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――翌日、朝。
予定診療もなく、利用者が来る気配もなかった。
今日は休診日ではないが、連日それなりに忙しかったこともあり、今日は落ち着いたものである。ざっくり言うと前のような雰囲気に戻ったということだ。
これはこれから【アルトーゴの森】へ向かうリントとしてありがたい。
一応診療所は無人にできないので、ニュウには残ってもらうことにした。彼女がいれば、仮に利用者が来たとしても、すぐにリントに〝獣伝気〟を使って知らせてくれることができるのだ。
森へ行く準備のために、黒い診察鞄をチェックしている時、来客があった。
出迎えてみれば、マリネ教諭である。いや、よく見れば彼女の後ろにはランテとリリノールの姿も。
マリネに関しては、ここに魔法陣を刻むために今日ここへ来ることは聞いていたが、ランテたちは何故か理由を尋ねてみた。
「森に行って所長を手伝えなくても、ここでなら何か手伝えるかもしれないじゃない」
とのことだった。
確かにニュウ一人でここに残すよりは、利用者が来た時などの対応に使える人がいれば助かるのは事実。
簡単な医療行為ならニュウにもできるので、その手伝い役として彼女たちが力を貸してくれるならありがたいかもしれない。
それに彼女たちなら、悪意を持ってニュウに何かをするとも思えない。これまでのことから、それくらいならば信を置けるようにはなっていた。
ニュウも了承したので、リントもそれならと認めることに。
ニュウがマリネをさっそく診療所の裏手へと案内する。
リントは診察鞄を持って、出入口から外へと出た。ランテとリリノールも一緒に。
「気を付けなさいよ、所長。エレファントライナーに殺されましたとかシャレにならないしね」
「もうランテ、縁起でもないこと言わないのぉ」
「はは、そうならないように努力するって」
リントは診療所の裏手に視線を向けると、すぐにランテたちへ戻す。
「ニュウのこと、頼むな」
「あら、人嫌いなのに人に頼むのね」
「意地が悪いよぉ、ランテェ」
「まったくだ。そんなんじゃ嫁の貰い手がねえぞ」
「んなっ!? しょ、所長にそんな心配されなくても大丈夫よ! ア、アタシはこう見えても結構モテるんだからぁ!」
「ん~確かにそうだけどぉ、いっつも男子からの告白を断るよねぇ」
「当然よ。王侯貴族っていう看板に惹かれてるっていう下心とか丸見えだもん」
魔術世界――〝血〟を重んじるこの世にとって、それは仕方ないだろう。
どんな家も、高みに上るためにはより優秀な血を欲するのは当然だ。リントにとっては反吐が出るほどの俗世事情ではあるが。
「へいへい。そんなおモテになるランテ様に、ニュウのことを頼んだよ」
「任せなさい! というか、マリネ先生もいるし安心よ。だから所長も無事に帰って来なさいよ」
「うんうん。所長さんが怪我とかしたら、きっとニュウちゃん悲しむよぉ」
「分かってるって。んじゃ、行ってくる」
軽く手を上げると、リントは森へ向けて歩き出した。
※
そろそろリントが森へと出掛けた頃であろう。すでに診療所の裏手に来る前に言うべきことは言っておいた。
リントのことだから心配はしていないが、問題は今も森に潜んでいる人間――討伐屋たちのこと。
もし相対してしまえばきっと問題が起きるだろう。
ああ見えてトラブルメイカーなところもあるので、そこが少し心配といえば心配だ。
「――――大丈夫ですよ~」
「へ? あ……」
きっと顔に出ていたのだろう。それを見られてしまい、傍に立つマリネが励ましの声を届けてくれた。
「リント先生なら、きっとすぐに帰ってきます~。ですから安心して待っていましょう~」
「……そうでありますな。……はい、その通りであります!」
「ふふ、では今からここに魔法陣を刻みますね~」
畑から少し離れた位置にいる二人。
マリネは懐から短めの杖を取り出し、何もない地面に向かって、まるで指揮者が持つタクトのように振るい始める。
杖の先端にポワッと青白い光が灯り、そこから粒子が周囲に撒かれていく。
杖を動かす度に、地面に光の線が刻み込まれ魔法陣を描いている。
(! 凄い魔力であります!)
