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「…………ん?」
不意に誰かに呼ばれたような気がした。しかしここは無人島であり、日門以外の人間は小色と理九だけだ。
「どうかしたのかい?」
訓練で疲弊し切ったままソファにぐでっている理九が、半目状態で尋ねてきた。
「何でもねえよ。んなことよりお前の方こそ大丈夫なのか?」
「はは……体中が痛い。くそぉ、あの鬼教官めぇ、休憩なしで筋トレとマラソンをさせるなんてぇ……」
ゾンビから身を守るには《魔石》の扱い方もそうだが、体力や筋力も重要だとしてほぼ毎日厳しいトレーニングをさせられているのだ。
小色は意外にも運動能力が高く、教官コアラの訓練も何とかついていっているが、理九は毎度ヘロヘロになってしまっている。
武官の小色、文官の理九といったところだ。
「まあでも、そのお蔭で大分身体も引き締まってきたんじゃねえか?」
最初に会った時はもやしみたいな頼りない体躯だったが、今は少し肩幅も大きくなって腹筋も僅かだが逞しくなってきている。
「あぁぁぁ~、ねえ日門ぉ、この筋肉痛が一瞬で治る薬とかなぁい?」
「あるっちゃあるが……」
「あるの!? って、痛ったぁっ!?」
反射で身体を動かしたことによりさらに増した筋肉痛に悶絶する理九。
「お、お兄ちゃん、大丈夫? はい、湿布持ってきたよ?」
そこへトタトタと小走りでやってきた小色は、その手に持っていた湿布を理九の身体に貼りつけていく。
「うぅ……いつもすまないなぁ、小色ぉ」
「それは言わない約束だよ、お兄ちゃん」
…………これはツッコムところなのかなと思ったが、どうやら二人はガチでやり取りしているようで、笑いを誘ったわけではなさそうだ。
「そ、それより日門ぉ、薬があるなら欲しいんだけどぉ」
「ん~止めとけ」
「えっ、何でさ!?」
「筋肉痛ってのはそれを乗り越えることで筋肉がより強く発達する。薬で治したら、せっかくの筋トレが半減しちまうぜ」
「うっ……それはもったいないなぁ」
「それにそのうち痛みにも慣れてくるぞ。俺なんて爪を剝がされた程度じゃ眉一つ動かねえぞ」
「あ、あのな……君みたいな我慢のバケモノと繊細な僕を一緒にしないでくれぇ」
「失礼な。小色、腕を捻ってやれ」
「あ、えと……えい!」
「んぎゃぁぁぁっ! 痛い痛い痛いっ! ていうか小色ぉっ、何で日門の言うこと聞いてるんだよぉっ!?」
「あ、ごめんなさい、つい……えへへ」
ペロッと舌を出す仕草をする小色だが、そこに他意はなく天然でやっているので恐ろしい。将来どれだけの男を泣かせることやら……。
「とにかく傷や病気ならともかく、筋肉痛くらいで薬を頼ろうとすんなよ。それはお前を強くしてくれる痛みなんだからな」
「うぅ……分かったってばぁ。ていうか小色は何で……大丈夫なのさ? 僕と同じトレーニングしてるってのに」
「わ、わたしだって身体中痛いよ? けど……こうして動いていると少しずつマシになってくるから」
普通筋肉痛は、患部を冷やしたりして安静にしているのが一番なのだが、時にはマッサージやストレッチなどで対処することも効果的だ。
恐らく小色の場合は、軽く身体を動かすことで後者の効果がより大きな治癒力を上げているのだろう。
まあ運動が得意ということもあり、理九よりも筋肉痛の度合いがマシだという理由もあるだろうが。
(筋肉痛かぁ。俺も思い出すなぁ)
師匠に課せられた修行の壮絶さは今も口にしたくないほどだ。
何せその時に襲ってきた筋肉痛は、今まで経験したものとは一線を画すくらいのものであり、文字通り指一つ動かせなかった。動かそうものなら全身に激痛が走る。しかも師匠はニヤつきながら無理矢理マッサージをしてきて、何度殺してやろうかと思ったか分からない。
