐに矢垣が「何故ここにいるんだい?」と聞いてきたので事情を軽く説明した。
 すると「大変だね、手伝うよ」と、いかにも優等生という返しをしてくる。

 だがその時だった。

 不意にオレと矢垣の足元が異常なほどの発光現象を起こしたのである。
 それはどこか漫画やアニメに出てくるような魔法陣のようなものに見えた。
 直観的に、このままではマズイことになると思ったオレは、すぐにその場を離れようとしたがもう遅かった。

 魔法陣から瞬間的に浮き上がってきた不気味な重厚そうな赤い扉。
 何の支えもなく、鎖に縛られた扉が突如現れたことで、オレたちは唖然として固まってしまっていた。
 その間に、鎖が無理矢理引き千切られたかのように砕かれたと思ったら、扉がギギギィ……と音を立てて開き始めたのである。

「な、何だよコレ……?」

 さすがの矢垣も黙っていられず戸惑っている様子だ。
 直後、開いた扉から強烈な吸引力が発生した。

「「なっ!?」」

 すぐに引き込まれないように踏ん張ろうとするが、その力はとてもオレたちでは対抗できずに、フワッと身体が浮いた。

「「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」

 そのままオレと矢垣は、扉の奥へと吸い込まれていった。

 そして数秒後――――ハッとして気づくと、目の前に広がっていたのは、先程まで自分が立っていた場所とは明らかに違っていたのである。
 どうやら横たわっていたようで、「いてて」と頭を擦りながら立ち上がった。

 足元にはいまだ微弱に発光している魔法陣があり、目前には自分を吸い込んだ赤い扉もある。どこか薄暗い部屋なのか、扉はしっかりと壁に備え付けられていた。ただ開く前と同様に、鎖で封印されている。
 またすぐ傍には、同じように「いてぇ」と言って起き上がる矢垣の姿もあった。
 一体何が起こったのか分からず立ち尽くしていると、

「――ようこそ、お待ちしておりました」

 背後から女性の声が聞こえ振り向く。
 そこには薄桃色のドレスを着用した、オレと同年代くらいの女が立っていた。

 彼女の周りには幾つも台座が設置されていて、その上にはクリスタルのような綺麗な石が砕かれたような形で散らばっている。

「良かった。最後の《マナコア》で何とか成功しました」

 聞き慣れない言葉を言う彼女だが、その表情は無理難題を達成できたような充足感と安堵感が見て取れた。

「……う、美しい……っ!」

 ふと隣からそんな声が聞こえた。
 見ると矢垣が、女を見て目を輝かせていたのである。

 確かに目を奪われるほどの美少女であることは認める。
 目の覚めるような優美な金髪を有し、高貴そうなドレスと相まって輝きを増していた。
 さらに若干幼さはあるものの、大きな紺碧の瞳にぷっくりとした唇、すらっとした体格ながら、女性の象徴である胸もふくよかさを持ち合わせている。

 男なら十中八九見惚れるほどのルックスを持っていた。
 それこそまるでアニメから跳び出してきたような存在である。

「すみません、『異世界の御使い』様がた。私は【アルレイド帝国】第一王女――ララン・クリア・オルバス・アルレイドと申します」

 ……王女? アルレイド……?

 王女はともかく、アルレイドなど聞いたことない国だった。
 それに――。

 異世界の……御使いだと?

 聞き捨てならない言葉がそこにはあった。
 王女と名乗る女の周りには、武具を持った兵士らしき者たちもいる。物々しい雰囲気だ。
 しかし疑問を尋ねる前に、その王女から先に提案が投げかけられる。

「いろいろご質問はございますでしょうが、すべてをご説明致しますので、どうか私について来てもらえないでしょうか?」

 どうしたものかとオレは一瞬躊躇したが……。

「もちろんですよ、王女様。どこへなりともついていきましょう」

 爽やかな笑顔で答えを出したのは矢垣だった。

「ね、それでいいだろ、君も」
「……ああ」

 コイツ、もう少し警戒した方が良いだろう。
 しかし見渡してみても逃げ場などなさそうだ。
 背後にある扉もオレ程度の力では開きそうもない。

 なら出口は王女の後ろに見える扉だけ。ここは素直に従った方が良いかもしれない。
 そう判断し、オレたちは王女を先導とし、兵たちに囲まれながら部屋を出ることになった。


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