転生してモンスター診療所を始めました。

十本スイ

文字の大きさ
上 下
7 / 41

しおりを挟む
「もう、先生は興味のないことに関したらほんとーにサッパリしているであります」

 プンプンと膨れっ面の獣人の少女。その姿はとても愛らしくて、見ていて飽きない。

「先生が失礼な感じで申し訳ないのであります」
「あ、ううん。こっちこそ、お医者さんなのに結構失礼なこと言ったし」

 変態とか……。
 しかし出会い頭にアレだったので、仕方ないといえば仕方ないような気もする。

「あ、でも先生の腕は確かなのでありますよ! 前に瀕死寸前のモンスターだって先生がちゃんと治療して野に返しましたし!」
「へ? モ、モンスター? えと……人じゃなく?」
「はいであります! 何故ならここは、モンスター専門の診療所でありますから!」
「モンスター専門? へぇ、そうなんだぁ」

 別に珍しくはない。最近ではモンスターをペットにする人も増えてきており、街にもモンスターを看る医者だって職業として認められてきている。まだ数は少ないようだが。

「けど、何でこんな辺鄙なところに? あ、ごめん」
「いいえ、仰る通りなのであります。元々ここには古い教会があって、そこを先生が譲り受けて診療所にしたとのことでありますから」
「……腕が良いなら、街とかに開いた方が良かったんじゃ……?」
「先生はその……何といいますか……人という存在をあまり好意的に見ておらず……はい」

 恐縮するように、少女は肩を竦めながら言った。

「何かあったの?」
「ちょっとランテ。あんまり人の過去を詮索したらダメだよぉ」
「あ、そうよね。ごめんね、えっと……」
「あ、申し遅れましたであります! ニュウとお呼びくださいであります! まだ未熟者ではありますが、れっきとしたモンスター医の助手であります!」
「凄いんだね~、ニュウちゃんって。まだ十四歳なのに、もうお仕事してるんだぁ。あ、私はリリノール・ブランケット。リリとかリリノって呼びやすい方で呼んでね」
「では、リリノさんで!」
「アタシはランテ・フォル・エフレスターよ。よろしくね、ニュウ」
「こちらこそであります! ……ん? エフレスター?」
「あ、やっぱり知ってる? ランテはあのエフレスター家の人間なんだよ」

 そうリリノールが説明すると、ニュウの目が大きく開かれた。

「と、ということは、あの【リンドブルム王国】の王侯貴族の一つ――エフレスター公爵家の方だったのでありますかぁ!?」
「ま、まあね……はぁ」
「ほへ? あ、あの……どうしてそのようなうんざりとしたお顔を?」
「ふふ、ランテは家のことを言われるのってあまり好きじゃないみたいなの」
「はぅ!? そ、そうだったのでありますか! それはとても申し訳ないことを!」

 慌てて頭を下げるニュウに、逆に恐縮してしまうランテ。

「ああいいっていいって! アタシだって分かってるのよ。どこに行ったって、名前がついて回ってくるってことくらい」
「は、はぁ」
「だから早く立派な魔術師になって自立して家を出て行きたいの」
「ちなみに私たちはまだ学生なんだよぉ」
「なるほど。つまりはニュウと同じく、見習いということなのでありますな!」
「ふふふ、そうだよぉ。ああもう、ニュウちゃんって可愛いなぁ」
「ふにぃ~! 何で頭を撫でるでありますかぁ!」
「え~だって、妹みたいで可愛いんだも~ん」

 リリノールは、楽しそうにニュウの頭を撫でるが、ニュウは恥ずかしげに彼女から距離を取る。ランテは、リリノールが無類の可愛いもの好きだということを知っているので、これは当然の行為だということは分かっていた。

「あ~んもう。逃げちゃダメだよぉ。もっと撫でさせてよぉ」
「ニュ、ニュウは子供ではないでありますぅ!」
「ふふふ、そんなに照れて。本当に可愛いなぁ」
「こ~らリリノ、あんまりニュウをからかわないの。……そういえばニュウ、ここって診療所なのに人気がまったくないよね?」
「う……まあ、働いているのは先生とニュウの二人だけでありますから」
「……患者さんは?」
「……ゼロであります」
「……ま、まあ患者さんがいないってことは、いいことじゃない!」
「そ、それはそうでありますが、このままでは家計がぁ……」

 うぅ~と涙目になるニュウを見ていると、つい抱きしめたい衝動にかられてしまう。
 いや、衝動に負けて、すでにリリノールが彼女を抱きしめて頭を撫でているが。

「え、えっと……じゃ、じゃあ宣伝しておいてあげるわよ」
「っ!? ほ、ほんとーでありますかぁ!?」

 リリノールの腕の中から逃れ、ランテに詰め寄るニュウ。その顔は必死さを物語っていた。

「う、うん。あの先生にはお世話になったのも事実だし。このまま何もしないってのも、何か変な気分だしね」
「そ、それはと~っても助かるのであります! できれば裕福なお方であるならば幸いであります!」
「く、苦労してるのね……」
「うぅ……先生は物欲というか、金銭欲というものがこれっぽっちもないので……」

 話に聞くと、これまで看てきた患者に対し、当然金銭を要求するも、明らかに普通の医院と比べても格安だということが分かった。
 利用者としては喜ばしい限りだが、立地条件のせいで元々の患者数が少ないのと、無償でも良いというリントの対応により、経営が圧迫されているとのこと。

