上 下
22 / 44

21

しおりを挟む
 ――ある日のこと。

 シンカが一人で金目になるものを六十七階層で探していた時、迷路のように入り組んだ探索エリアで数人の男たちに囲まれてしまっていた。
 数は三人。男たちの手には、それぞれナイフやら斧やらが握られていて、明らかに殺意に似た感情がシンカへ向けられている。

(何だコイツらは……?)

 少なくともシンカには見覚えはなかった。
 シンカが一人と知った彼らはニヤニヤと優越感を感じさせる笑みを浮かべている。

「よぉ、捜したぜぇ。前はうちの連中が世話になっちまったらしいじゃねえか」
「……世話?」
「忘れたとは言わせねえぞ! ブラックウルフの件だよっ!」
「! ……なるほど。ずいぶん前のことで。だけど何で敵意満々な感じなのかな?」

 ようやく彼らに敵意を向けられる原因がハッキリした。確かにあのブラックウルフを譲ったのはシンカたちだったからだ。毒のオマケつきで。

「惚けるなよ。あのブラックウルフを食ったうちの連中は、全員泡を吹いて倒れやがった。今も治ってねえ」
「ふぅん、腐ってたんじゃないの?」
「そんなに早く腐るわけねえだろうが! それにだったら何でお前らは無事なんだ? 同じ肉を食ったはずなのによぉ」
「さあ、面白いこともあるもんだね」
「っ……おいこらガキィ、舐めてんのか?」
「はは、あんたたちみたいな汚い奴らを舐めるわけないだろ? それこそ腹を壊す」

 シンカの物着せぬ言い方に三人は憤怒の表情を見せ、武器を突き付けてくる。

「この状況、分かってんのか? 答えろ、お前らがブラックウルフを渡す時に毒を盛りやがったな?」
「止めてほしいな。何の証拠もないよ」
「最後にブラックウルフに触ったのはお前だったとうちの連中から聞いてる。お前らも同じ肉を持って帰って食べたはずだが無事で、こっちは食った連中は軒並みぶっ倒れてる」
「へぇ、つまり?」
「お前が何かしたとしか考えられねえってことだ!」

 なるほど。存外、頭の回転は悪くないようだ。
 確かに理論づけで考えると、彼の言っていることは理に適っている。

 そして――正しい答えだ。
 見た目はとても賢いように見えないが、腐ってもここの住人で、これまで生き続けてきた猛者でもある。あの時はバカな連中の集まりだと思っていたが、そうでない連中もいたようだ。
 シンカは口角をニヤリと上げると、憤りを露わにしている男の顔を見つめて言ってやる。

「ここでは騙される方が悪いんだよ、バーカ」
「「「――っ!?」」」

 男たちの殺意がさらに膨らみ、シンカの前に立っていた男が突き出していた剣を振りかぶる。

「死ねやクソガキがぁぁぁぁっ!」

 真っ直ぐ振り下ろされた刃は、そのままシンカの頭を切り裂こうとしたが――スカッ!
 突如その場からシンカの姿が消えた。

「んなっ!? ど、どこに行きやがった!」

 男たちがキョロキョロと周囲を見回す。そして男の一人がシンカを発見しギョッとなる。

「お、おい! あそこっ!」

 その男が指を差す。同時に全員が呆気に取られたかのように口をポカンと開けてシンカに見入っている。
 それもそのはずだ、何故なら……。

「か、壁に立ってる……!?」
「嘘だろおい……っ」
「何らかの魔法? いや、そんな魔法聞いたことがねえ!」

 男たちの言うように、シンカは近くにあった壁に立っていた。その姿は、まるで重力から解放されたかのような自然体である。

「はぁ、あんたらさ、こんなもんで驚いてたら、この先心臓が幾つあっても足らないんじゃない?」

 シンカが見せているこの壁立ちは、《ニホン人の書》の〝体技の章〟というページに書かれていた、いわゆる〝技〟の一つである。

 その名を《刺凸しとつ》といい、魔力を足の裏から幾つもの細かく鋭い針状にして放出することで、魔力針が壁に穴を開けて支えてくれるのだ。
 とはいっても姿勢を保つためには相当な筋力も必要だし、魔力を凝縮し強固な針として構成するにもかなり緻密な魔力コントロールが不可欠になる。

 悠々とした態度で彼らを見下ろしているシンカも、この技を体得できたのはつい最近で、三年の月日を費やした。

「ほらほら、ここまでおいで手の鳴る方へ~」

 手を叩きながら相手を挑発すると、真っ赤な顔で男たちが壁へと接近してくる。

「叩き落としてやらぁぁぁっ!」

 男が跳び上がって、再びシンカに向かって剣を振り下ろしてきた。
 しかしまたもその攻撃は空振りに終わる。

「ちぃっ、またか! 今度はどこに――なぁっ!?」 

 男が背後を振り向き驚愕の表情を見せた。
 そこには男の仲間である二人はすでに地に伏せ、何事もないようにシンカが立っている。
 二人の男は白目を剥いたままピクリともしない。シンカが強烈な威力を込めた手刀を彼らの後ろ首に落としたからだ。あの一瞬で。

