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大人げない。
その一言に尽きるだろう。
それは自分だって分かっていた。彼女――ランテという少女だって、悪気があって言ったわけではないはずだ。
しかし診療所内で、モンスターの命を軽んじる発言をしたことはさすがにムッときてしまった。
「はぁ……まだガキだなぁ、オレも」
精神的にはすでに大人なのに……。自己嫌悪が酷かった。
診療所の向かって左横には、小屋が建てられており、リントはその中にいた。
小屋の中は、十五畳ほどの大きさで結構広い。一種の倉庫として利用しており、農耕器具であったり、これまで使用してきた医療に関する書物などが置かれてある。
ちなみに農耕器具が何故あるのかというと、それは診療所の裏手にはリントが耕した畑があるからだ。自給自足のために購入したのである。
そんな小屋の中にある段ボールの上に腰かけて、先程自分が見せてしまった態度に対し自嘲していた。
そこへ、扉を開けて一人の人物が入ってくる。誰かなどすぐに分かった。
「……悪かったよ。だからそう睨むなって、ニュウ」
「はぁ……別に睨んでいないのであります。ただ、ランテさんは悪い人ではないということを伝えたくて来たのであります」
「ずいぶん庇うじゃないか」
「患者だけではなく、人を視ることも医者の務めと先生に教えられましたから」
「……耳が痛い話だなおい」
確かに彼女が立派に助手を務められるように育ててきたのはリントである。
そんな彼女の成長ぶりを喜ぶべきだが、物分かりが良い彼女を少し鬱陶しいと思ってしまうのもまた事実だった。
「わ~ったって。次に会ったら、ちょっと言い過ぎたことは謝るから」
「はい、それならいいのであります!」
ニッコリと嬉しそうに笑顔を見せてくる。彼女が喜ぶなら、と思う自分もいるのが恨めしい。
「ところで、ちょっと気になったことがあったんだけどさ」
「はい?」
「【アルトーゴの森】に普段見かけねえモンスターがいたんだ」
「見かけない? 稀少種ってことでありますか?」
「いや、生息数自体は多い。オレが言ってんのは、そこが棲息地じゃないのに、居たってこと」
「……どんなモンちゃんでありますか?」
「エレファントライナーだ」
「! それは確かに変でありますね。エレファントライナーの棲息地は、ここより遥か東の岩石地帯のはず。それがどうして……」
「な、気になるだろ?」
つい最近も、森に入ったことはあったがエレファントライナーの気配などなかった。あれほどの巨体が森の中にいるならば、必ずその痕跡はあるからだ。
つまりあのエレファントライナーがやって来たのは、ごく最近……それもここ一週間ほどの間に、だろう。
ただ気になるのは、見かけたエレファントライナーが一体だということ。
「基本的にエレファントライナーは群れで生活する。けど森には他にエレファントライナーらしきモンスターはいなかった。まあ、森全体をくまなく探したわけじゃねえけどな」
「確かAランクのモンちゃんでありましたな。先生のことですから仕留めたわけではないのでありましょう?」
軽く頷いて「ああ」とだけ言う。ニュウは「だとしたら……」と顎に手をやり思案顔を浮かべる。
「あの森の生態系が変化してしまうやもしれないのであります」
簡単に言うと、食物連鎖という自然現象の頂点が変わってしまうということだ。
それまではBランクのモンスターだと調査で判明されている。しかしここにAランクのモンスターが移り住めば、自ずと支配者が変わってしまうだろう。
ただエレファントライナーが一体ならば、それほど問題はないかもしれない。しかしこれが数体以上いるとしたら、それまで平和に暮らしていたモンスターたちにとっては由々しき事態であろう。
「何か手を打たれるのでありますか?」
「いいや。オレが自然現象に無理矢理手を出さないのは知ってるだろ? モンスターだって、それぞれ考えて生きてるし、人が勝手に入り込んで邪魔するのもな……」
それで森の生態系が崩れたとしても、それはその森の運命なのである。そうやって時は流れていき、今の時代を作っているのだから。
「こっちの生活に害が出ねえなら、オレは見守ることにするよ」
「ですが、誰か人がBランクのモンちゃんしかいないって勘違いして入り込むと大変では?」
「それは自業自得ってもんだろ? 事前に情報収集をせずに足を踏み込んだ奴が悪い。別に報告する義務もないしな。まあ、あの子たちが黙ってるとは思わねえけどさ」
あの子たち――当然ランテたちである。
直の被害者なのだから、きっと森の危険性を大人たちに伝えるだろう。そうすれば、森の危険度は更新されるはずだ。
「さて、んじゃオレは畑仕事でもすっかなぁ」
「……診療所は?」
「患者が来ると思う?」
「…………」
ニュウもそうは思っていないようで、二人で診療所の裏手に行き畑仕事に勤しむことになった。