マリネは終始笑顔を貫いているが、彼女から発せられている魔力量は並ではない。恐らく通常の魔術士ならば、すでに魔力が枯渇するほどの量を消費している。
それでも楽々と動き、一切のよどみを感じさせない。
通常、魔術を使う時は魔法陣を必要としない。呪文を詠唱し、魔力を媒介として現象を引き起こす。
しかしこうして魔力そのものを使って魔法陣を描き、発動する魔術もまた存在する。
その一つが、今マリネが生み出そうとしている――転移魔術。
高等魔術と呼ばれる枠に収められている、並みの魔術士では扱えない代物だ。
聞けば、昨日のうちにマリネはエレファントライナーの群れが棲むと言われている場所へ行き、すでにその近くには魔法陣を刻んであるということ。
仕事も恐ろしく早い。
見た目は穏和でのんびりとしている雰囲気を宿すが、さすがは〝国家戦術士〟の資格を持つ人物である。
息を飲んで見守っていると、ランテたちがやって来た。
どうやら無事にリントを見送ってくれたようだ。
「うわぁ……やっぱり凄いわね、この魔力」
普段から接しているランテでさえ、改めて驚くほどである。
しばらくすると、マリネの動きが止まった。
彼女の前方には、光の魔法陣が刻まれている。
「……ふぅ。これで道は作れました~。あとはエレファントライナーの子供を送るだけですね~」
それほど疲労感が見えない。これならば今すぐにでも転移呪文を発動することさえ容易だろう。
「お疲れ様であります。どうぞ、マリネ先生は診療所で休んでいてくださいであります」
「ありがとうございます~。ではお言葉に甘えちゃいますね~」
「ニュウはどうするの?」
ランテが聞いてきたので、
「もちろん利用者さんが来なくとも、やるべき日課はありますので、それをこなすであります」
毎日の手術道具や薬品の点検であったり、所内の掃除なども欠かしてはならないのだ。
「じゃあ、アタシたちもそれを手伝うわね」
「うん。お掃除でもお洗濯でも頑張るよぉ」
「助かるのであります。ではついてきてください!」
リントが帰って来るまで、無事に留守を預かるのがニュウの務めだと心に刻み診療所へと戻って行った。
予定診療もなく、利用者が来る気配もなかった。
今日は休診日ではないが、連日それなりに忙しかったこともあり、今日は落ち着いたものである。ざっくり言うと前のような雰囲気に戻ったということだ。
これはこれから【アルトーゴの森】へ向かうリントとしてありがたい。
一応診療所は無人にできないので、ニュウには残ってもらうことにした。彼女がいれば、仮に利用者が来たとしても、すぐにリントに〝獣伝気〟を使って知らせてくれることができるのだ。
森へ行く準備のために、黒い診察鞄をチェックしている時、来客があった。
出迎えてみれば、マリネ教諭である。いや、よく見れば彼女の後ろにはランテとリリノールの姿も。
マリネに関しては、ここに魔法陣を刻むために今日ここへ来ることは聞いていたが、ランテたちは何故か理由を尋ねてみた。
「森に行って所長を手伝えなくても、ここでなら何か手伝えるかもしれないじゃない」
とのことだった。
確かにニュウ一人でここに残すよりは、利用者が来た時などの対応に使える人がいれば助かるのは事実。
簡単な医療行為ならニュウにもできるので、その手伝い役として彼女たちが力を貸してくれるならありがたいかもしれない。
それに彼女たちなら、悪意を持ってニュウに何かをするとも思えない。これまでのことから、それくらいならば信を置けるようにはなっていた。
ニュウも了承したので、リントもそれならと認めることに。
ニュウがマリネをさっそく診療所の裏手へと案内する。
リントは診察鞄を持って、出入口から外へと出た。ランテとリリノールも一緒に。
「気を付けなさいよ、所長。エレファントライナーに殺されましたとかシャレにならないしね」
「もうランテ、縁起でもないこと言わないのぉ」
「はは、そうならないように努力するって」
リントは診療所の裏手に視線を向けると、すぐにランテたちへ戻す。
「ニュウのこと、頼むな」
「あら、人嫌いなのに人に頼むのね」
「意地が悪いよぉ、ランテェ」
「まったくだ。そんなんじゃ嫁の貰い手がねえぞ」