「お、お前……一体……っ!?」
「さぁて、残りはあんただけど……殺される覚悟はあるんだよね?」
「ひぃっ!?」

 男の目にはシンカが凄まじいほど不気味に映っていることだろう。
 まだ十歳程度にしか見えない子供が、三人の大人を翻弄し、二人を瞬殺したのだから。
 それにシンカから発せられる暴虐にも思えるほど強大な魔力を感知したのかもしれない。すでに男の顔は恐怖に支配されていた。

「殺そうとする者は、殺される覚悟をしなきゃならない。そして……ここでは弱肉強食」
「く、く、来るなっ! 化け物めっ!」
「弱ければ騙され、その肉を食われる。だから生き抜くためには強さが必要になる。たとえ……たとえ理不尽とも思える力でも、オレは気兼ねなく揮ってやるよ」

 ここで生き続けるために。そして、ニヤやジュダたちを守るために。
 シンカは逃げようとして後ずさり、壁を背にして震えている男へとゆっくり近づき、腰に携帯していた短剣を抜いて相手の喉元へ近づける。

「た、たたた頼むよぉ……こ、殺さないでぇぇ……っ、死にたくねえ……よぉ……っ」
「――死ね」

 グサッと短剣の切っ先が対象物を貫いた。
 しかしそれは肉を貫いた感触ではない。シンカが剣を向けたのは、男の背後にある壁だった。
 それでも容赦なく殺されたと思ったのだろう。男は意識を失いその場に崩れた。
 シンカは「ふぅ」と軽く溜息を吐くと、短剣を鞘へと戻す。

「はは、殺すなんて嘘さ。だって、あんたらみたいなクズの血で、剣を汚したくなんてないしね……って、聞いてないか」

 シンカはすでに男たちには興味を失っていたので、そのまま探索を再開しようとしたが……。

 ――パチパチパチパチ。

 突然拍手の音が鳴り響き、シンカは警戒を強めて音のする方へと身体を向けた。
 そこには見知った顔があって、思わずシンカは目を見開く。

「――見せてもらったぜ。やるじゃねえか、ガキ」
「……ザラード領域長」

 そう、拍手をしていたのは先日初めて邂逅した、シンカたちが住む領域のリーダーだった。
 ザラードは倒れている男たちを愉快気に見回してから口を開く。

「まさかたかが十歳くれえのガキがここまでできるとはな。なるほど、お前が所属するコミュニティが名を上げるわけだ」
「別にオレだけの活躍があったからじゃない」
「だとしても、だ。お前の実力はこうして証明されてる」

 ザラードは低く唸ると、とんでもないことを言い出した。

「お前、俺の直属にならねえか?」
「断る」
「おいおい、ちょっとは考えろよ。俺の直属になれば、今よりもずっと暮らしは楽になるぜ?」
「別に今でも十分に満足してるし」
「……満足ねぇ。お前には上を目指す向上心ってもんがねえのか?」
「別に。オレにとって大事な奴らが無事に生活できるならそれでいい」

 もちろんニヤたちのことだ。もう彼女たちは家族なのだから。

「ふむ……なら直属になれば、その大事な奴らとやらにも十分に見返りをやると言ったら?」
「断る」
「! ……理由を聞こうか?」
「甘い話は真っ先に疑え。それがここでの暮らしの鉄則だしね」
「ククク、その用心深さも気に入るところだがな。だが俺がガキ一人を騙すためにわざわざ自ら勧誘するとでも思ってるのか?」

 そう言われれば確かに……。
 この領域の頂点に立つ存在が、底辺にいるシンカを騙すメリットがない。つまり彼は本気で自分を欲しがっているということだ。

 しかしザラードの直属になるということは、ジュダたちのコミュニティを抜けることを意味する。それはこれからも一緒に生きていこうと言ってくれている彼らへの裏切り行為になってしまう。
 ただそれでも自分がザラードの下につくことでジュダたちの暮らしが楽になるなら、と葛藤してしまう。

「どうも悩んでるようだな。返事はまた後日聞くことにする。良い返事を期待しておこう」

 そう言うとザラードは背中を向けて去っていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

美少女に転生して料理して生きてくことになりました。

ゆーぞー
ファンタジー
田中真理子32歳、独身、失業中。 飲めないお酒を飲んでぶったおれた。 気がついたらマリアンヌという12歳の美少女になっていた。 その世界は加護を受けた人間しか料理をすることができない世界だった

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

記憶喪失の転生幼女、ギルドで保護されたら最強冒険者に溺愛される

マー子
ファンタジー
ある日魔の森で異常が見られ、調査に来ていた冒険者ルーク。 そこで木の影で眠る幼女を見つけた。 自分の名前しか記憶がなく、両親やこの国の事も知らないというアイリは、冒険者ギルドで保護されることに。 実はある事情で記憶を失って転生した幼女だけど、異世界で最強冒険者に溺愛されて、第二の人生楽しんでいきます。 ・初のファンタジー物です ・ある程度内容纏まってからの更新になる為、進みは遅めになると思います ・長編予定ですが、最後まで気力が持たない場合は短編になるかもしれません⋯ どうか温かく見守ってください♪ ☆感謝☆ HOTランキング1位になりました。偏にご覧下さる皆様のお陰です。この場を借りて、感謝の気持ちを⋯ そしてなんと、人気ランキングの方にもちゃっかり載っておりました。 本当にありがとうございます!

処理中です...