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 ――六十八層。

 周囲を岩場に囲まれた視界の悪い場所である。
 そう、シンカは忌まわしき失敗した地へ来ていたのだ。

 ただし今度は前のように行き当たりばったりではなく、周囲の警戒を最大限にしつつ、モンスターが寄ってこないように、事前に周りにはモンスターが嫌うニオイを発する《マヨケ草》という植物を植えこんでおいた。
 実際人が住むエリアには、この《マヨケ草》が植えられてあり、ここらのモンスターなら近寄ってこないことは実証されている。

(――いた。奴だ)

 岩場の陰からこっそりと少し開けた空間がある場所を窺う。
 檻が設置されていて、その隣には今か今かと待ち望むガストの姿があった。
 以前だったら、檻の後ろには巨大な岩があったが、あれが魔法で作られたものだということは知っている。

 恐らく本来だと奴の仲間がダンとガンを殺し、ニヤを攫って檻に入れたあとに、その後ろで岩に扮して隠れていたはず。

(だが今度はそうはいかないよ)

 沸々と湧いてくる怒りを察知されないように胸の奥へと抑え込む。
 もう一度周囲の気配を集中して探っていく。

 ………………人やモンスターの気配はなさそうだ。

 あとはガストを倒せばすべて上手くいくはず。
 きっと今頃はジュダたちもガストの仲間たちを駆除していると思う。作戦が上手くいっているなら彼らは大丈夫だ。
 ホームを犠牲にするという選択は正直辛かったが、ニヤたちが生き残ってくれるのならそれが一番である。

「……よし、行くか」

 短剣を抜いて素早く岩場の陰を移動していく。
 音を立てずに一つの岩の天辺へ登ると、そこから短剣をガストに向かって投げつけてやった。

「――っ! あぐぅっ!?」

 突き刺さる瞬間にガストは気づくが、短剣は彼の左肩を深々と貫いた。

(ちっ、肩に刺さったか)

 実は胸を貫き即死を狙っていたが、やはり片目の投擲はまだ慣れていないようだ。
 一応ここに来る前に何度も練習はしておいたが、それでも本番はまた空気が違う。それでも命中しただけ良しとしよう。

「っんだよコレェェェッ!?」

 当然何が何だか分からない様子のガストの前に、岩から降りたシンカが姿を見せた。

「なっ!? 何でお前がここにいやがるっ!?」
「さあね。神の気まぐれじゃないかな」
「何をわけの……分からねえことをっ!」
「そこにニヤだけを攫って閉じ込め、オレとジュダをおびき寄せてから仲間たちと一緒に一網打尽にするつもりだったんでしょ?」
「!? ど、どうして……!」

 知ってるんだ、と言わんばかりに愕然とするガスト。
 やはり未来の経験は反則的に有効らしい。

「させないよ。ここでお前を始末して、全部終わらせるから。――《飛脚》!」

 初速で最高速度に到達し、相手が戸惑っているうちにシンカはガストの顔面に向けて蹴りを放った。

「あぶぅえっ!?」

 吹き飛んだガストの行き先は――檻だ。

「あっがっ!?」

 鉄製の檻に頭をぶつけたせいで、ガストはそのまま地面に倒れてしまう。

(ちっ、電流はまだ通ってなかったか。通ってたら面白かったのにな)

 それでも明らかに昏倒しているようで何よりだ。
 また視点も彷徨っていてすでに追い詰められた形になっていた。
 シンカは彼に近づき、左肩に刺さっている短剣をおもむろに引き抜く。

「ぎがぁぁぁぁぁぁぁあああああっ!?」

 凄まじい激痛が走っているのだろう、酷く歪んだ顔で絶叫を上げる。
 血が滴り落ちる短剣の切っ先をガストに向けて言う。

「……死ぬといいよ」
「ま、待ってくれっ! いいのか! 俺に手を出せばザラード様だって黙っちゃいないぞ!」
「だから何?」
「は?」
「たとえ領域長を敵に回しても、もう選択した以上は止まれないのさ。だからあんたは黙って死ねばいい」
「ちょ、ま、待って――」

 その時、背後から強烈な殺意を感じて、ほとんど無意識にその場からシンカは距離を取った。

「――がはぁぁぁっ!?」

 見れば、ガストの腹に一本の銀槍が突き刺さっていたのだ。
 もし気づかなかったら、シンカも背中を貫かれていただろう。

(何だコレは!? 一体誰が――)

 まさかジュダたちが敗北し、ガストの仲間が駆けつけたのかと怖いことを考えてしまったが……。
 槍が飛んできた方角へ視線を向けると、そこには先程のシンカのように岩の上に立つ人物が一人立っていた。

 そしてその風貌を見て、シンカは思わず息を呑んでしまう。 
 何故ならそこにいた人物の頭部には、それを覆い隠すように獣の毛皮が被されていたのだから。
 その恰好だけで相手が何者なのか分からない者は、ここに住んでいないだろう。

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