20 / 41
19
しおりを挟む
育ててくれた怪鳥モンスターであるキンカ。彼女の命を救うことができなかった。
こんな力を持っていても、何の意味もなかった。
強い力は、より強い力を引きつけ、そして……駆逐される。
それもまた自然の成り行き……なのかもしれない。
母が死に、リントは気づいた。いや、気づかされたのだ。他ならぬ母の言葉によって。
『お前の力なら、使い様によってはもっと多くのモンスターたちを救えるだろうね』
かつて言われた言葉。
その本当の意味を知り、リントはモンスター医を志すことになった。
まだ十歳にも満たなかったリントだったが、自分の進むべき道を見つけたのだ。
(母さん……オレ、頑張れてるかな)
別に母はすべてのモンスターを救えとは言わなかった。
助けを求める者たちを、自分の力の限り手助けをしてやってほしい、と。
そう言っていたのだ。
リントはゆっくりと上半身を起こす。今気づいたが、額には冷たいタオルが置かれてあった。
「……ニュウか」
本当に彼女にも世話になっている。
彼女がいてくれるから安心て無茶できるとも言えた。
「今日は久々にすきやきでもすっかなぁ。ニュウ、喜ぶと思うし」
そう思いながらまったりとしていると、ダダダダダと床を激しく叩く足音が聞こえた。
「――先生! 緊急でありますぅ!」
どうやら滅多に来ない患者が飛び込んできたようだ。
リントは壁にかけられてある白衣をさっと着込んで、患者が待つ診察室へと向かった。
この世界にも季節はある。
――春夏秋冬。
今は夏の入口付近といった具合だ。これから真夏に向けてどんどんと気温が上昇していく季節である。
モンスターたちは基本的に適応能力が高いが、環境変化が起こる度に体調を崩してしまうモンスターも存在するのだ。
「――どうやら、単純な脱水症状みたいですね」
診察台に横たわっている、白毛の猫に羽が生えた生物――ウィングキャット。
名前から分かる通り、分類すれば猫科に属するモンスターだ。
傍では飼い主である男性が心配そうにウィングキャットの身体を撫でている。
「本来猫というのはあまり水分を取りませんが、この子は長毛種で熱に凄く弱いタイプなんです。それに環境変化で体調も崩しやすくて、そうなると水分をあまり取らなくなるんですよね。特にこの季節は要注意」
「ど、どうしたらいいんですか!」
「……食事はちゃんとしていますか?」
「え、ええ。食べることはできてます」
「ドライフード系ですか?」
「えっとぉ、にぼしとかささみとか、ですね」
「では、水分量の多いものにしてください。水を直接飲まないのなら、食事に混ぜるしかないですから。どんな食事が適しているか、あとで薬と一緒に紙に書いて渡しますね。とりあえず点滴は施しておきましょう」
「お願いします」
素早く点滴セットを出して、ウィングキャットに心の中で「少しチクッとするけど良くなるためだからな」と言い含めて了承を取ってから点滴を開始した。
これでしばらく大人しくしていれば、すぐに元気を取り戻してくれるだろう。
「はい。じゃあ次の方、入れてくれる?」
「はいなのであります!」
傍で待機していたニュウにリントが頼むと、彼女は診察室を出て待合室へと向かう。
診察室には、三台の診察台があるが、すでに二つ使用しており、空いている診察台に向かい待機する。
(……はぁ。待合室に人が待ってるなんて、久々過ぎだよなぁ)
それこそ診療所を開いた当初くらいではなかろうか。
ただ待っているといっても普通の病院などに比べると圧倒的に少なく、利用者は三人ほどではあるが。
それでもここ最近に比べれば異常事態としか思えないほど繁盛しているともいえる。ニュウなどは朝からやる気十分でニヤニヤしていた。
不謹慎だから笑顔だけは止めろと言い含めておいたので、患者数が多く診察代が入ってくることが嬉しいニュウも、我慢して笑うのを止めている。
(それにしても……)
次に入ってきた患者も――ウィングキャット。
恐らく同じ症状なのだろう。
そして待合室で待機中の利用者もまた、ウィングキャットを連れている。
(ブームなのか……今?)
