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第二十話
しおりを挟む――さすがに投獄まではしなかったか。
そんなふうに思ったのは、昨夜王城のある一室に通された時だった。
ただ窓には頑丈な格子が備え付けられてあるし、扉の向こうからは見張りであろう者たちの気配を感じる。
そしてそれは朝を迎えた今でも同様だ。
遅くまで監視するとはご苦労なことである。
まあ大人しく捕まると言ったところで、それを真正面から信用するようではダメだと世廻も思うが。
(今頃リィズたちには心配をかけているだろうな)
一応自分の現状を彼女たちに報告してほしいとは言っておいたが、それでもきっと彼女たちは優しいので心配していることだろう。
ミッドとエミリオは、恐らく「セカイのことだから大丈夫だ」と安全を疑っていないはず。
それだけの信頼関係は築けている。
世廻は格子の隙間から射し込む陽射しを浴びながら、そこから見える街並みを眺めていた。
この部屋から遠目にではあるが、荒らされた街が見える。
そこでは昨夜自分が操縦した機体と似た機体が複数動き回り、街の修繕作業などを行っている。
とはいってもそのほとんどは瓦礫の撤廃のようだ。
(あの騒ぎだ。死傷者も結構出ただろうな)
事実コックピットが破砕された味方機の幾つかは、昨日世廻も自分の目で確認していた。
それに数多くの建物が踏み潰されたりして崩壊しているので、逃げ遅れた者たちが瓦礫の下敷きになっていることだろう。
自分が離れるまで診療所は無事だった。
恐らくは大丈夫だと思うが、やはり皆の声を聞かない限りは心配は尽きない。
すると少し大きめに扉を叩く音が聞こえた。
目をやると返事をするまでもなく扉が開き、奥から男性の兵士が姿を見せる。
昨日ここに世廻を送ってきた兵士の一人だ。思わず溜め息が出る。
「……またアンタか」
「そう言うなって、セカイ」
にこやかな表情を向けてくる男の名はバンス。
普段はこの城で牢屋番を務めている未婚の三十五歳だと、昨日連行されている間に教えてくれた。聞いてもいないのに。
何でも男である世廻のことを『我らの希望の槍』だと勝手に位置づけ、昨日からかなり馴れ馴れしく話しかけてきた。
そのお蔭でほとんど眠れていない。
「ていうかノックをするなら返事を待ってから開けたらどうだ?」
「いいじゃねえかよ、『希望の槍』!」
「だから勝手に希望扱いするな」
「んだよツレねえなぁ」
いいおっさんが口を尖らせて「ちぇ~」とか言わないでほしい。気色悪い。
「それで? 顔を見に来ただけか?」
「おっと、そうだった。お呼びだぜ」
「……お呼び?」
昨日話を聞きたいとリューカから確かに言われていた。
てっきり彼女がここに足を運んでくるものだと思っていたが……。
「あのリューカってのに会いに行くのか?」
「うへぇ、お前よくリューカ様を呼び捨てにできんな。普通ビビッてできねえぞそれ。でもその予想は当たらずとも遠からずだな」
「? どういうことだ?」
バンスが思わせぶりにニヤリと笑みを浮かべて言う。
「お前に会いたがってる方ってのは――――この国のテッペンにいる人さ」
「……………………は?」
バンスを含めて四人の男性兵士に囲まれながら回廊を歩く。
さすがに王の住む城。
その規模もさることながら、いちいち高級感を感じさせる造りになっている。
世廻には判別つかないが、きっと通路にあるツボや壁に飾られている絵画、また床に敷き詰められたカーペットや天井からぶら下がっているシャンデリアも、庶民には手の届かない代物ばかりなのかもしれない。
傭兵時代、仕事の報酬金はそのほとんどを武器や飯などで消えていた。
オシャレや娯楽を楽しむ者もいたが、世廻はあまりそういったものに興味はなかったのだ。
周りからは『無欲の阿修羅』などと呼ばれたこともある。
だからこういう高級なもので住まいや身形を飾ろうなどと思ったことなど一度もない。
ただ大食漢な世廻だったので、食費だけで相当な額になっていたことは否定できない。
そうして煌びやかな通路を観察しながら歩いていると、大階段を上った先にある大広間へと辿り着いた。
真っ直ぐ伸びたレッドカーペットを境にして、左右には数多くの兵士たちが隊列を組んで立ち尽くしている。
そして突き当たりにあるのは、恐らく……いや、間違いなく玉座だろう。
しかし世廻は思わず玉座に座る人物を見て眉をひそめてしまう。
世廻は目が良いので、ここからでもハッキリとその人物の姿を捉えることができる。
(…………子供、だよな)
見た目通りの年齢だとするならば、十歳かそこらだ。
だが類まれなるロリセンサーが働かないところを見ると、あの子は少年なのだろう。
できれば幼女が良かったと思ったのは、世廻だけの秘密にしておく。
そのまま周りの兵士たちに凝視されつつ歩き、玉座から十メートルほど手前で止まる。
世廻から見て左側の兵たちが集まっている場所にリューカの姿も発見できた。
目が合うと苦笑をプレゼントしてくれる。
何だかこんなことになってすまないとでも言っているかのようだ。
玉座には少年、その右側には険しい顔つきの七十代くらいの老婆が立っており、穴が開くような感じで世廻を観察してきている。
「――よく来てくれた、セカイ・ウラシマよ」
どうやら自己紹介の手間はいらないようだ。
言葉を発した少年からは純粋な好奇心を感じ取れる。
「まずは名乗ろう。余はこの【アディーン王国】を統べる王――ユーリアム・ディ・ファイヴ・アディーンだ」
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