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第二十話

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 代表者決定戦まで十日。
 学院には一身上の都合ということで、オレとヒナテは授業に出なかった。
 その分、屋敷では授業よりも濃い内容をオレはヒナテに課していたが。

 しかし驚いたのはヒナテが本当に三日で、資料のすべて暗記したことである。
 実のところ、一週間、最低でも五日くらいはかかると見込んでいた。

 ただ発破をかけるために無茶ぶりをしただけなのだが、嬉しい誤算というのはこのことを言うのだろう。
 その分、残り約七日。本格的な実習へと移ることができたのである。

「いいか、古代魔法は基本的に詠唱が不可欠だ。その詠唱には古代文字で行われる。ちゃんと覚えたな?」
「もちろんよ!」
「ふむ。では魔力を放出しろ」

 言われた通りに、ヒナテが身体から魔力を放つ。

「そのまま《|具現(リアライズ)》の詠唱」
「セイル・オフ・ディヒーヌス・バルエン。ソーマ・フーラ・ライゼィル!」

 覚えたての古代文字による詠唱がヒナテの小さな口から紡ぎ出されていく。
 同時に彼女から放たれた魔力が、形を変えて具象化し始める。

「……あ」

 自分の魔力が魔法を描こうとしたことに驚いたのか、完全にヒナテは気を抜いてしまっていた。

 ――バチィッ!

「きゃっ!?」

 突如魔力が風船が破裂したように弾かれてしまう。

「うぅ……」
「いいか、古代魔法に必要なのは明確なイメージだ。現代魔法の使い手には《法具》があるが、オレたちはこの《具現》によって武具を精製する」

 そう言ってオレは無詠唱でダガーを生み出す。

「あやふやなイメージ力じゃ形にすらならない。そして大切なのは古代魔法についての知識と――魔力コントロールだ」

 ダガーを恨めしそうにヒナテが見つめてくる。

「も、もう一回よ!」

 何度も何度もヒナテは繰り返し魔力を練っていく。
 それでも成功することはなく、魔力の破裂音だけが響き渡る。
 だがヒナテは決して諦めずに、汗塗れになりながらも続ていく。 

 ……すでに二時間。本来なら魔力不足でぶっ倒れていてもおかしくはないんだがな。

 しかしヒナテは今にも気を失いそうになりながらも、ただただひたすらに詠唱を繰り返している。
 するとそこに――。

「あの子、ずいぶんと楽しそうだな」
「気配を消しながら近づくな、クー。趣味が悪いぞ」

 屋敷の主であるクーバートであった。

「あはは、ごめんごめん。でも本当に礼を言うよ、クリュウ」
「何がだ?」
「あの子を導いてくれているみたいじゃないか」
「世話になってる対価として、ある程度のことはすると言ったはずだ」
「そうかい? でもやっぱり感謝しているよ。あんなに楽しそうなあの子を見るのは初めてだ」
「楽しそうなのか、あれ?」

 オレは必至な形相にしか見えない。せっかくの美人が、汗と疲労で歪んでいて、もしかしたら百年の恋も冷めるかもしれない。

「とても楽しそうだよ。きっと明確な道筋が見えたことが嬉しいんだろうな」

 今までずっと闇の中をひた走ってきたヒナテだ。心の底から光を求めていても、その期待に誰も応えてはくれなかった。
 しかし今、彼女は古代魔法という〝希望〟を見い出せるようになったのである。

 だからどれだけ修練が厳しくとも、勉強するべきことが多くとも、ようやく光を掴むことができて嬉しいのかもしれない。

「この世界で異端なのは変わらないがな」
「それでもあの子にとっては救いさ。しかしまさかヒナテが君と同じタイプだったとはなぁ。道理で現代魔法が扱えないはずさ」
「オレは初めて会った時から何となく気づいていたがな」 

 するとクーは寂しそうな、申し訳なさそうな表情を見せる。

「本当なら親である私が気づくべきだったのにな……」

 まあそれも仕方ないだろう。
 この世において魔法といえば《法具》を使用した現代魔法なのだ。
 古代魔法の存在など、下手をすれば知らない奴らの方が多いかもしれない。
 それだけこの五百年の時の流れは、時代や文化を変えるには十分だった。

