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第十九話

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 分かっていたことではあるが、沈黙してもう十秒ほど過ぎたのではなかろうか。
 誰も何も喋らず動かないので、まるで時が止まっているかのような錯覚さえ感じる。

 そんな中、やはり最初に口火を切ったのはリューカだった。

「き、君は……ウラシマ……か?」
「そういうあんたは?」

 正体を知っているが、一応尋ねておく。

「あ、ああ……そうだったな」

 機体に乗ったままだったリューカだったが、突如機体全体が発光したと思ったら、光の泡となって消失し、そこからリューカ一人だけが姿を見せた。
 彼女の手には一枚のカードが握られている。よく見ると、彼女が乗っていた機体の絵が描かれていた。

(! ……凄いな。本物の《精霊人機》はカードに収納することができるのか)

 あんな質量のものを手軽に持ち運べる技術があるとは脱帽である。

「なるほど。ウォーグレイだったか」
「やはりウラシマか! な、何故その機体に乗っている? いや、そもそも乗っていた? 操縦していたのか? そんなバカな……ウラシマは男で……! もしかして実は――」
「間違いなく男だぞ、オレは」
「あ、ああ……そうか」

 中性的な顔立ちではあるから、たまに女に見間違われることはある。そのせいで傭兵時代は女装して潜入捜査なども行ったこともあった。

「男が……《ドヴ》に? どういう? いやいや落ち着け…………ダメだ。考えても分からん」
「そう混乱するな。見たままを正確に情報として捉えればいいだけだ」

 明らかにパニック状態なので、少し手助けしてやる。

「……な、なら本当に君がその機体に乗り、先程まで戦っていたというのか?」
「ああ、間違いないぞ」
「っ……ウラシマ……君は一体……」

 するとその時、その場に野次馬と化していたパイロットスーツのようなものを着込んだ女性が口を開く。

「……エリーゼ」

 その呟きに、皆が注目する。

「そ、その《ドヴ》はエリーゼの機体のはずだ! エリーゼはどうした! まさか卑劣な罠に嵌めて奪い取ったのではないだろうな!」

 どうも男というだけで下衆な行為を行う輩だと決めつけられているみたいだ。

「そんなことはしない」
「なら何でエリーゼの機体に乗ってるっ! アイツはどうした!」
「今はリーリラという医師がやってる診療所にいる」
「診療所……だと?」
「まあここでいくらオレが説明したところで信じはしないだろう。診療所に行って自分の目で確かめてこい」
「っ! 貴様、さっきから男のくせに何を上から物を言っ――」

 憤慨する女性の前で手を挙げて言葉を止めさせたのはリューカだった。

「ニース、少し黙っていろ」
「し、しかし!」
「どんな過程であれ、我々が彼に助けられたのも事実だ。それに前々から言っているだろう。男だからと見下すのは止めろと」
「うっ……すみません」

 さすがは部隊を任せられている副隊長である。
 冷静さを決して失わずに状況を正確に見極めようと努めていた。

「ウラシマ、君の言い分もあるだろうが、しばらく身柄を預けてもらいたいのだが。詳しい話も聞きたいし」
「問題ない」

 そうなるだろうということは理解していた。

「ただし診療所に行くのなら、そこにいるオレの仲間にも事情を説明してやってほしい」
「分かった。他に言いたいことはあるか?」
「できればオレに女を近づけさせないでもらいたい」
「! ……それはこちらが問答無用に君を害するような輩だと?」

 リューカの瞳に怒りが込められるのを感じ取った。
 部下たちがそんな浅慮な行動を起こす愚か者だと思われては心外だとでも言っているようだ。

「いや違う。ただ女が苦手なだけだ。病的なまでに、な」
「……は? も、もう一度言ってくれるか?」
「ちゃんと聞け。女が苦手なんだ。生理的に、な」
「さ、先程は病的と言っていたと思うが……」

 しっかり聞こえているのなら聞き返すなと言いたい。

「とにかくオレを拘束するのはいい。理由も納得できるしな。疑いが晴れるまで素直に従おう。ただしオレに近づくのは男だけにしてもらいたい。女に触られると……死ぬ」
「死ぬ!?」
「いやまあ、それは冗談だが」
「じょ、冗談なのか…………! 君は無表情だから冗談なのかそうでないのか分からん。ただそうか、だから君はあの時握手を拒んだのだな?」

