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第三十六話

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「いやはや、まさか【ジェムストーン】が【エメラルドタイガー】を降してしまうとは」

 VIP席に座っている学院長が驚きの声を上げる。

「それにしてもギルバッド様のお孫さんは、一体何者ですか? 《銀魔》すら相手にしないとは思いもしませんでしたよ」
「ほっほっほ。すでにあやつは儂よりも強い」
「なっ!? それは真ですか!?」
「事実じゃよ。それに儂でさえ、あやつの底は見えん」

 そう、幼い頃からあらゆる面で逸脱した子だった。
 自身で古代魔法を会得し、知識も体術も儂の教えを瞬く間に吸収したのである。
 だがたまに思う。
あやつは何か遠き理想のようなものを追っているのではないかと。

 強さを追う者には少なからずある野望ではあるが、あやつはもっと遥か高み、誰も届かないほどの天を目指しているような気がする。
 この儂……いや、『六星勇者』たちでさえ成し得なかった理想を……。

「……とにかく〝新人祭〟をきっかけに、あの子が周りに注目されるのは最早止められんのう。良くも悪くも……な」

 それに……と、思わず険しい顔つきをしてしまう。
 何やら胸騒ぎのようなものがするのだ。
 これから良くないことが起きるような……そんな予感が。

 するとその予感を的中させるかのように、ゾクッと冷たいものが儂の背筋を走った。
 その直後のことである。

「――報告します!」

 大慌てで駆けつけてきたのは、この学院の教師らしき者。

「どうかしたんですか?」

 対応するのは当然学院長のオリエッタ殿である。

「実はたった今、この王都中に突如多くの魔物が出現したとのことです!」
「何ですって!?」
「しかもどれもここらには棲息していない魔物で、とても護衛兵だけでは処理し切れないようです!」
「! 分かりました。王都防衛の勇者を招集し、迅速に事態の収拾に努めるように通達を!」
「畏まりました!」

 どうやら嫌な予感というのはこのことだったらしい。

「魔物、ですかな?」
「どうやらそのようです。実は最近、王都でちらほらと魔物に襲撃される事件が勃発しておりました。恐らく無関係ではないかと」

 その顛末を詳しくオリエッタ殿に聞いた。

「なるほど。では手引きの者がおる可能性は高いのう」
「やはりそう思われますか。……魔人、でしょうか?」
「一概にそうとは言えんがな。今試合をしてみせたウーナンという子も魔物を使役していたが」
「!? まさかあの子が黒幕と?」
「さあのう。じゃが黒幕がいるとして、一体何を考えて――」

 そう口にしようとした直後、先程まで静かだった会場がざわつき始めた。
 そして皆が一様に注目しているのは、試合会場の中央である。

 確認してみると、地面が蜃気楼のように歪み初め、徐々に黒々と色づき始めたのだ。それが次第に何倍にも大きく広がっていって、そこから何か巨大な物体が競り上がってきた。
 全長が十メートルはあろうかと思われるほどの巨躯。四足歩行ではあるが、頭部が異様に膨れ上がった不気味な生物である。

「ま、まさかあやつはっ!?」

 儂には見覚えがあった。太った頭部に亀裂が走り、そこからギョロリとした巨大な一つ目が現れる。同時にその目が怪しく光り始めた。

「いかんっ! その目を見てはならんっ!」

 叫んだがすでに遅い。
 目から放射された光を目にした生徒たちが、一斉に悲鳴を上げた。
 何故なら全身が徐々に石化し始めたのだから。

「ギ、ギルバッド様! あの魔物をご存じなんですか?」
「うむ。アレは――バジリスク。遥か南方に位置する砂漠にしか生息しないとされるSランクの魔物じゃ」
「え、Sランクですって!?」

 通常、Sランクというのは最上級の魔物の位として設定されている。
 二つ名を持つほどの腕の立つ勇者が、四人以上チームを組んで討伐に当たらなければ倒せないくらい危険な魔物だ。

「オリエッタ殿、生徒たちを非難させるんじゃ!」
「わ、分かりましたっ……って、え?」

 その瞬間、このドーム内を奇妙な結界が覆い隠した。

「儂らをここから逃がさんためか……?」


 ――――――――――そういうことだにゃ。


 その時、背後から聞こえた声に、儂はすぐさま振り返った。


     ※


 救護室にて、オレは気持ち良さそうに眠っているヒナテを見ていた。
 今は治療の魔法をかけてもらい、傷も塞がっている。それでも体力と魔力はまだ回復するには至ってはいないが。
 決勝戦では、さすがに善戦もできないだろう。まあよく頑張った方だと思うが。

