転生してモンスター診療所を始めました。

十本スイ

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 ――三月倫斗。

 それが地球という惑星に存在する日本で過ごしていた時の名前だ。
 普通に思春期も迎えたし、普通に恋だってしたし、普通にゲームや漫画にのめり込んでいた平々凡々な高校生であった。

 しかしある日、車に引かれそうな犬を助けた結果――気づけば二度目の人生を始めていたのだ。
 多分だが、倫斗の周囲にいた者たちは「バカなことをした奴だ」とほくそ笑んでいるだろう。
 何を隠そう、倫斗の通っていた学校は、県内でも屈指の進学校でもあったし、倫斗はそこそこ成績の優秀な立場にもあったのだ。

 さらにいえば受験まっただ中だったということもあり、同じ志望校の者たちにとっては、厄介なライバルが消えたことでホッと息を吐いている者もいたかもしれない。
 昔から動物が好きだった倫斗は、将来の夢は獣医になろうと考えていた。だからこそ志望校も当然そっち方面のベクトルに合わせていたのだが……。

 まさか二度目の人生が、どことも知れない世界であり、ファンタジー溢れる剣と魔術の世界だとは誰も思えないのではないだろうか。
 この世界――【エテルナ】は、地球には存在しえない生物が大量に棲息している。

 それらはモンスターと呼び、現代では人々とともに生活し得る種族も多くなっているのだ。当然中には、凶悪な存在もいて、人々の手で駆逐されたりしているが。
 倫斗――リントは、診療所の待合室の壁に飾っている一枚の絵を見つめながらコーヒーを飲んでいる。

 そこに映っているのは、プラチナのような銀の羽毛に包まれている精悍な顔つきをした鳥だ。
 リントが絵師に頼んで描いてもらったもので、とても大切にしている絵である。

 そしてそこに描かれている狼こそ――――リントの母親だ。

 名前は〝キンカ〟という。
 この世界に転生といえばいいのだろうか。二度目の生を受けた時、前世の影響かリントにはすでに知識と自我があった。
 身体を包むのは、白い布地。ここは外。誰かに抱えられ、どこかに運ばれている最中だった。

 しかし、リントは不意に地面に置かれる。
 奇しくも自我がすでにあるリントには、その行為の意味にすぐに気づく。

 ――捨てられた。

 簡単である。何故なら自分を見下ろしている女性の顔は、言葉にできないほど酷く歪み、小さな声で「ごめんね」とだけ呟きその場を去って行ったのだから。
 きっとアレが第二の人生における母親だったのだろう。
 生まれてすぐにまた死ぬのかと絶望に苛まれていると、そこへさらに絶望を予感させる存在が姿を現した。

 ――見たこともない巨大な銀羽毛の鳥。

 炎を凝縮させたような真っ赤な瞳が、リントを見下ろしていた。
 確実にこの鳥の糧になるのだろう。
 そう思った矢先、何故か彼女の言葉が聞こえた。

 そして彼女もまた、リントにハッキリとした意志を感じ取り驚いた様子だったのだ。
 結果的にいって、リントは彼女に育てられることになった。
 まさか第二の人生で、鳥に……モンスターに育てられる人間になるとは思ってもみなかったが。

(ま、オレは運が良かったってことなんだろうなぁ)

 ズズズとコーヒーで喉を潤すと、ふぅっと温かい息を吐き出す。
 それからリント・ミツキと名乗り、彼女の庇護のもと、この世界がどういう世界なのかを知った。
 また自分に特別な力が宿っていることも、彼女のお蔭で理解できたのである。
 多くのことを学び、ここまで成長できたのは彼女の――育ての親のお陰。

 しかしすでに彼女はこの世にはいない。ずいぶん前に病気で死んでしまった。
 それからだ。彼女のようなモンスターのために、モンスター専門の医者になろうと思ったのは。
 元々獣医になりたいと思っていたことも相まって、自分の進むべき道は迷わずに歩むことができた。

「――先生!」

 そこへ、白毛をフワフワッと揺らしながら、少し頬を上気させたニュウが近寄って来た。
 その細い両腕の中には通称《ブラックファイル》と呼ばれる、彼女がつけている家計簿が刻まれている黒いファイルが収められている。

「どうかしたの、ニュウ?」
「どうかしたのじゃないでありますぅ! このままでは、二日後のご飯代が捻出できません!」

 ほとんど涙目で訴える可愛らしい女の子。
 クリンクリンとなった癖っ毛と、大きくて純朴な瞳がとても愛らしい。身長など百三十あるかないかだ。まだ十四歳だというのに、女性を象徴とする二つの脂肪の塊は、信じられないほど大きい。いわゆるロリ巨乳というやつである。

 だから走る度にブリュンブリュンと揺れるので、正直にいって目のやり場に困るのだ。

「う~ん、貧困だなぁ」
「誰のせいでありますかぁ! たまに来られるお客さんたちに言いたいことをズバッと言って、いつも逃げられるくせにィ~!」
「しょうがないじゃん。だってモンスターたちの育て方とか、アホみてえに間違ってんだしさ」
「それにしても言い方というものがあるのです! いっつもいっつも先生はモンちゃんたちのことになると熱くなり過ぎなのでありますぅ!」

 ニュウはモンスターたちのことをモンちゃんと呼んでいる。

「うぅ……昨日だってクレバー家の方といえば、商人の家系であの方も絶対にたっくさんお金持っていましたですのにぃ……」
「ははは、ドンマイドンマイ」
「先生が言わないでくださいぃ!」

 ぷく~っと頬を膨らませて、ポカポカと決して痛くない程度に殴ってくるニュウ。その仕草はとても萌える。

「悪かったってば。んじゃ、これから食糧調達してくるから留守番頼める?」
「……患者さんが来られたらどうするのでありますかぁ?」
「……来ると思う?」
「…………いいえ」

 実はこの診療所に来る客というのは、誰かの紹介がほとんど。
 何故なら集落の中で開いているわけではないからだ。
 丘陵地帯にポツンとあり、小高い丘の上という場所に建てられている。

 元々ここには古びれた教会が建っており、そこを改築して診療所として使っているのだ。
 もちろん教会の持ち主には許可を取っているから安心してほしい。
 だからこんな辺境地に、わざわざペットモンスターを看てほしいと連れてくる者はそうはいないのである。

 どうしてこのような場所に建てたのか、いろいろ理由はあるが、基本的にリントが人を信じていないという源泉があるからだろう。
 それは捨てられたということにも関係しているが、これまで人によるモンスターの扱いなどを見てきて、人の社会で生きるのが億劫になっているという理由が大きいかもしれない。

 ただどんな人でも、助けてほしいとモンスターを連れてくれば必ず治す努力はする。
 モンスターに罪はないからだ。
 死んだキンカにも、誓った。他の医者が助けられないモンスターたちを助けられる医者になる、と。
 幸い稀有な能力があったリントは、医の技術を学び、今ではニュウ曰く、〝最強のモンスター医〟として腕を揮っている。

「――んじゃ、行ってくるから」
「はぁい。お気を付けて! たっくさんのお土産期待していますです!」
「はは、じゃあ留守番頼むな~」 

 診療所の玄関先。左手で大きな袋を持ち、右手でニュウの小さな頭を撫でてやると、彼女はにへらと嬉しそうに笑って見送ってくれた。

「さってと、魚……肉。どうすっかなぁ……よし、魚にすっかな。健康にも良いし」

 医者の不養生と言われないようにも、自身の健康面にも気を遣う。
 そうしてターゲットが決まったところで、リントはある場所へと向かって行った。


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