「あ、そうだ! 日門さん、これ作ったので食べてみてください!」
そう言ってキッチンへ戻って取ってきたのは……。
「……マフィン?」
トレイに入った香ばしい匂いを漂わせる数個のマフィンだった。
「はい! 材料があったので作ってみました!」
「へぇ、随分と器用だな。まるで店のもんみてえだ」
人生であまりマフィンを食べる機会はないが、それでも目にしたことくらいはある。その中でも店で売っているものと遜色ないほどの見た目をしていた。
「へへ、どうだ? 小色は料理だけじゃなくてお菓子作りもできるんだよ」
いまだにソファでうつ伏せ状態になったままの理九がそんなことを言ってきた。
「自慢げに言うのはいいけどよぉ、そんな状態で言われても説得力がねえな」
「ほっといてよ!」
叫んだことでまた痛みにもがいている。もしかしたら彼は本当はバカなのかもしれない。
「んじゃ、一個頂くわ」
トレイから一つ取って、そのままかぶりつく。
「んん~、こりゃうめえや!」
イメージとしてはもっとカサカサしててそれでいて甘ったるい感じだったが、これはしっとりしていて柔らかく甘さも控えめだ。
「日門さん、あまり甘みが強いお菓子は苦手だって仰ったんで、これはナッツとチーズを入れて風味と食感を楽しめる形にしてみました」
「うんうん、こいつは大したもんだぜ。あんがとな、小色。これなら将来、子供ができても絶対喜んでくれるぜ!」
「こ、こここここ子供でしゅか!? そ、そんにゃ……わたしはまだ……その……すこし早いといいますか……そのぉ……」
何やら両手を頬に当ててモジモジし始めたが、そんなになるほど嬉しい褒め言葉だったのだろうか。しかも理九はこっちを睨みつけてくるし。
(菓子作りかぁ……そういやアイツも得意だったっけかなぁ)
日門の脳裏には、ある女の子の顔が浮かび上がっていた。
不意に誰かに呼ばれたような気がした。しかしここは無人島であり、日門以外の人間は小色と理九だけだ。
「どうかしたのかい?」
訓練で疲弊し切ったままソファにぐでっている理九が、半目状態で尋ねてきた。
「何でもねえよ。んなことよりお前の方こそ大丈夫なのか?」
「はは……体中が痛い。くそぉ、あの鬼教官めぇ、休憩なしで筋トレとマラソンをさせるなんてぇ……」
ゾンビから身を守るには《魔石》の扱い方もそうだが、体力や筋力も重要だとしてほぼ毎日厳しいトレーニングをさせられているのだ。
小色は意外にも運動能力が高く、教官コアラの訓練も何とかついていっているが、理九は毎度ヘロヘロになってしまっている。
武官の小色、文官の理九といったところだ。
「まあでも、そのお蔭で大分身体も引き締まってきたんじゃねえか?」
最初に会った時はもやしみたいな頼りない体躯だったが、今は少し肩幅も大きくなって腹筋も僅かだが逞しくなってきている。
「あぁぁぁ~、ねえ日門ぉ、この筋肉痛が一瞬で治る薬とかなぁい?」
「あるっちゃあるが……」
「あるの!? って、痛ったぁっ!?」
反射で身体を動かしたことによりさらに増した筋肉痛に悶絶する理九。
「お、お兄ちゃん、大丈夫? はい、湿布持ってきたよ?」
そこへトタトタと小走りでやってきた小色は、その手に持っていた湿布を理九の身体に貼りつけていく。
「うぅ……いつもすまないなぁ、小色ぉ」
「それは言わない約束だよ、お兄ちゃん」
…………これはツッコムところなのかなと思ったが、どうやら二人はガチでやり取りしているようで、笑いを誘ったわけではなさそうだ。
「そ、それより日門ぉ、薬があるなら欲しいんだけどぉ」
「ん~止めとけ」
「えっ、何でさ!?」
「筋肉痛ってのはそれを乗り越えることで筋肉がより強く発達する。薬で治したら、せっかくの筋トレが半減しちまうぜ」
