転生してモンスター診療所を始めました。

十本スイ

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「いいえ。卵はすでに割れており、中には子が孵ったような痕跡があったようなのです~」
「まさか、その子供たちはまだ見つかってないんですか?」

 今度はリントが尋ねると、苦々しい表情を浮かべながらマリネが首肯する。

「……そりゃマズイな」
「へ? どうして所長? どうして子供が孵ったらマズイの?」
「子供は親以上に凶暴なんだよ。特に生まれたばかりの子は、生存本能が強い。暴走度でいえば以前会ったエレファントライナーの比じゃねえぞ」
「そ、それは……マズイわね。で、でもその子も討伐されたのよね、もちろん」
「いいえ。いまだ森の中にいるとは考えられていますが、見つかっていないのですよ~」
「だけどぉ、暴れ回ってるなら簡単に見つかりそうだよねぇ」

 リリノールの言うことも尤もだ。しかし「残念だが」と、リントが続ける。

「エレファントライナーってのは珍しいモンスターでな、大人になるに連れて知能が悪くなっていくんだ」
「? ……どういうことぉ?」
「そうだな。人間でいえば、大人の状態で生まれて、歳を経るごとに赤ん坊になっていくといった感じだな。一説には子を成す時に、力や知識などをすべて子に与えるからって言われてるけど。だから生まれた時は、もう知識も力の意味も把握している大人状態の子供ってことだ」
「でも暴走するのぉ?」
「ああ。さっき言ったけど生存本能はとてつもなく強い。敵意を持つ奴が近づいただけで、フルスペック状態で暴れ回るんだよ。身体はまだ小さいってバカにできないほど力は強え。しかも小さいからすばしっこいし、捕縛するのも討伐するのも容易じゃねえ」
「うわぁ、厄介なモンスターね。なるほど、Aランクなのは理解できたわ」

 頬を引き攣らせながらランテが言った。
 そう、彼女の言う通り、この特異性がAランク所以である。

「しかも、だ。知識も受け継ぐって言われてるけど、知性……考える力ってのもそこそこ高い。だから単純な罠とかも見破ったりするし、逆に罠を張ったりもする。あんな隠れるところが多い森の中で見つけて討伐するのは相当の難易度だろうな」

 リントは一度口を閉じると、視線をランテからマリネへと戻す。

「……それで、そんな話をして、私に何を頼みたいと言うので?」
「子供のエレファントライナーを見つけ出してほしいのです~」
「……何か勘違いされてませんか? 私はモンスター医であり、討伐屋でも探偵でもないんですよ?」
「それは重々承知しています~。ですがこのままだと~、エレファントライナーの子供が討伐されてしまいますから~」
「!? ……ちょっと待ってください。討伐させるために探し出せと言っているのでは?」

 マリネは「いいえ」と頭を振った。そしてジッと、獣のような穢れのない純朴な瞳で見据えてくる。

「親のエレファントライナーが何故森にいたのか、ご存知ですか~?」
「……いいえ」
「ある人間たちの手によって、あの森に捨てられたからなのですよ~」

 その言葉に全員が息を呑む。
 そしてニュウは悲しげに眉をひそめ、リントは明らかな怒気を瞳の奥に込めていた。

 この世界ではモンスターの扱いは、玩具と同じだ。気に入ったから傍に置いて、飽きたら捨てる。それでまた新しい玩具ペットを買う。それの繰り返し。
 もちろんペットモンスターを家族の一員として大事にする者たちもいる。しかし世の風潮は、残念ながらモンスターの価値は底辺に位置するのだ。

 マリネが言う。きっと調教しようとしてどこかで捕獲したものの、手に余りあの森に捨てることにしたのだろう、と。

「酷い……勝手過ぎるよぉ」
「そうね。けれど、そういうことをする人が多いのもまた事実よ」

 ランテの言う通りだ。マリネの小さく頷いてから、

「だからこそ~、討伐屋さんたちに見つかる前に捕獲して~、群れがいる場所に返してあげたいと思っているのよ~」
「なるほど! そこで先生にお力を貸してほしいということでありますな!」

 ニュウもマリネの真意を理解したようだ。

「そうなのです~。どうでしょうか~、リント先生~?」
「……そうですね。自然現象でエレファントライナーが死んでしまうのならともかく、人のエゴのせいで殺されるのは、オレとしても納得しかねます」
「では~」
「はい。その子を見つけましょう」

 その言葉にマリネがホッとしたように笑顔を浮かべる――が、

「ただし、捕獲したとして、どうやって群れに返すんですか? いえ、そもそも群れがある地域は確認されてらっしゃるので?」
「こう見えても~、学園の情報網は広いのです~。群れの位置は把握できています~。その近くに転移魔法陣を敷き~、エレファントライナーの子供を送るつもりです~」
「!? 転移魔法陣を敷く? ……高等魔術の一つですよ?」
「所長所長」
「な、何だよランテ?」

 クイッと袖を引っ張ってきたので、訝しみながら尋ねた。

「安心していいわよ」
「は?」
「マリネ先生なら、転移魔法陣を敷くことくらいパパッとやっちゃうし」
「マリネ先生……なら?」
「そうよ。だって、マリネ先生ってば〝国家戦術士〟の資格を持ってるんだから」
「…………マジで?」
「マジよ」

 ゆっくりと視線をランテからマリネへと移す。
 彼女がニッコリと微笑んでくる。どう見てもぽわぽわとした普通の女性にしか見えない。
 教師をしているのだから、教えることに関しては優秀なのだろうと思ったが、まさか国家資格を持つほどの人材だとは想像できなかった。

 一年に一回行われる〝国家戦術士〟の合格率は極めて低い。去年の例を取ってみれば、約三千四百人ほど受けて、合格者が一人しかいなかったと聞く。中には合格者が出なかった年も存在する。それほどの狭き門なのだ。
 その門を突破した人物が、目の前に立っている。


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