その一言に尽きるだろう。
それは自分だって分かっていた。彼女――ランテという少女だって、悪気があって言ったわけではないはずだ。
しかし診療所内で、モンスターの命を軽んじる発言をしたことはさすがにムッときてしまった。
「はぁ……まだガキだなぁ、オレも」
精神的にはすでに大人なのに……。自己嫌悪が酷かった。
診療所の向かって左横には、小屋が建てられており、リントはその中にいた。
小屋の中は、十五畳ほどの大きさで結構広い。一種の倉庫として利用しており、農耕器具であったり、これまで使用してきた医療に関する書物などが置かれてある。
ちなみに農耕器具が何故あるのかというと、それは診療所の裏手にはリントが耕した畑があるからだ。自給自足のために購入したのである。
そんな小屋の中にある段ボールの上に腰かけて、先程自分が見せてしまった態度に対し自嘲していた。
そこへ、扉を開けて一人の人物が入ってくる。誰かなどすぐに分かった。
「……悪かったよ。だからそう睨むなって、ニュウ」
「はぁ……別に睨んでいないのであります。ただ、ランテさんは悪い人ではないということを伝えたくて来たのであります」
「ずいぶん庇うじゃないか」
「患者だけではなく、人を視ることも医者の務めと先生に教えられましたから」
「……耳が痛い話だなおい」
確かに彼女が立派に助手を務められるように育ててきたのはリントである。
そんな彼女の成長ぶりを喜ぶべきだが、物分かりが良い彼女を少し鬱陶しいと思ってしまうのもまた事実だった。
「わ~ったって。次に会ったら、ちょっと言い過ぎたことは謝るから」
「はい、それならいいのであります!」
ニッコリと嬉しそうに笑顔を見せてくる。彼女が喜ぶなら、と思う自分もいるのが恨めしい。
「ところで、ちょっと気になったことがあったんだけどさ」
「はい?」
「【アルトーゴの森】に普段見かけねえモンスターがいたんだ」
「見かけない? 稀少種ってことでありますか?」
「いや、生息数自体は多い。オレが言ってんのは、そこが棲息地じゃないのに、居たってこと」
「……どんなモンちゃんでありますか?」
「エレファントライナーだ」
「! それは確かに変でありますね。エレファントライナーの棲息地は、ここより遥か東の岩石地帯のはず。それがどうして……」
「な、気になるだろ?」
つい最近も、森に入ったことはあったがエレファントライナーの気配などなかった。あれほどの巨体が森の中にいるならば、必ずその痕跡はあるからだ。
つまりあのエレファントライナーがやって来たのは、ごく最近……それもここ一週間ほどの間に、だろう。
ただ気になるのは、見かけたエレファントライナーが一体だということ。
「基本的にエレファントライナーは群れで生活する。けど森には他にエレファントライナーらしきモンスターはいなかった。まあ、森全体をくまなく探したわけじゃねえけどな」
「確かAランクのモンちゃんでありましたな。先生のことですから仕留めたわけではないのでありましょう?」
軽く頷いて「ああ」とだけ言う。ニュウは「だとしたら……」と顎に手をやり思案顔を浮かべる。
「あの森の生態系が変化してしまうやもしれないのであります」
簡単に言うと、食物連鎖という自然現象の頂点が変わってしまうということだ。
それまではBランクのモンスターだと調査で判明されている。しかしここにAランクのモンスターが移り住めば、自ずと支配者が変わってしまうだろう。
ただエレファントライナーが一体ならば、それほど問題はないかもしれない。しかしこれが数体以上いるとしたら、それまで平和に暮らしていたモンスターたちにとっては由々しき事態であろう。
「何か手を打たれるのでありますか?」
「いいや。オレが自然現象に無理矢理手を出さないのは知ってるだろ? モンスターだって、それぞれ考えて生きてるし、人が勝手に入り込んで邪魔するのもな……」
それで森の生態系が崩れたとしても、それはその森の運命なのである。そうやって時は流れていき、今の時代を作っているのだから。
「こっちの生活に害が出ねえなら、オレは見守ることにするよ」
「ですが、誰か人がBランクのモンちゃんしかいないって勘違いして入り込むと大変では?」
「それは自業自得ってもんだろ? 事前に情報収集をせずに足を踏み込んだ奴が悪い。別に報告する義務もないしな。まあ、あの子たちが黙ってるとは思わねえけどさ」
あの子たち――当然ランテたちである。
直の被害者なのだから、きっと森の危険性を大人たちに伝えるだろう。そうすれば、森の危険度は更新されるはずだ。
「さて、んじゃオレは畑仕事でもすっかなぁ」
「……診療所は?」
「患者が来ると思う?」
「…………」
ニュウもそうは思っていないようで、二人で診療所の裏手に行き畑仕事に勤しむことになった。
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