 ハッキリ言ってエーミッタと相対した時、彼女の実力を即座に見抜いたオレは、ヒナテの勝利は難しいものだと推察していたのである。
 さすがはクラス代表ともなる器。内包する強さは、明らかにヒナテ以上だった。
 ただ彼女の成長のためには、ちょうど良い格上だと思いあてがったのである。

 それなのにコイツはそんなオレの予想を裏切り、見事勝利を得た。

 ……本当に面白い奴だ。だがいくらオレの修練があったとはいえ、この異常とも思える成長力は……ヒナテ、やはりお前は――。

 するとその直後、何やら不穏な空気とともに、妙な力がこのドームを覆ったことに気づく。

「……《呪力結界》だと?」

 対象を結界内に閉じ込めて脱出させないようにさせる、魔人が好んで使用する呪術だ。
 かつて何度も経験した不気味な感覚が伝わってきた。
 そこへこちらに向かって走ってくる何者かに警戒をする。

「すまない! ここにヒナテとクリュウはいるかいっ! あっ、クリュウ! 良かった、ヒナテもいるんだな!」

 現れたのはクーだった。ずいぶんと血相を変えた様子だ。

「クー? その慌てよう、まさか魔人でも現れたのか?」
「魔人じゃない! 突然会場内にバジリスクが現れたんだ!」
「何だと? バジリスク?」

 この地域には棲息し得ない凶悪な魔物だ。

「それに聞けば、街中にも多くの魔物が出て暴れ回っているらしい!」

 それを聞いたと同時に、バトル会場の方から凄まじいまでの呪力を感じる。

「この呪力……近くに魔人がいるぞ、クー」
「まさか!? それは本当か?」
「しかもこの呪力値……上級……いや、最上級の魔人だな」

 魔人にもそれぞれ強さに応じてランクが存在する。
 下級、中級、上級、最上級とあるが、中堅クラスの勇者でも一人で相手するのは中級で精一杯だろう。
 それほどまでに魔人というのは強さにおいて抜きん出ている。

「大変じゃないか!? ここには多くの生徒たちがいるのに!」

 オレにとって他人などどうでもいいが、ここを潰されでもしたらヒナテに危険が迫る。
 今ここでヒナテを失うわけにはいかない。

「仕方ない。結界を破るには、結界をかけた魔人を何とかするしかないからな」

 力ずくで結界ごとを砕くこともできるが、それだけ破壊の余波でドームが崩壊する可能性もある。
 オレ一人だけなら、すぐにでも脱出する術もあるが……。

「クリュウ……魔人を倒すっていうのかい?」
「それしか方法が無いならやるだけだ。クー、コイツを頼む」

 そう言ってバトル会場へと向かおうとしたその時、キュッと腕を掴まれた。
 他ならぬ――ヒナテにだ。

「わ……私も……行く」
「ヒナテ……お前は寝てろ」
「そうだぞヒナテ。お前はもう十分頑張った。凄かったよ! 《赤魔》相手に大したもんだ! だからもう無理はしなくていい!」
「父様……ううん。クリュウが戦うのに……私だけのんびり寝てなんて……嫌よ」

 言いながらまだ虚脱感があるだろう身体を起こして、ベッドから立った。

「ヒナテ……」
「父様、ごめんなさい。でも私……できることは全部やるって決めたから」
「…………分かった。なら私と一緒に石化した生徒の非難を手伝ってくれるか?」
「うん! 当然よ!」

 本当によく働く娘だとオレは感心する。

「ならさっさと向かうぞ」 

 そうしてバトル会場に辿り着くと、すでにそこはお祭り騒ぎ状態であった。
 ほとんどの生徒たちは石化しており、かろうじて難を逃れた生徒たちも阿鼻叫喚といった様子である。
 それもすべては会場の中央に陣取る生物のせいだろう。
 何とか教師たちがバジリスクと戦って、生徒たちに害が及ぶのを防いでいるようだ。

「なるほど。確かにあれはバジリスクだ」
「あ、あれが高ランクの魔物……っ!?」

 高ランクの魔物と相対するのは初めてなのか、ヒナテは奴の姿を見て恐怖に慄いている。
 無理もない。Sランクの魔物というのは、常に敵意と殺意を振り撒く連中が多い。その中でもあのバジリスクは、人間を獲物としか見ていない存在だから。
 殺意に慣れていない輩は、その威圧感だけで身が竦んでしまうだろう。

 そういえばジイは……?

 VIP席にいるであろうジイを確認するが、どうやら誰かと話しているのか背中しか見えない。それでも無事だということは分かった。
 だが会話をしている相手の顔はハッキリと見えたのである。

 ……!? そうか、そこにいたのか。

「ヒナテ、お前は私と一緒に石化した者たちを!」
「う、うん!」

 クーとヒナテがその場から離れていく。

 さて、と――。

 オレはこの状況を起こしている張本人のもとへと向かうことにした。


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