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「な、何だ何だ!? 何が起こりやがったっ!?」

 周囲に吹き飛んだ男たちが口々に痛みを堪えながらも声を発している。そして連中がたった一人その場に立っている日門に気づく。

「あん? 何だてめえ? ダセぇ仮面なんかつけやがって! ていうか、一体どっから現れやがった?」

 当然そんな質問に答えるつもりなどない。日門は彼らを無視し、背後で硬直したままの少女に振り向く。少女の視線は当然こちらに向いていたが、黒い仮面を装着している不気味な人物が自身に意識を向けたことでビクッと身体を震わせた。

 警戒心は強いままではあるが、その場から逃げようとはしない。それよりも逆に感心してしまう。
 何故なら彼女は恐怖に慄きつつも、男たちが吹き飛んだ際に落とした武器を手に取って身構えていたのだから。

 普通なら泣き喚くしかない状況だ。先ほどまで圧倒的な数の暴力で支配され、自分が穢される寸前だった。頭の中は絶望で渦巻いており死すら望んでいたかもしれない。

 加えて一瞬で状況が変化し、目の前には正体不明の男性らしき人物。敵か味方かも分からず、絶望にプラスして最大の困惑が彼女を襲っていることだろう。
 それにもかかわらず、いまだ武器を手にし戦おうというのだ。並みの女性でそのような対応ができる人物がいるだろうか。まだ二十歳にもなっていないというのに。
 だからこそ彼女の張りつめているであろう心を、少しでも柔らげてやりたい。

「……お前にそんな武器は似合わねえな」
「え……?」

 日門から発した声を耳にした少女が目を見開く。

「安心しろ、俺は……」

 日門は必要以上に警戒させないようにゆっくりと彼女へと近づく。だがそれを邪魔する者がいた。

「死ねおらぁぁぁぁぁっ!」

 こちらの隙を狙ってのことだろう。すぐさま立ち上がって男たちが攻撃を仕掛けてくる。
 敵の攻撃を難なく回避し、足をかけて転倒させた。だが次々と敵の連撃が繰り出されてくる。

(……はぁ。クソめんどくせーな)

 正直ここまでイラついたのは久しぶりだ。本音を言うならば、感情のままに全員を殺しても構わないが、さすがにこの少女が見ている前だし、少しだけ自重することにする。

「……だから、半殺しでこの場を許してやるぜ」

 向かってきた男の攻撃をかわした直後に、相手の腕を取ってそのまま捻って砕く。

「んがぁぁぁぁぁぁっ!?」

 痛烈な痛みによる叫び声が上がるが、そのまま軽く膝を蹴ってさらに骨を砕いてやり、髪の毛を掴んで投げ飛ばした。
 盛大に地面に転がり、その先にある倉庫の壁に激突して沈む。痙攣しているが確かにまだ生きている。

 そんな仲間を見て唖然としている連中をそのまま放置せずに、今度は日門が動いて男たちの身体の一部を砕いて身動きができないようにしていく。

「う、う、嘘だろ……おい!」

 瞬く間に倒されていく仲間を見て、最後に残った男が夢でも見ているかのような表情をしている。
 そして日門がその男に焦点を向けると、男は「ひぃっ!?」と怯えたような声を出して尻もちをつく。

 一歩、また一歩と男へと近づく日門。

「く、くくくく来るなぁっ! そ、そそそうだ! その女はお前にやるっ! だから――」

 直後、乾いた音が周囲に響いた。 
 それは日門が相手の足を踏み砕いた音。

「あっんがぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 凄まじい激痛を受け悶絶する男に対し、日門は「うるせえ」と一言口にして髪を掴むと、そのまま力任せに上に放り投げた。
 五メートルほどの高さまで投げ出された男は、悲鳴を上げながら落下し地面に背中から激突した。それでも頭を守っていることから、受け身くらいは取る意識はちゃんと存在したようだ。

 しかし全身が叩きつけられもう立ち上がれない状態だ。呼吸もどこかおかしいが……。

(死んではねえ、よな?)

 自信はなかったが、どうやらかろうじて生きているらしい。
 日門はそのまま仮面から覗く瞳で、男を見下ろしている。男は両目から涙を流しながら歯を食いしばっている。完全に恐怖に支配された目をしていた。

「どうだ? 少しは人の痛みってのが分かったか?」
「あぐ……ぁぐぅ……っ!? た、助け……っ」
「お前は……お前たちはそうやって助けを求めた奴らに何をしてきたんだろうなぁ」

 日門は足を高く上げて、男の顔の前に置く。このまま軽く力を入れるだけで、コイツの頭部はトマトのように簡単に壊れるだろう。
 先ほどまでは殺さないようにしようと思っていたが、こうして助けを請う姿を見ると冷徹さが膨れ上がってくる。

 こういう連中はいつもそうだ。力で相手を支配し傷つけ壊し、そして殺す。身勝手に相手の命を奪い、反省など微塵もしない。殺される瞬間ですら、保身のために懇願するだけ。そこに反省の色など皆無だ。

 異世界で出会った悪徳領主や賊などといった救いようのない輩とまったく同じ瞳をしている。汚れに汚れ腐りまくった……獣の目。

「た、助け――」
「黙れ。死ね」

 相手の要望に耳を傾けることもなく、そのまま足を振り下ろそうとした。その瞬間――。

「――――ヒカ兄っ、ダメェェェッ!」

 轟くような声音が日門の足を止めた。
 男の顔面すれすれで足は止まり、男はすでに意識を失ってしまっている。
 いや、そんなことよりもと声の主に視線を向けた。
 そこには泣きそうな少女の姿があった。

「ねえ……ヒカ兄……何だよね?」

 その言葉には確信はないかもしれないが、もう彼女の中では決定しているのだろう。その眼差しには、懐かしい者を見るような穏やかな輝きが放たれていた。
 日門は軽く溜息を吐くと、少女へと近づきながらゆっくりと仮面を外す。

 そしてその素顔を見た少女が、感極まったように立ち上がり抱き着いてきた。
 少女の顔はすでに涙でぐちゃぐちゃだ。それでも関係ないとばかりに日門の胸に顔を押し付けてくる。

「遅い……じゃんかぁ…………バカァ……バカァ…………バカァァァ」

 日門もまた泣きじゃくる少女――大事な後輩である雪林くりなを抱きしめながら言う。

「無事で良かったぜ、くりな」
 



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