転生してモンスター診療所を始めました。

十本スイ

文字の大きさ
上 下
21 / 41

20

しおりを挟む
「……ニュウ?」
「は、はい? ニュ、ニュウは何も知らないでありますよ?」
「まだ何も聞いてないけど? 何か知ってんの?」
「な、何も知らないと言っているであります! ええまったく! 決してこれはニュウが頼んだことではないのであります!」
「……頼んだ?」
「そんなこと言ってないのであります!」
「今言ったじゃん」
「はぅわ!? ハメたのでありますな!」
「いや、勝手に自滅しただけだし」

 はぁ~と大きく溜め息を吐くと、コーヒーカップをテーブルの上に置いて腕を組む。

「それで? 何をどうしたわけ?」
「……そ、それは……」
「大よそ見当はついてるけど。……アイツらと連絡取ってるな?」

 ビクゥッと、その質問の答えを証明するかのように反応を返してくる。嘘のつけない少女だ。
 問い質してみると、以前知り合いになった【リンドブルム王国】に住むランテとリリノールに連絡を取り、診療所に患者を回すように頼んでいるとのこと。

 しかも回転率を良くするように、できるだけ軽症のモンスターを、である。
 実は【リンドブルム王国】では今、ウィングキャットを飼う者が増えており、この季節のせいで病院なども手が回らなくなっているらしい。

 脱水症状といっても、ちゃんとした処置をしてやらないといけないし、他の病気も併発している可能性があるので、診察には時間がかかるのだ。
 ランテたちは、利用者たちにしっかり見てくれる診療所があると伝えたらしく、そのせいでこの忙しさ、ということである。

「まあ別に忙しいのは文句ねえんだけどさ。宣伝とかは必要ねえって言ったよな?」
「うぅ……で、ですが先生の存在を世界にアピールするためには」
「必要ねえっての」
「あぅぅ……」

 獣耳が寂しそうにペタリと垂れている。
 彼女は何故かリントが世界一の有名モンスター医になってほしいらしい。リントはこんなに凄いんだぞと大々的に存在を知らしめたいようだ。

 彼女の気持ちはありがたいが、リントには功名心はないし、ここでの暮らしに満足している。
 もし有名になれば、鬱陶しい勧誘だけでなく、疎ましく思う者たちだって出てくるだろう。
 この世界に、モンスターに恨みを持っている者だっているのだ。そのモンスターの命を救う立場にあるリントを邪魔だと考える輩も確実に出てくるはず。

 そうならないためにひっそりと丘の上で暮らしているのだ。
 望まれれば全力で治療するが、進んで火中の栗を拾うような真似はできるだけしたくない。

 ずっと前にも、リントの腕に嫉妬した人間の医者がイチャモンをつけてきて、荒くれ者をけしかけたこともあったくらいだ。
 あまり有名になるよりも、最後の砦のような場所として存在しておく方が無難なのである。

「ったく。けど、あんがとな」
「ふぁ……んん」

 それでもニュウが、自分のためを思って行動してくれているのは伝わっている。
 感謝の意を込めて彼女のフサフサ髪に包まれている頭を撫でると、彼女も気持ち良さそうに身を預けていた。

「……怒らないのでありますか?」
「何で?」
「だって、人間と親しくしてるでありますから」
「バーカ。オレは確かに人嫌いだし、必要以上に関わり合いになりたいって思わねえけど、お前は好きにしたらいいんだよ」
「先生……」

 こういう仕事柄、やはり人と接する機会も多い。たとえ人は嫌っていても、分別くらいはつけようと努力しているつもりだ。

「それに、お前も人だ。オレにも好きになる奴だっているぞ」
「!? そ、そそそそそれはあ、あ、愛の告白なのでありますかぁ!?」
「はあ? 何でそうなるんだ?」
「だ、だって好きだと!」
「……? 家族を好きになるのは普通だろ?」
「か、家族……むむ……家族でありますか……。それは嬉しいのでありますが、いやしかし……」

 何だか難しい顔をして唸り始めた。時々こんなふうに暴走気味になるのだが、理由はサッパリ見当がつかない。

「ところで、連絡を取ってるってことは……力を使って、か?」
「はいなのであります!」
「アイツら、驚いたろうなぁ」

 リントも最初に、ニュウの力を見た時は驚愕したものだ。

「あ、先生。もし良かったらですが……」
「ん? どうした?」
「二日後、【リンドブルム王国】に行かないでありますか?」
「……何で?」
「王国の利用者が増えたということは、これから往診に行くこともあるやもしれないのであります。ですから入国許可証を作りに」
「ふむ。確かにいちいちランテたちを呼ぶわけには行かないか……」
「それに以前診たクローバーキャトルの様子も見ておきたいと仰っていたでありますし」

 確かに近々様子見に行こうとは思っていた。あれから音沙汰がないということは、何も問題は起きていないと思うが、念のために、と。

「う~ん、分かった。んじゃ二日後は休診日にして出掛けるか」
「はいでありますぅ!」

 嬉しそうにパアッと笑顔になるニュウ。そういえば、二人で大きな街に出掛けるのは久々かもしれない。
 まだまだ遊び盛りな子なので、明後日は目一杯甘えさせてやろうと思った。

「では、さっそく明後日に向かうことをランテさんたちにお伝えするでありますね!」

 そう言うと、ニュウが「ん~っ」と身体を震わせ始める。
 すると彼女の耳がニョキニョキと伸び始め、まるでウサギのソレのように変化を遂げた。
 二つの耳の間に、赤い煙のようなものが集まっていく。――仙気の塊だ。

 それが次第に形を変えて、小鳥を模した形状を整えていく。
 身体の震えを止めたニュウが、仙気でできた小鳥を優しく耳の上に乗せ、窓へと近づいいた。
 そして窓の外へと小鳥を押し上げて飛ばす。

「では、ランテさんたちによろしくでありますぅ~!」

 ブンブンと手を振って飛んでいく鳥を見送るニュウ。

(いつ見ても、この子の力も驚きものだよなぁ)

 リントも変わった力を持つが、ニュウもまた仙術を扱うことができるのだ。
 仙気を生物を模した形へと変化させ、自身の記憶(情報)を喋らせることができる性質を持つ。
 単純にいえば伝書鳩のような働きができるということ。

 仙術の名は――〝獣伝気じゅうでんき〟。

 対象に近づくと情報を伝えるのだ。ただ一方的ではあるし、伝えると消えてしまうという欠点はある。それでも顕現させておくだけなら、仙気量次第ではあるが半日くらいは保てるようだ。

 情報伝達には便利な力ではあるが、この能力のせいで、彼女の一族からは忌避されていた。守ってくれていた親もすでに他界しており、今はリントが保護しているが、もしリントに会わなかったら、今頃彼女は孤独に苛まれているか、国の研究機関に実験体として扱われていたかもしれない。
 それほど稀有な力なのだ。リントも、ニュウも。

「んじゃ、今日はそろそろ終わって――」
「先生、患者さんが来られたでありますよ?」
「…………よし、頑張るか」

 まだまだ今日は終わらないようだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄をされ、処刑された悪役令嬢が召喚獣として帰ってきた

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
中央から黒い煙が渦を巻くように上がるとその中からそれは美しい女性が現れた ざわざわと周囲にざわめきが上がる ストレートの黒髪に赤い目、耳の上には羊の角のようなまがった黒い角が生えていた、グラマラスな躯体は、それは色気が凄まじかった、背に大きな槍を担いでいた 「あー思い出した、悪役令嬢にそっくりなんだ」 *************** 誤字修正しました

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...