 現実的なニュウの大変さは、話を聞いていると涙が出てきそうになるほどだ。よくこれまで生活してきたと思う。
 ただ食糧が底をついても、今回のようにリントがどこかから食材を調達してきたり、たまに世話になっている薬屋に薬剤を売ったりしていることで食い繋いできているらしい。

「……けどさ、あんだけ強いんだったら、〝ギルド〟に入ってモンスター討伐した方が稼げると思うんだけど。あの実力なら、簡単にモンスターを狩れると思うし」

 何気なく口にしたその言葉だったが、一気に室内の気温が下がったような気がして……。

「まさかモンスターの命を守るこの場所で、そんな言葉を吐くなんてな」

 いつからそこにいたのか、視線を向けると診察室の扉の前に、リントが立っていた。
 明らかにその表情は不快さを表しており、瞳の奥には怒気が含まれている。

「せ、先生……!」

 ニュウが焦ったように彼に顔を向けている。

「ていうかまだいたのか。聞こえてたけど別に宣伝なんかしなくていい。余計なことをしなくていいからさっさと帰ってくれ」

 冷たい言葉が鋭利な刃物のように心に突き刺さる。

 ――拒絶。

 まるで敵でも見るかのような視線だった。
 リントがそのままランテたちの脇を通り抜け、外へと出て行く。
 彼の態度だけでなく、あわあわとなっているニュウの顔を見て悟った。

 自分が今、確実に地雷を踏んでしまったことを。
 迂闊だった。ここは病院で、彼はモンスターの命を守る医者。今の自分の言葉は、彼の立場をまっこうから否定したようなものだった。

「あ、その……っ、ごめんなさ……」

 謝ろうと振り返ったが、すでに彼は外へ出た後だった。

「……ランテ……」

 笑顔を絶やさなかったリリノールも、さすがに表情に陰りを見せている。

「あ、あの……先生が申し訳ないのであります」
「ううん、ニュウ。今のは完全にアタシの失言だったもの」
「ああなると、先生は落ち着くまで誰も近づけないのであります。できればこのまま……」

 出て行った方が良い。そうニュウの瞳は語っていた。

「…………分かったわ。行こう、リリノ」
「う、うん」

 待合室のソファから立ち上がり、外へと出る。もしかしたらそこにリントがいるかもと思ったが、彼の気配は微塵も感じない。
 何度も何度もニュウに謝られたが、悪いのは自分だと分かっているランテは、逆に彼女に謝った。

 それから彼女に帰り道を聞いて、自分たちが住む【リンドブルム王国】へと帰って行く。
 強烈な罪悪感を抱え――二人で無言を貫いたまま。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

おばあちゃん(28)は自由ですヨ

美緒
ファンタジー
異世界召喚されちゃったあたし、梅木里子(28)。 その場には王子らしき人も居たけれど、その他大勢と共にもう一人の召喚者ばかりに話し掛け、あたしの事は無視。 どうしろっていうのよ……とか考えていたら、あたしに気付いた王子らしき人は、あたしの事を鼻で笑い。 「おまけのババアは引っ込んでろ」 そんな暴言と共に足蹴にされ、あたしは切れた。 その途端、響く悲鳴。 突然、年寄りになった王子らしき人。 そして気付く。 あれ、あたし……おばあちゃんになってない!? ちょっと待ってよ! あたし、28歳だよ!? 魔法というものがあり、魔力が最も充実している年齢で老化が一時的に止まるという、謎な法則のある世界。 召喚の魔法陣に、『最も力――魔力――が充実している年齢の姿』で召喚されるという呪が込められていた事から、おばあちゃんな姿で召喚されてしまった。 普通の人間は、年を取ると力が弱くなるのに、里子は逆。年を重ねれば重ねるほど力が強大になっていくチートだった――けど、本人は知らず。 自分を召喚した国が酷かったものだからとっとと出て行き(迷惑料をしっかり頂く) 元の姿に戻る為、元の世界に帰る為。 外見・おばあちゃんな性格のよろしくない最強主人公が自由気ままに旅をする。 ※気分で書いているので、1話1話の長短がバラバラです。 ※基本的に主人公、性格よくないです。言葉遣いも余りよろしくないです。(これ重要) ※いつか恋愛もさせたいけど、主人公が「え? 熟女萌え? というか、ババ專!?」とか考えちゃうので進まない様な気もします。 ※こちらは、小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

心を病んだ魔術師さまに執着されてしまった

あーもんど
恋愛
“稀代の天才”と持て囃される魔術師さまの窮地を救ったことで、気に入られてしまった主人公グレイス。 本人は大して気にしていないものの、魔術師さまの言動は常軌を逸していて……? 例えば、子供のようにベッタリ後を付いてきたり…… 異性との距離感やボディタッチについて、制限してきたり…… 名前で呼んでほしい、と懇願してきたり…… とにかく、グレイスを独り占めしたくて堪らない様子。 さすがのグレイスも、仕事や生活に支障をきたすような要求は断ろうとするが…… 「僕のこと、嫌い……?」 「そいつらの方がいいの……?」 「僕は君が居ないと、もう生きていけないのに……」 と、泣き縋られて結局承諾してしまう。 まだ魔術師さまを窮地に追いやったあの事件から日も浅く、かなり情緒不安定だったため。 「────私が魔術師さまをお支えしなければ」 と、グレイスはかなり気負っていた。 ────これはメンタルよわよわなエリート魔術師さまを、主人公がひたすらヨシヨシするお話である。 *小説家になろう様にて、先行公開中*

髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜

あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。 そんな世界に唯一現れた白髪の少年。 その少年とは神様に転生させられた日本人だった。 その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。 ⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。 ⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...