上 下
73 / 77

72

しおりを挟む
 自国【コスモス聖王国】へと帰国するための道程を歩んでいた私――メルヴィスは、昼間のことを思い出しながら、近くにあるという村に向かっていた。

「ふふ、それにしても、イックウ殿も子供っぽいところがあったのだな」

 思い出すのは、『ピコット族』の集落での出来事だ。まさか子供相手に、本気で駆けっこ勝負などするとは思わなかった。
 彼は手を抜く方が相手に失礼だと言っていたが、それはある程度成熟した相手に対して行うべきことなのでは? とも思う。
 まだ幼い子供相手なのだから、少しくらい花をもたせてやっても良かったのではないだろうか。

「いや、それがイックウ殿なのであろう。何事も引き受けた以上は真剣に、か」

 だからこそ好感が持てる。
 その規格からド外れした力を持つ存在。普通ならその力に胡坐をかいて、傲慢にでもなりそうだが、彼は必要以上に力をひけらかしたりなどしていない。

 彼が力を見せるのは、いつも必要な場面だけ。あれだけの力、本来なら名誉や地位を求めて揮う者がほとんどだろう。

 しかし彼は旅館を開くことを夢としている。その夢には、あれほどの力など必要ではないはず。一体何を思って、自身をあれだけ鍛えたのか、興味が尽きない。
 まさに謎分子でできた人物のようだ。

「ふふ、次に会った時、修業がてら、私にもご指南して頂こうかな」

 次に会えるのは一週間後だろう。それまで赤ローブの情報を集めておく必要がある。

「…………ん?」

 不意に強い魔力を感じた。それは左に存在する海辺の方。

「……モンスターでも出たか? いや……まさか!」

 これほどの魔力を持つ存在なら、もしかしたら例の赤ローブが召喚したモンスターである可能性が高いと思った。
 慌てて駆けつけてみると――。

「こ、これは――っ!?」

 そこにいたのは、巨大な亀のようなモンスターだ。鋭いトゲ付き甲羅を背負い、尻尾が二又に別れている奇妙な亀。相手を射殺さんばかりの視線は、見る者を震え上がらせるほどの威圧感を備えていた。
 さらに私の目を釘付けにしたのは、その傍にいた存在。

「き、貴様は……っ!?」

 間違いなく、そこにいるのは【アビッソの穴】で邂逅した赤ローブだった。思わず私は笑みを浮かべる。

「やはり貴様が犯人か。ならばここで捕らえてやろう! 聞けぇ! 私は【コスモス聖王国】に仕える――」
「――黙れ」

 名乗りを上げようとした時、赤ローブから低い男性の声が聞こえ、刹那――巨大亀が大きな口を開き、カメレオンのように長い舌を伸ばして、あっという間に私の身体を拘束した。

「ぐっ……し、しまったっ!?」

 電光石火な舌の動きに、まったく反応することができなかった。

 そ、そうか……! コイツもまたSSランク以上のモンスター……っ!

 今の舌の動きだけで、明らかに格上だということは理解した。
 赤ローブは、私には目もくれず、海辺をキョロキョロとし始める。

「……ここでもないか」

 その言葉は、やはり『ピコット族』の集落近くに現れた赤ローブが、奴であることを証明した。

「お、おい貴様! 一体何のためにこのようなことをしている!」
「…………」
「聞いているのか! 皆が迷惑しているのだ! 独りよがりな行動などすぐやめろっ!」
「…………」
「何とか言ったらどうなのだっ!」

 直後、大きな溜め息が聞こえた。無論したのは赤ローブだ。
 ゆっくりと赤ローブが私に近づいてくる。身長はイックウ殿よりも少し高い。私を見下ろしてくる。フードの中で光る鋭い眼差しに、思わず息を呑む。

 つ、冷たい……、何と冷たく残酷な目をしているのだ……っ!?

 まるで自分以外の存在をゴミと認識しているような、そんな昏い瞳。

「……メルヴィス・オートリア」
「っ!?」
「たかが52レベルでよくほざく」
「ちょ……ちょっと待てっ! な、何故私の名前を! い、いやそれよりもレベルまで……?」
「ほう、《鑑定士》の能力も知らないとは、知識レベルも低い。哀れだな」

 その物言いにカチンとくる。

「うっ……おぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 全身の力をフルに発揮して、少しずつ腕を広げていく。隙間ができた瞬間に跳び上がり、拘束から抜け出すことに成功した。
 すかさず槍を構えて赤ローブに照準を当てる。しかし相手は静かに佇んだまま。

「警告しておく! 大人しく捕縛されないというのであれば、少々痛い目を見てもらうことになるぞ!」
「…………弱者が喚くな」
「な、何だと!」
「お前程度がオレを捕まえる? 痛い目を見させる? ……驕るなよ、小娘が」
「くっ! ならば早々に後悔させてやろうっ!」