当然そんな思いが過ぎるが、何でもニュウ曰く、利用者は全員【リンドブルム王国】から来ているとのこと。
(まさかと思うけど……)
脳裏に浮かんだ考えを捨て去り、今は治療に専念することにした。
そうしてすべての患者を診て一段落した後――。
「ふぅ……久々の怒涛のラッシュだったなぁ」
「何を言ってるのでありますか! まだまだ繁盛してもらわないと困るのであります!」
待合室でコーヒーを飲んでいると、ニュウがほくほく顔でそう言った。
「今日入ったお金があれば、滞っていた借金が大分と返せますし、おお! 新しいお布団も買えるのであります! いやいや、お布団は先にしてまずは新しい白衣にした方が……むむむ」
心底主婦な感じのニュウである。
確かにヨレヨレの白衣はどうかと思うが、別にまだ白衣はあるので買わなくてもいいような気もするのだが……。
ちなみに借金というのは、いろいろ都合をつけて支払いを待ってもらっている薬剤師や鍛冶師だったりする。
鍛冶師には、手術道具などを作ってもらっているのだ。どちらも昔からの知り合いであるので、いつでも借金を返すのは待ってやると言われているが、毎月少しずつでも返している。
というよりも、どちらもすでに引退してほとんどボランティアみたいな感じで手伝ってくれているだけで、金は要らないと最初は言っていたのだが、リントは必ず作ってくれたものに関しては対価を支払うと決めているので、向こうは要らないと言っても返す努力はしているつもりだ。
「けど何で急に利用者が増えたんだろうなぁ」
独り言として呟いたが、ギクリと肩を震わせて固まるニュウ。
……何か知っているようだ。
こんな力を持っていても、何の意味もなかった。
強い力は、より強い力を引きつけ、そして……駆逐される。
それもまた自然の成り行き……なのかもしれない。
母が死に、リントは気づいた。いや、気づかされたのだ。他ならぬ母の言葉によって。
『お前の力なら、使い様によってはもっと多くのモンスターたちを救えるだろうね』
かつて言われた言葉。
その本当の意味を知り、リントはモンスター医を志すことになった。
まだ十歳にも満たなかったリントだったが、自分の進むべき道を見つけたのだ。
(母さん……オレ、頑張れてるかな)
別に母はすべてのモンスターを救えとは言わなかった。
助けを求める者たちを、自分の力の限り手助けをしてやってほしい、と。
そう言っていたのだ。
リントはゆっくりと上半身を起こす。今気づいたが、額には冷たいタオルが置かれてあった。
「……ニュウか」
本当に彼女にも世話になっている。
彼女がいてくれるから安心て無茶できるとも言えた。
「今日は久々にすきやきでもすっかなぁ。ニュウ、喜ぶと思うし」
そう思いながらまったりとしていると、ダダダダダと床を激しく叩く足音が聞こえた。
「――先生! 緊急でありますぅ!」
どうやら滅多に来ない患者が飛び込んできたようだ。
リントは壁にかけられてある白衣をさっと着込んで、患者が待つ診察室へと向かった。
この世界にも季節はある。
――春夏秋冬。
今は夏の入口付近といった具合だ。これから真夏に向けてどんどんと気温が上昇していく季節である。
モンスターたちは基本的に適応能力が高いが、環境変化が起こる度に体調を崩してしまうモンスターも存在するのだ。
「――どうやら、単純な脱水症状みたいですね」
診察台に横たわっている、白毛の猫に羽が生えた生物――ウィングキャット。
名前から分かる通り、分類すれば猫科に属するモンスターだ。
傍では飼い主である男性が心配そうにウィングキャットの身体を撫でている。
「本来猫というのはあまり水分を取りませんが、この子は長毛種で熱に凄く弱いタイプなんです。それに環境変化で体調も崩しやすくて、そうなると水分をあまり取らなくなるんですよね。特にこの季節は要注意」
「ど、どうしたらいいんですか!」
「……食事はちゃんとしていますか?」
「え、ええ。食べることはできてます」
「ドライフード系ですか?」
「えっとぉ、にぼしとかささみとか、ですね」
「では、水分量の多いものにしてください。水を直接飲まないのなら、食事に混ぜるしかないですから。どんな食事が適しているか、あとで薬と一緒に紙に書いて渡しますね。とりあえず点滴は施しておきましょう」
「お願いします」
素早く点滴セットを出して、ウィングキャットに心の中で「少しチクッとするけど良くなるためだからな」と言い含めて了承を取ってから点滴を開始した。
これでしばらく大人しくしていれば、すぐに元気を取り戻してくれるだろう。
「はい。じゃあ次の方、入れてくれる?」
「はいなのであります!」
傍で待機していたニュウにリントが頼むと、彼女は診察室を出て待合室へと向かう。
診察室には、三台の診察台があるが、すでに二つ使用しており、空いている診察台に向かい待機する。
(……はぁ。待合室に人が待ってるなんて、久々過ぎだよなぁ)
それこそ診療所を開いた当初くらいではなかろうか。
ただ待っているといっても普通の病院などに比べると圧倒的に少なく、利用者は三人ほどではあるが。
それでもここ最近に比べれば異常事態としか思えないほど繁盛しているともいえる。ニュウなどは朝からやる気十分でニヤニヤしていた。
不謹慎だから笑顔だけは止めろと言い含めておいたので、患者数が多く診察代が入ってくることが嬉しいニュウも、我慢して笑うのを止めている。
(それにしても……)
次に入ってきた患者も――ウィングキャット。
恐らく同じ症状なのだろう。
そして待合室で待機中の利用者もまた、ウィングキャットを連れている。
(ブームなのか……今?)
