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「あ、あのさ、オレってこう見えても本職は小料理屋で働く料理人なんだよ」
「ふぇ……イ、イックウ殿ほどの手練れが、でござるか?」
「まあ、信じられねーかもだけど。今、【アビッソタウン】に住んでるんだ。ヒノデちゃんはさ、武者修行で世界を旅してるんだろ? 残念だけど一緒についていくことはできねーんだよ」
「なるほど。……ところでイックウ殿」
「何?」
「そ、その……ヒノデちゃんと呼ぶのはご遠慮願いたいのでござるが」
「あ、ごめんごめん。さん付けの方が良かった?」
「できれば呼び捨てで。ちゃん付けは女子おなごの呼び方みたいで好かぬでござる」

 …………………………え?

 今聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がした。ポアムも気づいたのかポカンとして固まっている。

「……えと、ヒ、ヒノデ?」
「何でござるか?」
「……ヒノデって……女、だよな?」
「し、失礼でござるよっ! 拙者はこう見えてもれっきとした男でござるっ!」
「「……うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」」

 オレとポアムは全力で声を荒げてしまった。

 っつうか嘘だろっ! だって、だって……どう見たって女の子じゃんかぁっ!

 赤ちゃんのように白くてプリプリとしていそうな肌、クリッとした瞳に、ほんのり赤い頬。唇は少し薄いが血色が良くてプルンとしている。
 どこからどう見ても美少女にしか見えない。

 は、初めて見たぞ……リアル男の娘(美少女バージョン)。

「じゃ、じゃあ、ヒノデさんではなく……ヒノデくんということですか?」
「そんなに疑うのであれば、御免!」

 ヒノデがオレの手を取って、胸に持って行く。

 ……………………はへ?

 彼女……いや、彼の暴挙とも呼べる行為にオレは呆気に取られてしまう。

「ん……ど、どうでござる? 平たい……でござろう?」

 片目を閉じ、微かに息を漏らす仕草はもう女の子よりも女の子である。思わず手に力がこもっていまい、

「んぁ! ……イ、イックウ殿……力を入れられては……ん……くすぐったいでござるよ」
「うわおっ! ご、ごめんっ!」
「も、もう! イックウ様!」
「だ、だからわざとじゃねーんだって! というか不可抗力だから!?」

 ヒノデから身体ごと距離を取る。しかし確かに触った感じはまな板と呼ぶに等しい感触ではあった。
 さすがに十四歳であの感触は有り得ない……と思う。いや、そういう人もいるのかもしれないけれど。

「これで信じて頂けたでござるかな? まだ信じられないと言うならば」

 そう言うとおもむろに袴を脱ごうとし始めるので、

「ああ~っ! わ、分かったから! 信じるからぁっ!」

 オレは必死にヒノデを止める。

「そ、そうでござるか? それならばよいのでござるが」
「は~」

 しかし何とも一直線な人物である。ポアムも純粋な性格をしているが、彼もまた穢れなどまったく持っていない純朴な少年なのだろう。それはこうして面と向かって話しているとよく分かる。

「……じゃあヒノデ、さっきも言ったけど、旅についていくことはできねーんだ。指南の件は諦めてくれ」
「むぅ……ですが」
「そもそも何で武者修行なんかしてんだ?」
「それは……」

 その時、ヒノデの瞳の奥に何か強い意志のようなものが見えた。

「……ある者を超えるためでござる」
「超える? 強さでってことだよな?」
「そうでござる」
「誰か聞いてもいい?」
「…………“リョフ”と呼ばれる者でござる」
「……へ?」
「聞いたことありませんね。イックウ様はどうで……す……か?」

 恐らくポアムはオレの顔を見て驚愕しているだろう。何故ならオレの額から尋常ではないくらい汗が零れ落ち、明らかに“リョフ”という名に異常に反応しているのだからだ。
 いや、杞憂かもしれない。何せここはあの世界であってあの世界ではないはずなのだから。だが一応確かめてみなければならない。

「あ、あのさ……ひ、一つ聞いていいかな、ヒノデ?」
「もちろんでござるよ」
「そ、その“リョフ”って、二つ名を持ってて、か、《怪凶》って呼ばれてね?」
「あ、はいでござる。あの者はそう名乗っていたでござるな」
「マジかぁぁぁ~っ」

 オレはつい頭を抱えてしまう。というよりも信じられないって思いが断然強い。

 ちょっと待てよ、“リョフ”だって? 何でだ? いや、その可能性も否定はできなかったけど、やっぱりそうなのか? いやでも……。

「……様?」

 けどオレがここにいるってことは、やっぱり考えられた事象でもあんのか?

「……ックウ様?」

 名前も二つ名も同じだしな~。名前だけなら同名のキャラってことも考えられたけど、二つ名まで一緒だとするなら……。


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