転生してモンスター診療所を始めました。

十本スイ

文字の大きさ
上 下
15 / 41

14

しおりを挟む
(空気の入れ換えくらい定期的にしとけよな……)

 中央に通路があって、左右には仕切り用の柵があり、その奥にモンスターたちが生活していた。
 下には藁が敷かれてあり、柵の傍には餌場用の箱が設置されてある。
 リントはその餌を手に取って観察した。

「うっぷ……凄いニオイ……!」

 正直なランテ。顔を盛大にしかめて中に入るのを確実に拒絶した気持ちが表情に表れている。リリノールも若干眉をひそめているが、彼女ほどではない。
 ただ教師のマリネはさすがと言おうか、顔色一つ変えずに、

「えっと~、具合の悪い子はこっちですね~」

 と、トコトコと小さい歩幅で案内してくれる。

 彼女のあとについていくと、一つの柵の前に止まった。その奥には、仕切りの部屋の隅でジッとして壁にもたれたまま動かないクローバーキャトルがいる。
 クローバーキャトル――身体の黒い模様が、三つ葉のクローバーに似ていることからそうつけられた牛である。もちろんモンスターの一種。

 人懐っこく普段は大人しい生物だが、その身に秘めている力はかなり強く、暴れると手が付けられないほど。
 特に機嫌が悪い時や具合が悪い時などに下手に近づけば、いきなり暴れたりすることもあるので注意しなければならない。
 今目の前にいるクローバーキャトルと、他のクローバーキャトルを見比べる。

「……なるほど。確かに他の子と比べても元気はないですね」

 他のクローバーキャトルは、動いて餌を食べたり、動かずとも壁にもたれたりはしていない。

「そうなんです~。お医者様にも一度診てもらったんですけど~原因不明で~」
「一度? 一度だけ、ですか?」
「はい~。お薬だけ出しておくからと仰いまして~」
「! その薬は?」
「えっと~、これなんですけど~」

 持っていた袋を手渡してくる。
 リントは「失礼しますね」と言って中を確認。そこには確かに薬袋らしいものが入っていたのだが……。

「これは……何の薬と言ってましたか?」
「確か~解熱薬らしいです~。あの子は風邪を引いてるっぽいので~」
「適当な……」
「へ? 何で適当なの、リント先生?」

 疑問に思ったようで、ランテが興味深そうに尋ねてきた。リント先生と呼んだのは、マリネとの区別のためだろう。リントは大きな溜め息を吐いて説明し始める。

「まだ詳しくは診てないから断言はできんけど、あのクローバーキャトルが体調を崩してるのは風邪が原因じゃねえ」
「……そうなの?」
「ああ、多分あの子の目が充血してるのと、体温が他の子と比べて高かったから風邪だと診断したんだろうけどな」

 そう言いつつ、リントは柵を乗り越えてクローバーキャトルへと近づく。

「あ、いきなりは危険だよ、リント先生! 前にも下手に近づいて暴れたらしいし!」
「大丈夫大丈夫」

 しかしクローバーキャトルも、リントの侵入に身構えるようにしてジッと見据えてきている。
 一定の距離で立ち止まると、リントは患者と視線を合わせた。
 するとリントの頭の中に、声が響いてくる。

〝また……変なものを食べさせる気ね!〟

 睨みつけられるリント。しかし慌てず笑みを浮かべ――静かに言葉を発する。

「いきなりごめんな。オレは医者だ。お前さんを治させてくれねえかな? もう変なものなんて食べさせないからさ」

 するとクローバーキャトルがギョッとしたような表情をして、

〝!? ……え? 言葉が通じ……た……!?〟

 と驚きの声が心に聞こえてくる。

「うん。今君に話しかけてんだよ」
〝……もしかして、私の声が分かるの?〟
「まあな。だから言いたいことは言ってくれ」

 そう言うと、クローバーキャトルは探るような目つきでジッと観察してくる。
 後ろで見守っている者たちは、まるで会話ができているような感じでリントが話すので不思議がっていた。