 私は大地を蹴り出し、赤ローブの懐へと跳び込む。意外にもすんなり入れたことに驚くが、そのまま槍の先端を、彼の右肩当たりに放つ。

「――やるなら心臓を狙え、こんなふうにな」

 確かに聞こえた言葉。それと同時に胸に激痛と衝撃が走り、気が付いたら空に浮かんでいた。
 そのまま砂場に俯せになりながら落下する。

「っ……あっぐっ!」

 胸がすさまじく痛い。顔を上げて確認してみると、自分があの一瞬で何か一撃を受けたのは間違いなかった。そしてそれが……蹴りだということも。
 たった一撃で、全身の骨が砕かれたような衝撃を受けた。身体が麻痺しているのか、ピクリとも動かせない。

「お前のような小虫程度、そこで這いつくばっているのが似合いだ」
「ぐ……っ、舐め……るな……っ」

 必死で立ち上がろうとするが、やはり全身に力が入らない。

「本来ならお前程度、放置しておくか、僕に始末を任せるんだがな」
「……あ、あの時のように……か?」
「? ……何を言っている?」

 赤ローブの声音が、心底疑問を含んでいた。

(ま、まさか……っ!)

 信じられないことだが、もしかすると……。

「憶えて……いないのか……!」
「だから先程から何を言っている? オレが虫けらを憶えるわけがないだろうが」
「っ!?」

 胸の奥から熱いものが込み上げてくる。確かに【アビッソの穴】で会った。間違いなく、あの時の赤ローブは目の前にいるコイツだ。それは本能で分かる。
 それなのに憶えていないという……。

(そうか……コイツにとって私は、その程度の存在価値しかなかったということか)

 もしかしたらイックウ殿のことは憶えているのかもしれない。いや、一目見てイックウ殿が強者だと判断したからこそ、ボルケーノドラゴンなどという恐ろしいモンスターを召喚したのだろう。彼を足止め、もしくは殺すために。

「――さて、ちょうどいい。この力はまだ制御できていないが、練習がてら使ってみるのも一興かもな」

 赤ローブの殺気を含んだ冷たい声が全身に突き刺さるようだ。何をするつもりなのか……。
 無意識にこれから起こることを感じ取っているのか、身体が自然に震え出す。

「――――我にできぬことなど存在しない。開眼せよ―――《傲慢の瞳》」

 赤ローブの両眼から血のように真っ赤な涙が流れ出たと思ったら、その血が即座に霧状にどんどん蒸発していく。赤い霧となった涙は周囲を覆い、やがて私の身体の中へと侵入してくる。
 刹那、血液が沸騰しているかのような熱を感じた。

「ぐっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 自分でも初めて出したような苦悶の声が響く。身体の中を何かが這いずり回り、少しずつ自分という存在が削り取られていくかのようだ。
 頭に浮かぶのは、今まで蓄えてきた知識や経験。つまりは記憶。それらが次々とガラスのように砕け散っていく。

 そして次にはある少年の後ろ姿。自分を守ってくれた存在。

「……イックウ……ど……のぉ…………っ!?」

 徐々に真っ白になっていく視界。自分が失われていく感覚に凄まじい恐怖を覚える。
 だが抵抗しようにも無残にも身体の中が弄られていく。

(私は……死ぬ……の……か……っ)

 強烈な死の予感が心を支配していき、最後にまた彼の顔が思い浮かぶ。

「……イックウ……ど……の……っ」

 ―――もう一度、会いたかった――……。

 だがその時、意識が途切れる寸前に、確かに聞こえた。

「―――やっほぉぉぉぉぉっ!」

 場違いなほど明るい声とともに、私の前に何者かが降り立ったのだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

外れジョブ「レンガ職人」を授かって追放されたので、魔の森でスローライフを送ります 〜丈夫な外壁を作ったら勝手に動物が住み着いて困ってます〜

フーツラ
ファンタジー
15歳の誕生日に行われる洗礼の儀。神の祝福と共に人はジョブを授かる。王国随一の武門として知られるクライン侯爵家の長男として生まれた俺は周囲から期待されていた。【剣聖】や【勇者】のような最上位ジョブを授かるに違いない。そう思われていた。 しかし、俺が授かったジョブは【レンガ職人】という聞いたことないもないものだった。 「この恥晒しめ! 二度とクライン家を名乗るではない!!」 父親の逆鱗に触れ、俺は侯爵領を追放される。そして失意の中向かったのは、冒険者と開拓民が集まる辺境の街とその近くにある【魔の森】だった。 俺は【レンガ作成】と【レンガ固定】のスキルを駆使してクラフト中心のスローライフを魔の森で送ることになる。

冤罪で自殺未遂にまで追いやられた俺が、潔白だと皆が気付くまで

一本橋
恋愛
 ある日、密かに想いを寄せていた相手が痴漢にあった。  その犯人は俺だったらしい。  見覚えのない疑惑をかけられ、必死に否定するが周りからの反応は冷たいものだった。  罵倒する者、蔑む者、中には憎悪をたぎらせる者さえいた。  噂はすぐに広まり、あろうことかネットにまで晒されてしまった。  その矛先は家族にまで向き、次第にメチャクチャになっていく。  慕ってくれていた妹すらからも拒絶され、人生に絶望した俺は、自ずと歩道橋へ引き寄せられるのだった──

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

処理中です...