「うっ……それはもったいないなぁ」
「それにそのうち痛みにも慣れてくるぞ。俺なんて爪を剝がされた程度じゃ眉一つ動かねえぞ」
「あ、あのな……君みたいな我慢のバケモノと繊細な僕を一緒にしないでくれぇ」
「失礼な。小色、腕を捻ってやれ」
「あ、えと……えい!」
「んぎゃぁぁぁっ! 痛い痛い痛いっ! ていうか小色ぉっ、何で日門の言うこと聞いてるんだよぉっ!?」
「あ、ごめんなさい、つい……えへへ」
ペロッと舌を出す仕草をする小色だが、そこに他意はなく天然でやっているので恐ろしい。将来どれだけの男を泣かせることやら……。
「とにかく傷や病気ならともかく、筋肉痛くらいで薬を頼ろうとすんなよ。それはお前を強くしてくれる痛みなんだからな」
「うぅ……分かったってばぁ。ていうか小色は何で……大丈夫なのさ? 僕と同じトレーニングしてるってのに」
「わ、わたしだって身体中痛いよ? けど……こうして動いていると少しずつマシになってくるから」
普通筋肉痛は、患部を冷やしたりして安静にしているのが一番なのだが、時にはマッサージやストレッチなどで対処することも効果的だ。
恐らく小色の場合は、軽く身体を動かすことで後者の効果がより大きな治癒力を上げているのだろう。
まあ運動が得意ということもあり、理九よりも筋肉痛の度合いがマシだという理由もあるだろうが。
(筋肉痛かぁ。俺も思い出すなぁ)
師匠に課せられた修行の壮絶さは今も口にしたくないほどだ。
何せその時に襲ってきた筋肉痛は、今まで経験したものとは一線を画すくらいのものであり、文字通り指一つ動かせなかった。動かそうものなら全身に激痛が走る。しかも師匠はニヤつきながら無理矢理マッサージをしてきて、何度殺してやろうかと思ったか分からない。
「あ、そうだ! 日門さん、これ作ったので食べてみてください!」
そう言ってキッチンへ戻って取ってきたのは……。
「……マフィン?」
トレイに入った香ばしい匂いを漂わせる数個のマフィンだった。
「はい! 材料があったので作ってみました!」
「へぇ、随分と器用だな。まるで店のもんみてえだ」
人生であまりマフィンを食べる機会はないが、それでも目にしたことくらいはある。その中でも店で売っているものと遜色ないほどの見た目をしていた。
「へへ、どうだ? 小色は料理だけじゃなくてお菓子作りもできるんだよ」
いまだにソファでうつ伏せ状態になったままの理九がそんなことを言ってきた。
「自慢げに言うのはいいけどよぉ、そんな状態で言われても説得力がねえな」
「ほっといてよ!」
叫んだことでまた痛みにもがいている。もしかしたら彼は本当はバカなのかもしれない。
「んじゃ、一個頂くわ」
トレイから一つ取って、そのままかぶりつく。
「んん~、こりゃうめえや!」
イメージとしてはもっとカサカサしててそれでいて甘ったるい感じだったが、これはしっとりしていて柔らかく甘さも控えめだ。
「日門さん、あまり甘みが強いお菓子は苦手だって仰ったんで、これはナッツとチーズを入れて風味と食感を楽しめる形にしてみました」
「うんうん、こいつは大したもんだぜ。あんがとな、小色。これなら将来、子供ができても絶対喜んでくれるぜ!」
「こ、こここここ子供でしゅか!? そ、そんにゃ……わたしはまだ……その……すこし早いといいますか……そのぉ……」
何やら両手を頬に当ててモジモジし始めたが、そんなになるほど嬉しい褒め言葉だったのだろうか。しかも理九はこっちを睨みつけてくるし。
(菓子作りかぁ……そういやアイツも得意だったっけかなぁ)
日門の脳裏には、ある女の子の顔が浮かび上がっていた。
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