 前に世廻に対し握手を求めてきた時のことを思い出したようだ。

「そういうことだ。もし要求を飲まないというなら仕方ない。――全戦力を以て抵抗するぞ」

 世廻はいまだに横たわる《ドヴ》の上に乗ったまま、その場に集まっている者たちに向けて敵意を見せつける。
 それは濃厚な威圧となり、ほとんどの者が後ずさるほどの影響を及ぼす。
 パイロットスーツを着用した者たちが、表情を強張らせながらも戦闘態勢を取る。

 一触即発な状況ではあるが――。

「分かった。その要求を飲もう。幸い我が国には男の衛兵も数多い」

 リューカだけが一切表情を変えることなく世廻の言うことを了承した。
 その決断に、当然のように部下たちが目の色を変えて反論していく。
 しかしリューカは一言。

「私が責任を持つ」

 そう言われてしまえばどうしようもないらしく、周りの者たちは渋々肩を落としたのである。
 そして世廻は要求通り男の衛兵数人に囲まれ、城の方へと移動していくのだった。


     ※


 現在リューカは足早にある場所へと向かっていた。
 進むべき道を指し示すかのように敷かれたレッドカーペットの先には大広間がある。

 そしてその奥にはたった一つの椅子――玉座が置かれていた。
 リューカは玉座を前にし、スッと片膝をつく。

「このような時間帯にもかかわらず、お時間を頂き真に感謝致します」
「気にせずともよい。そなたたちは民たちのために常日頃心を砕いてくれておるのだからな」

 固い喋りではあるが、その声音はどこか頼りなく幼いものが含まれている。
 それもそのはずだ。
 何せ玉座に座っている人物は、まだ十歳の少年なのだから。

 そう、この女性社会において非常に稀な男性の国王である。
 他国からは『貴少王』と呼ばれいろいろな意味で一目を置かれている存在だ。
 その高貴な御名をユーリアム・ディ・ファイヴ・アディーンという。

「一応報告では聞いたが、賊はやはり【アッシュレイ王国】の手の者か?」
「使用されていた《精霊人機》から判断すれば、ですが」
「確か《グーズ》、だったな。アレは【アッシュレイ王国】が開発した空戦型第四世代の機体だったはず」
「その通りでございます」
「しかしそれだけで戦犯だと決めつけるのも早計か。設計図や製法さえ手に入れば他国でも造ることは可能だろうし」

 ユーリアムの考え通り、設計図や製法などは機密にしている国がほとんどであるものの、情報は洩れることも当然ある。
 人の口には決して戸は立てられないので、開発国以外の場所で生み出された可能性だって否定できない。

「ただ【アッシュレイ王国】には今回の件を問い質してはみるつもりだ。まあ、仮に本命がかの国だったとしても、素直に口を割るとは思えないが」
「それについては捕虜が一人おりますので、その者に尋問をすればあるいは。我らの尋問部隊は優秀です。必ず黒幕を突き止めてくれることでしょう」
「それならよいが……。それと明日から街の復興を優先するように兵たちに通達をしてもらいたい。無論被害に遭った民たちの救出が終わったあとで、だが」
「畏まりました。すでに救出部隊を街へ送っております」
「助かる。……ところでリューカ、一つ気になる話題を耳にしたのだが」

 その言葉にリューカの眉がピクリと上がる。

「何でも我が最新鋭機を単独で討ち倒したのが《ドヴ》一機だと」
「……はっ」
「しかもその《ドヴ》に乗っていたのが男だというのは真か?」
「左様でございます。何でもフリット診療所に世話になっている者らしく、名をセカイ・ウラシマと申しました」
「セカイ・ウラシマ……」

 どことなくその名を呟くユーリアムの瞳は輝いていた。まるでどこにでもいるような抑え切れない好奇心に揺れ動いている子供のように。

「彼にも明日、詳しい話を聞く予定ではあります」
「その者を明日、ここへ呼べぬか?」
「! ……よろしいのですか?」
「ダメか? その者は国を救ってくれたのであろう?」
「はい。部下の命も救ってくれました」
「ならば礼を尽くすべきだ。怪しいところもあるだろうし、今夜は少しかの者には我慢してもらうしかないが、身元の確認が終われば明日解放し、余の前に連れてきてほしい」
「……ユーリアム様がそう仰るのであれば。ただしここで謁見するのでしたら、私はもちろん、相応の兵たちを護衛として配備させることを願います」
「むぅ……仕方ないな。それで対話ができるのであれば許可しよう」
「ありがとうございます」
「うむ。今日はご苦労であった。明日、改めて兵たちにも労いの言葉をかけるとしよう」

 こうして【アディーン王国】で起きた新型強奪事件は、ひとまずの終息を迎えたのであった。



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