「んなっ!? しょ、所長にそんな心配されなくても大丈夫よ! ア、アタシはこう見えても結構モテるんだからぁ!」
「ん~確かにそうだけどぉ、いっつも男子からの告白を断るよねぇ」
「当然よ。王侯貴族っていう看板に惹かれてるっていう下心とか丸見えだもん」
魔術世界――〝血〟を重んじるこの世にとって、それは仕方ないだろう。
どんな家も、高みに上るためにはより優秀な血を欲するのは当然だ。リントにとっては反吐が出るほどの俗世事情ではあるが。
「へいへい。そんなおモテになるランテ様に、ニュウのことを頼んだよ」
「任せなさい! というか、マリネ先生もいるし安心よ。だから所長も無事に帰って来なさいよ」
「うんうん。所長さんが怪我とかしたら、きっとニュウちゃん悲しむよぉ」
「分かってるって。んじゃ、行ってくる」
軽く手を上げると、リントは森へ向けて歩き出した。
※
そろそろリントが森へと出掛けた頃であろう。すでに診療所の裏手に来る前に言うべきことは言っておいた。
リントのことだから心配はしていないが、問題は今も森に潜んでいる人間――討伐屋たちのこと。
もし相対してしまえばきっと問題が起きるだろう。
ああ見えてトラブルメイカーなところもあるので、そこが少し心配といえば心配だ。
「――――大丈夫ですよ~」
「へ? あ……」
きっと顔に出ていたのだろう。それを見られてしまい、傍に立つマリネが励ましの声を届けてくれた。
「リント先生なら、きっとすぐに帰ってきます~。ですから安心して待っていましょう~」
「……そうでありますな。……はい、その通りであります!」
「ふふ、では今からここに魔法陣を刻みますね~」
畑から少し離れた位置にいる二人。
マリネは懐から短めの杖を取り出し、何もない地面に向かって、まるで指揮者が持つタクトのように振るい始める。
杖の先端にポワッと青白い光が灯り、そこから粒子が周囲に撒かれていく。
杖を動かす度に、地面に光の線が刻み込まれ魔法陣を描いている。
(! 凄い魔力であります!)
マリネは終始笑顔を貫いているが、彼女から発せられている魔力量は並ではない。恐らく通常の魔術士ならば、すでに魔力が枯渇するほどの量を消費している。
それでも楽々と動き、一切のよどみを感じさせない。
通常、魔術を使う時は魔法陣を必要としない。呪文を詠唱し、魔力を媒介として現象を引き起こす。
しかしこうして魔力そのものを使って魔法陣を描き、発動する魔術もまた存在する。
その一つが、今マリネが生み出そうとしている――転移魔術。
高等魔術と呼ばれる枠に収められている、並みの魔術士では扱えない代物だ。
聞けば、昨日のうちにマリネはエレファントライナーの群れが棲むと言われている場所へ行き、すでにその近くには魔法陣を刻んであるということ。
仕事も恐ろしく早い。
見た目は穏和でのんびりとしている雰囲気を宿すが、さすがは〝国家戦術士〟の資格を持つ人物である。
息を飲んで見守っていると、ランテたちがやって来た。
どうやら無事にリントを見送ってくれたようだ。
「うわぁ……やっぱり凄いわね、この魔力」
普段から接しているランテでさえ、改めて驚くほどである。
しばらくすると、マリネの動きが止まった。
彼女の前方には、光の魔法陣が刻まれている。
「……ふぅ。これで道は作れました~。あとはエレファントライナーの子供を送るだけですね~」
それほど疲労感が見えない。これならば今すぐにでも転移呪文を発動することさえ容易だろう。
「お疲れ様であります。どうぞ、マリネ先生は診療所で休んでいてくださいであります」
「ありがとうございます~。ではお言葉に甘えちゃいますね~」
「ニュウはどうするの?」
ランテが聞いてきたので、
「もちろん利用者さんが来なくとも、やるべき日課はありますので、それをこなすであります」
毎日の手術道具や薬品の点検であったり、所内の掃除なども欠かしてはならないのだ。
「じゃあ、アタシたちもそれを手伝うわね」
「うん。お掃除でもお洗濯でも頑張るよぉ」
「助かるのであります。ではついてきてください!」
リントが帰って来るまで、無事に留守を預かるのがニュウの務めだと心に刻み診療所へと戻って行った。
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