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 どうしてこんなことになったのか……。

 私――メルヴィス・オートリアは、後ろからついてくる傷だらけの部下を、逐一確認しながら、前へと進んでいる。

 【アビッソタウン】の所長からの依頼で、【アビッソ遺跡】の調査を頼まれたのは良かったが、まさかこのような状況に陥るとは、考えが甘かった。
 所長からは、“オーブ”に触れると、地下のダンジョンへ飛ばされるらしいという話を聞いた。最近夜中に遺跡に現れる物音や人影は、もしかしたらそのダンジョンから来たモンスターの仕業ではという所長からの悩みで、もしそうなら討伐してほしいと言われて、すかさず了承したのだ。

 困っている者を救うのが騎士団の役目。私は幼い頃から正義感が強く、曲がったことが嫌いだった。そして誰かのためになる仕事に就きたいと思い、身体を鍛えて騎士に志願した。
 元々身体能力に恵まれていたこともあって、騎士団に入ってすぐに実力が認められ、気づけば師団長の座に座っていた。まあ、ある方の推薦もあったからこそだが。

 だからこそ、その方の信頼に応えるためにも全力で、自分の騎士道を貫き、困っている者を救おうと思ったのだ。
 今回も、もしモンスターが暴れているなら放置してはおけないと考えて、自分ならば問題なく事態を収拾できるだろうと安易に考えた。

 しかし……。

「何をやっているのだ……私は……っ」

 結果は、元の場所へ帰る方法すら分からないところへ飛ばされ、うじゃうじゃと出てくるモンスターと戦っては、部下が傷ついていく。
 まだ兵士たちは自分よりも圧倒的にレベルが低い。ここに出てくるモンスターは、かなり強力であり、彼らには荷が重い相手ばかり。

 甘かった。考えが浅かった。自分の楽観的思考で、大切な部下たちを窮地に立たせてしまっている。まだ死んでしまった者はいないが、このままでは残してきた部下たちが心配して後を追ってくる可能性もあった。
 それだけは何としても避けねばならない。だからこそ早く帰る必要がある。だがどれだけ進もうとも、出口らしきものが確認できず、モンスターの質と量が増えていくだけ。

 回復薬や食糧についても、十分なものを用意していなかったことが悔やまれる。いや、それはすべて師団長である自分の浅はかさが招いた結果だ。

「くっ……何としても部下だけは返さねば……!」

 軽はずみな行動で、兵士たちを傷つけ、あまつさえ死なせてしまえば、確実に師団長失格である。

「し、師団長殿っ!」

 兵士の一人が叫びながら前方を指差す。巨大な狼型のモンスターが目の前に出現した。

「こ、こっちもですっ!」

 左右、そして背後からも同時に現れる。
 恐らくはSランクであろうモンスターたち。私一人なら、やり過ごせることもできるが、傷ついた部下たちを連れて逃げるのは難しい。

 戦うにしても、同時に四匹を相手にするのは無理がある。

「ぐ……くそっ!」

 私や兵士たちの顔に絶望が広がった。
 モンスターは、口から涎を垂らし、低く唸りながら獲物である私たちを睨みつけている。その迫力だけで、兵士たちは全身を震わせていた。
 すると前方から突進してくる一匹のモンスター。

「部下たちをやらせるものかっ! 《旋空槍》っ!」

 手に持っている槍を弧を描きながら振るう。螺旋を描く斬撃がモンスターの鼻を切りつけ鮮血が舞う。

「そのまま沈んでもらうぞっ! 《光陣鮮烈衝》っ!」

 私は怯んだモンスターに向かって跳び上がり、槍を天から地へと真っ直ぐ一閃する。槍から放たれる斬撃は眩い光熱を帯び、モンスターの身体に強烈なダメージを与えた。
 モンスターは悲鳴を上げながら倒れ込む。他の兵士たちも、魔法やスキルを使って、何とか倒せないまでも距離を取って戦うことができている。

 しかし次の瞬間――驚くべき光景を目にしてしまう。それは――。

「――っ!? な、何て数だ……っ!?」

 四匹と思われたモンスターだったが、次々と周囲から、同じモンスターが出現してくる。

 その数――十匹。

 死という文字が、私の脳裏に過ぎる。さすがにこの数を相手にすれば、どうなるかなど簡単に想像できる。
 兵士たちも顔を真っ青にしたまま、諦めたように攻撃を止めていた。

「あ、諦めるなっ! ここで諦めれば、二度と天を拝めぬぞっ!」

 そう士気を高めようとするが、すでに私も度重なる戦闘のせいでかなり疲弊してしまっている。それにこの数。恐らく逃げることはできない。かといって倒すことは……。
 モンスターたちが、一斉に突撃してくる。一匹二匹なら一気に吹き飛ばすくらいはできるだろう。しかしあくまでもそれは自己防衛に徹した時のみ。

 自分には守らなければならない部下たちがいる。
 だが十匹もの獣から、守り通すことは―――できない。
 私は自分の無力感に苛まれ、思わず顔が俯いてしまい……。

「こ、ここまで……か」

 体力にはまだ余裕があっても、すでに心は限界に達してしまったようで、持っていた槍を下ろしてしまう。
 あとはそう、この獣たちに食い殺されるだけ。死を……迎えるだけである。

 しかしそう思った刹那――。十匹の獣が、次々と弾き飛んでいく。キャインキャインッと犬が上げるような悲鳴を轟かせ、ピンボールを弾いたように飛んでいった。
 当然私を含めた兵士たちは全員、言葉を失って固まってしまう。

「あっ! 師団長、後ろですっ!」
「え?」

 部下の声に導かれ、後ろを振り向く。そこには大口を開けて、今にも私を噛み千切ろうとしていたモンスターがいた。
 だが――。

「女の子には、もっと優しくねっ!」

 私の目前に現れ、ボールでも蹴るかのようにモンスターを蹴って吹き飛ばした存在がいた。そのままその人物は地面に足をつけると、ゆっくりと私に振り返る。

「いやぁ、どうやら間に合ったようで良かったですよ、師団長さん」

 そこにいたのは、先日世話になった赤髪の少年だった。



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