転生してモンスター診療所を始めました。

十本スイ

文字の大きさ
上 下
36 / 41

35

しおりを挟む
 手術台に横たわるエレファントライナーの子供。
 傍にいるのは、手術着を着用したリントとニュウの二人。

「――さて、執刀を開始する」
「先生、《造血薬》のお注射、打ち終わったであります!」

 ニュウが滅菌手袋を嵌めているその小さな右手に注射を持っている。《造血薬》とは、読んで字のごとく、身体の中で血を造る促進剤のようなもの。

 一応〝仙気鍼〟の効果で血止めはできているが、失われた血を保管するのは難しい。できないことはないが、今リントの血液をエレファントライナー用に変換して与えたら、リントも意識が朦朧としてしまう。
 それほどにエレファントライナーが失った血の量は多い。

「まずは内臓を直に確認しないとな。――〝仙気鍼〟。――刺突」

 新たに創り出した鍼を患者の身体に刺す。これは痛覚を麻痺させるツボ。つまりは麻酔になる。
 この世界では麻酔というものはない。いや、あっても効き目が悪いといった方が正しい。研究はされているようだが、地球のように医療の進歩は見られないのだ。
 だからこそ、リントの〝仙気鍼〟が絶大に効果を発揮してくれる。

「……開腹する。――メス」

 隣に立つニュウに向かって右手を差し出す。こちらが手を切らないように確実に手渡してくる。このメスなどの手術具を渡す者を〝器械出し〟という。
 当初は彼女も下手で、よくリントの手を切ったり自分の手を切ったりしていたが、今では知識も豊富で、リントが欲しい器具を言わなくても出すことも可能だ。

「!? こいつは……まさに血の海だな」

 腹の中を見てギョッとする。内臓損傷が酷く、血液が大量に溜まっていた。

「――開創器」

 手術創を広げておく器械で、メスで回復した患部を開く。それをニュウから受け取って見やすくした。まるで血をたっぷり注いだ風船を割ったあとのような光景が広がっている。
 本来はこの血をまずは吸引して内臓を確認しやすくするのだが……。

「――〝仙気鍼〟。――吸突」

 また新しい鍼を血の海に刺す。すると血がみるみる鍼に吸引されていく。夕日色の鍼だが、血を吸ったことにより真っ赤に染まり上がっている。
 さらにその鍼を今度はエレファントライナーの身体に刺す。これで輸血が可能なのだ。

 また鍼の中で滅菌もされるので、問題なく使用することができる。
 まさに手術のために生まれた力ということだ。

「患部を確認。縫合を開始する。――持針器」

 と言うと、針を持つ器具を手渡してくる。これで患部を糸で縫合していくのだ。
 リントは手元を素早く動かして、傷ついている部分を縫合していく。
 腹を開いているだけで、患者の体力は落ちていくのだ。だからできるだけ早く終わらせることが、より生存率を高める。

 しかしここには心電図などの、患者の状態をモニターで確認するようなものはない。
 なら何を判断して、患者の状態を把握するのか。

 それはリントの〝超感覚〟による〝触覚〟の能力。
 患者に触れるだけで、現状を把握することができるのだ。こうして術部に触れているだけで、対象の心拍数などもリントは捉えることができている。

(よし、このままいけば間に合う!)

 だがそこでビクンとエレファントライナーの身体が跳ねる。
 思わず患部から手を引く。

「先生……これは!」
「ああ。――――しゃっくりだ」

 術中合併症――手術中に起こる生体反応のこと。しゃっくりもその一つ。手術の種類によって起こる反応は様々だが、当然そのまま放置すれば速やかな手術はできない。だから素早い対処が必要になる。

「横隔膜を刺激しちまったみてえだな」

 しゃっくりなど誰もが起こる単純なことだと思われるが、いつ起こるか分からない現状では当然ながら放置して進めることはできないのだ。

「……こういう場合は、麻酔を深くしたり筋弛緩薬などを投与すればいいのであります」
「その通りだ。それが普通の処置。けど……」

 リントの場合はこの――〝仙気鍼〟がある。
 鍼で直接横隔膜を刺激すると、痙攣が即時に鎮まった。

「いいかニュウ。医者はどんな事態にも冷静さを持たないといけねえ」
「はいであります」
「だからこそ経験は何よりも大事だし、その下に築かれる知識が必ず重要になってくる」

 経験だけでもダメだし、知識だけでも患者を完全には救えない。
 その両方があって初めて病魔と向き合うことができるのだ。

「このまま一気に傷を塞いでいくぞ!」
「はいでありますっ!」

 なるべくエレファントライナーのことを考えて、機敏に、そして丁寧に傷を塞いでいく。

 そして――。

「――――ふぅ」

 静寂が支配する中、メスで切り開いた患部を縫合し終わって一息吐いた。
 そして静かに呼吸のために上下しているエレファントライナーの身体に触れる。対象の状態を確認していく。

「脳波、呼吸、心拍、血圧ともに異常なし」
「先生」
「ああ。――うし、処置完了」
「お疲れ様でありました、先生」
「ニュウもな。やりやすかったよ、ありがと」
「ニュウは、先生の補佐でありますから!」

 マスクのお蔭で目だけしか見えないが、彼女がニッコリと笑っているのは分かった。

「あとは回復するまで様子見だな」
「この子はもう大丈夫なのでありますね」
「ああ、オレの目でも状態悪は見えねえ」

 これもまた〝超感覚〟による〝視力〟の能力。
 仙気を通して視力を高めると、こうしてツボを確認することもできるし、もし悪い状態があるのなら、それが黒くなって確認することが可能なのだ。

「先生のその能力、とっても羨ましいであります」
「はは、そんなこと言ってもなぁ。ニュウの能力だって便利じゃねえか」
「それはそうでありますが……」 
「さて、んじゃ外で心配して見守ってる連中に報告しに行くか。あとは頼んだ」
「任せるであります!」

 二人で患者を再度ストレッチャーに乗せたあと、ニュウは手術室の奥にある、手術後の患者を寝かせるためのベッドが存在する部屋へと向かった。ICU(集中治療室)ではないが、それに似た場所のようなところだ。
 そしてリントは、反対側の扉を開いて、ランテたちに説明しに行った。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界にアバターで転移?させられましたが私は異世界を満喫します

そう
ファンタジー
ナノハは気がつくとファーナシスタというゲームのアバターで森の中にいた。 そこからナノハの自由気ままな冒険が始まる。

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。

大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。 ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。 主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。 マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。 しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。 主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。 これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

処理中です...