〝……私は、お腹が痛いって言ったのよ〟
「……そっか」
〝それなのに、変なものを食べさせるし。余計気分が悪くなった〟
「やっぱ原因はあの飯だな。それとこの環境」

 周りを見回しながらリントは言う。恐らく変なものというのは風邪薬のことだろう。

〝飯? 食事のこと?〟
「そうだ。確認したけど、君らに与えられてる飯には、注意しなきゃならねえことっがいっぱいあるんだ」
〝……そうなの?〟

 飯――つまりは餌だが、与えられているのは粗飼料。簡単にいえば、草、または草から作られた餌である。

「そう。元々草ってのは牛の主食だから間違ってないんだけど、乾草ばかりじゃ栄養が足りないんだよ。ちょっと待っててな」

 リントは振り返ってマリネの顔を見る。

「一つ聞きたいんですけど、この子たちのお乳の出はどうです?」
「はぁ、それがここ最近、出が悪くて~」
「やっぱり。最近ってことは、ご飯を変えたのも最近ですか?」
「そうなんですよ~。乾草がたくさん手に入ったので、しばらくはそれだけを食べさせていたんです~」
「そうでしたか。えっとですね。この子たちに与えるご飯は、確かに乾草でもいいんですが、そればかりだと体調を崩したり、お乳の出が悪くなったりするんです」
「そ、そうなんですか~! そ、そそそそれは大変です~!」
「だから穀物を含んだ濃厚飼料も食べさせてやらないといけないんですよ」
「の、のうこうしりょう?」

 頭の上にハテナを浮かべて声を出したのはランテだったが、他の二人も初めて聞いたような感じである。

「こういう牛科の生物のご飯は大きく分けて二つ。それは粗飼料と濃厚飼料。粗飼料は人間でいえば白飯ですね。ですが、こればかり与えていると栄養が足りなくてお乳が出なくなっちゃうんですよ。中には腸内運動の阻害になって、下痢をしたり逆に便が固くなって出なくなったりする子もいます。この子もそうでしょう」

 チラリと、傍にある糞を見てみると、完全に下痢状態であった。
 ふむふむという感じで、三人が聞いている。

「濃厚飼料はでんぷんやタンパク質の含有量が多いご飯です。たとえばトウモロコシ、大豆、麦などなど、いわゆるおかず、ですね」
「なるほど! アタシたちもご飯だけじゃなくて、ちゃんとおかずも一緒に食べてるもんね!」
「そういうことだランテ。だから本来は二つを混ぜた配合飼料として与えるのがいいんだけど」
「今までご飯だけしかあげてなかったってわけなんだね……可哀相だよぉ」

 リリノールが目を潤ませてクローバーキャトルたちを見つめている。

「では~、ちゃんとしたご飯をあげれば、体調も戻るんですか~?」
「はい。間違いなく。一応整腸剤などを処方する必要はありますが」
「で、でもリント先生、何でその子だけが具合を崩したの?」
「別にこの子だけじゃないぞ。他の子だって多分多かれ少なかれ体調がおかしかったはずだ。糞尿を確認すればすぐに分かる」
「あ、だから食事と便が診断には必要ってことなのね」
「そういうことだ。牛って元々胃腸が弱くて病気になりやすいけど、この子は特別に弱かったんだよ。だから最初に症状が強く出たってわけ」

 リントは再び視線をクローバーキャトルへと向ける。

「本当は病気になる前にちゃんとしたケアをしてやれる専属の医者が牛には必要なんだけどな。……悪かったな、人間が無茶して」

 リントはゆっくりと近づいて、膝を折ると優しく身体を撫でてやる。

〝……不思議。触られたくないって思ってたのに、先生に触られるとすごく安心する〟
「……治してやるから、信じてくれるか?」
〝うん。信じるよ、先生〟

 リントは身体を預けてくれるクローバーキャトルに「ありがとう」と言ってから立ち上がる。

「今から治療を施します。できれば黙って見ててくださいね」
「お任せします~。治してあげてください~」

 言われるまでもない。そのためにここまで来たのだから。
 リントは右手を軽く上げて、ワイングラスを持つような手の形を作った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

世界最強で始める異世界生活〜最強とは頼んだけど、災害レベルまでとは言ってない!〜

ワキヤク
ファンタジー
 その日、春埼暁人は死んだ。トラックに轢かれかけた子供を庇ったのが原因だった。  そんな彼の自己犠牲精神は世界を創造し、見守る『創造神』の心を動かす。  創造神の力で剣と魔法の世界へと転生を果たした暁人。本人の『願い』と創造神の『粋な計らい』の影響で凄まじい力を手にしたが、彼の力は世界を救うどころか世界を滅ぼしかねないものだった。  普通に歩いても地割れが起き、彼が戦おうものなら瞬く間にその場所は更地と化す。  魔法もスキルも無効化吸収し、自分のものにもできる。  まさしく『最強』としての力を得た暁人だが、等の本人からすれば手に余る力だった。  制御の難しいその力のせいで、文字通り『歩く災害』となった暁人。彼は平穏な異世界生活を送ることができるのか……。  これは、やがてその世界で最強の英雄と呼ばれる男の物語。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

転生した体のスペックがチート

モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。 目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい このサイトでは10話まで投稿しています。 続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

処理中です...