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「……〝野蛮な毛皮衆〟だって……!」

 何故奴がこんな場所にいるのかまったく理解が及ばなかった。
 まったくもって自分の未来知識が食い違いを見せ始めたことに困惑する。

「っ……な、何で……俺を……っ!」

 まだしぶとく生きていたようで、ガストは吐血し、腹から夥しいほどの血液を流しながらも驚愕の表情をして〝野蛮な毛皮衆〟を見つめている。
 まるでこんな話は聞いていないとでも言っているかのような目つきだ。

 すると〝野蛮な毛皮衆〟が、岩から降りてきてゆっくりとガストへ近づいていく。

「――やれやれ、せっかく試用運転を見に来たのに、何もせずに朽ち果てようとはな。やはり下民(げみん)どもに期待するのは愚かだったか」

 ずいぶんと野太い声が毛皮の中から響いている。
 白銀の狼の毛皮を被った長身の男だ。恐らく優に三メートル近くある。本当に人かどうか疑いたくなるほどの存在だ。

 獣人の中には彼みたいな体躯の持ち主がいるので、もしかしたら目の前の男も獣人か、あるいはその血を引いているのかもしれない。
 それにこの身体つき……。

 まるでどこぞの民族衣装よろしく、上半身はほとんど裸のような状態ではあるが、そのお蔭で一見して引いてしまうくらいの鍛え上げられた肉体美がそこにあった。
 はち切れんばかりの胸板に綺麗に割れた腹筋。丸太のように太い腕と脚。マッチョの完成形ともいえる肉体の持ち主のような気がした。

(よりにもよって銀の毛皮……か)

 背中にじんわりと汗が滲み出てくる。
 銀の毛皮を持つ〝野蛮な毛皮衆〟は、その中でも実力はトップクラス。ネネネも言っていたし、実際に対峙してみると圧倒的な存在感だ。

(それに一人……? もしかしてアルトたちを殺したのってコイツ?)

 根拠は乏しいものだが、コイツなら可能だと本能が伝えてくる。

「さて、例のブツはどこだ?」
「れ、例の……だって?」
「アレに決まっているだろう。以前貴様との取引でくれてやったアレだ」
「そ、それは……あっがぅっ!?」

 煮え切らないガストに苛立ちを覚えたのか、〝野蛮な毛皮衆〟が槍に手をやるとグリグリと動かし始めた。

「いいからさっさと出せ。出さないとこのまま……」
「わ、分かった! 分かったから……っ」

 そう言ってガストは震える手で懐に手をやりあるモノを取り出した。
 そしてそれはシンカが「やはり」と呟くモノだった。
 サイコロのような六面体で、面に〝喚〟と書かれている。

「よし、OKだ」
「わ、渡したんだ! 頼む! 俺を助けてくれっ!」
「あぁ? お前何勘違いしてんだ?」
「え……?」
「役立たずを何で生かさねえといけない?」
「そ、それは……! でも取引にも応じて……」
「お前がちゃんと仕事をしてりゃ、少しは温情をくれてやったがな。けどこの様だ」

 〝野蛮な毛皮衆〟が槍を引っこ抜くと、今度はそのまま切っ先をガストの頭部へと向けた。

「利用価値のないモノは、等しく死ね」

 ――ズシュッ!

 これでガストの死を都合二回見たことになったシンカ。
 二回とも裏切りのような目に遭うとは、時間を繰り返しても彼が非業の死を遂げるのは変わらなかったということか。
 これで一応のエンディングは迎えたわけだが……。

「さてと……」

 明らかにマッチョ男の意識がシンカへと向けられている。
 どうやらまだ後日談があるみたいだ。
 しかも恐らく本編にも勝るほどの濃厚な……。

「最初は姿を見せる気はなかったんだがな。コイツがあまりにも役立たずで、コイツを試すこともできなかった」

 大きな手の中で例の六面体をコロコロと弄ぶマッチョ男。

「にしてもさっきの回避能力はなかなかだった。下民にしちゃ上出来だ」

 本当に上から物を言う奴だ。
 いや、そもそも奴ら〝野蛮な毛皮衆〟が下の連中を同じ〝人〟という存在だと認めていないので、この態度もまた当然か。

「お前くらいの強さならちょうどいいかもな」

 コイツ……まさか!

 と思った瞬間、マッチョ男が六面体を上空へと投げた。
 そこからは前回経験した時と同じだ。
 大きくなった六面体が展開し、そこから一人の人物……いや、人形が出てきた。

(……七房)

 自分の中にある記憶と何一つ変わらない女性型の『殺戮人形』が地上へと降りてくる。
 一瞬前回のように、マッチョ男を殺してくれるのかと思ったが、そんなことはなく、まるで従順なしもべのように少し後ろに控えていた。

「どうだ七房。システムは良好か?」
「――視界オールクリア。エネルギー残存率45%。《ドールシステム》正常」

 前に聞いた言葉と同じ女性の声が機械的に聞こえてきた。

「ふむ、やはりまだ完全体には程遠いってことか。まあ、めんどくさいが、あのマッドサイエンティストに頼まれたことをするか。七房、ターゲットはあのガキだ」

 どうも見逃してはくれないようだ。戦闘は避けされない。

「ミッションは動作確認のため、できるだけ戦闘を長引かせろ」
「ミッション1確認――確認OK。ターゲット、捕捉」

 七房の意識が真っ直ぐシンカを捉えてきた。

「――ドールシンボル『七房』。ミッションを実行」

 直後、凄まじい速度で間を詰めてきた七房に対し、シンカもまた距離を取るために後方へ移動を開始する。
 少し予定外で気楽なことは、マッチョ男は情報収集に徹するようで戦闘に参加する素振りを見せないことだ。
 なら今は七房を倒すことだけに集中すればいい。

「リベンジマッチだよ、七房!」


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