「こんなこと、師匠に知られたら半殺しにされかねないかな」

 そういえばクーの師は《黒魔》だったらしい。もしその人物が生きていれば、もっと早くヒナテを導けたかもしれない。しかしだからこそクーは、古代魔法という道をヒナテに教えることができなかったことを悔いているようだ。

「どうかクリュウ、これからもあの子をよろしく頼む」
「……ある程度、な」
「それで十分さ」
「……そういえば修練のためとはいえ、授業をサボっても良かったのか?」
「あはは。よくはないよ。けれど授業をサボって修練。とても懐かしい青春の響きだよ」

 その言い回し。どうやら彼も学生の頃、同じことをしていたようだ。
 そしてあることを思い出し、クーに質問を投げかけることにした。

「ところで例の魔人の件、どうなったんだ?」

 以前、この王都周辺に魔人の影があるから気をつけろと言われていたのだ。
 するとクーの表情が陰りを帯びる。

「実はね、街で見たことのない魔物に襲われたという事件が数件起きたんだ。まあどれも軽傷で済んでいるが、いよいよもって魔人の侵入の疑いが濃くなってきた」
「魔人の中には魔物を操る奴がいるしな」
「そういうことさ。まあ、魔物には無害で人々と共生している例外もいるけれどね」

 ただ多くは狂暴な気性をしていることから、基本的に討伐対象となっている。

 しかし魔物を操る魔人の存在……か。

 やはりどの時代でも平和は長く続かないようだ。
 とかいうオレも、かつては魔人どもに人間の街や村を襲わせていたが。
 その中にも魔物を手足のように動かす魔人もいた。

「仮に魔人の仕業だとしたら、今後何かを仕出かす可能性が高いな」
「ああ。護衛の勇者たちも警戒を強めている。ただほら、もうすぐ〝新人祭〟もあるだろう? 中には有望な新人たちを見るためにお忍びでやってくる他国の重鎮もいたりしてね。そのせいで国は気を使わなきゃならないし大変なんだよ」

 なるほど。そういう人たちの護衛にも勇者を回す必要があるのか。そのせいで防衛に回せる戦力が減ってしまう。国にとっては迷惑な話である。
 しかしその機に乗じて事を起こす輩もいるというわけだ。

「とにかくクリュウも十分に気をつけるようにね」

 クーはクスッと微笑を見せると、嬉しそうにヒナテを一瞥したあとに屋敷へと戻っていった。








 修練の日々が過ぎていき、そして代表者決定戦を明日に控えた夜のこと。
 自室のベッドの上で寝転びながら書物を読んでいると、突然扉をノックする音が聞こえた。入室を許可すると、入ってきたのはヒナテである。
 上下ピンク色のフリルつきのパジャマで、どこか気恥ずかしそうに目を泳がせていた。

「……何か用か? 明日はお前にとって大事な日になるんだぞ。睡眠不足で実力が出せないで負けてもいいのか?」
「…………ちょっと話があるの」

 どうやら真面目な話らしい。
 オレは溜め息交じりに「入ってこい」と近づくことを許した。
 ヒナテはベッドに座るオレの隣にチョコンと腰かける。手持無沙汰なのか、何故かオレの枕を手に取って両腕で抱えた。

 そしてチラチラとオレの顔を見てくるのだが……。

「話があるならさっさと言ったらどうだ?」
「っ……う、うん」

 ずいぶんと塩らしい感じだが、一体どんな話があるというのだろうか。
 ヒナテは緊張しているのか、何度も深呼吸をし、そして意を決したようにオレの顔を見つめてきた。

「あ、あのね! その……聞いて欲しいことがあるの。……私が……何で強さを求めてるのか、その理由を」
「……急にどういう風の吹き回しだ?」
「だって…………曲がりなりにも私の師匠……みたいな奴だし」
「師と名乗ったつもりはないがな」
「うぅ~いいの! 話しておきたいって私が思ったんだから!」
「分かった分かった。なら聞かせてもらおうか」

 これで判明する。何故ヒナテが狂ったように強さを追い求めているのかが。

「私にはね……幼馴染がいたの」




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