当然そんな思いが過ぎるが、何でもニュウ曰く、利用者は全員【リンドブルム王国】から来ているとのこと。
(まさかと思うけど……)
脳裏に浮かんだ考えを捨て去り、今は治療に専念することにした。
そうしてすべての患者を診て一段落した後――。
「ふぅ……久々の怒涛のラッシュだったなぁ」
「何を言ってるのでありますか! まだまだ繁盛してもらわないと困るのであります!」
待合室でコーヒーを飲んでいると、ニュウがほくほく顔でそう言った。
「今日入ったお金があれば、滞っていた借金が大分と返せますし、おお! 新しいお布団も買えるのであります! いやいや、お布団は先にしてまずは新しい白衣にした方が……むむむ」
心底主婦な感じのニュウである。
確かにヨレヨレの白衣はどうかと思うが、別にまだ白衣はあるので買わなくてもいいような気もするのだが……。
ちなみに借金というのは、いろいろ都合をつけて支払いを待ってもらっている薬剤師や鍛冶師だったりする。
鍛冶師には、手術道具などを作ってもらっているのだ。どちらも昔からの知り合いであるので、いつでも借金を返すのは待ってやると言われているが、毎月少しずつでも返している。
というよりも、どちらもすでに引退してほとんどボランティアみたいな感じで手伝ってくれているだけで、金は要らないと最初は言っていたのだが、リントは必ず作ってくれたものに関しては対価を支払うと決めているので、向こうは要らないと言っても返す努力はしているつもりだ。
「けど何で急に利用者が増えたんだろうなぁ」
独り言として呟いたが、ギクリと肩を震わせて固まるニュウ。
……何か知っているようだ。
0
お気に入りに追加
62
あなたにおすすめの小説


心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった
あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。
本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……?
例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり……
異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり……
名前で呼んでほしい、と懇願してきたり……
とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。
さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが……
「僕のこと、嫌い……?」
「そいつらの方がいいの……?」
「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」
と、泣き縋られて結局承諾してしまう。
まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。
「────私が魔術師さまをお支えしなければ」
と、グレイスはかなり気負っていた。
────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。
*小説家になろう様にて、先行公開中*

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜
ワキヤク
ファンタジー
その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。
そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。
創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。
普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。
魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。
まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。
制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。
これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

破滅する悪役五人兄弟の末っ子に転生した俺、無能と見下されるがゲームの知識で最強となり、悪役一家と幸せエンディングを目指します。
大田明
ファンタジー
『サークラルファンタズム』というゲームの、ダンカン・エルグレイヴというキャラクターに転生した主人公。
ダンカンは悪役で性格が悪く、さらに無能という人気が無いキャラクター。
主人公はそんなダンカンに転生するも、家族愛に溢れる兄弟たちのことが大好きであった。
マグヌス、アングス、ニール、イナ。破滅する運命にある兄弟たち。
しかし主人公はゲームの知識があるため、そんな彼らを救うことができると確信していた。
主人公は兄弟たちにゲーム中に辿り着けなかった最高の幸せを与えるため、奮闘することを決意する。
これは無能と呼ばれた悪役が最強となり、兄弟を幸せに導く物語だ。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)
いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。
全く親父の奴!勝手に消えやがって!
親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。
俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。
母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。
なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな?
なら、出ていくよ!
俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ!
これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。
カクヨム様にて先行掲載中です。
不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる