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「……一体何があったんです?」

 オレが近くにいる野次馬の一人に聞いてみると、

「実はね、あそこにいる男たち、余所者なんだけど、何でも酒の席で揉めてたらしくてね。それを止めようとした街人を殴ったらしいんだ。しかも男たちの殴り合いが徐々にヒートアップして、収拾がつかなくなってさ」

 確かによく見れば、男三人の顔はアルコールを摂取したことで真っ赤に染まっている。

「たまたま酒場の近くを通りかかったあの騎士様が、止めるために仲介に入ったらしいんだけど、今度はその矛先があの騎士様に向かってね」

 何ともバカらしい出来事だが、三人の男の怒りが、止めようとしてきた少女騎士に向かってしまったらしい。

「……暴れる元気があるのなら、”冒険者”になってクエストにでも精を尽くせばいいと思うんですけど」
「だよなぁ。まったくもってポアムの言う通りだ。血気盛んな奴らだな。良い歳してみっともねー」

 酒の席で揉めるということもまああるだろう。だがヒートアップしててんやわんやの殴り合いにまで発展するとは、呆れてものが言えない。

「おい姉ちゃんよぉ、騎士だか何だか知らねえが、俺たちはこうやって日々の鬱憤を晴らしてんだ! 邪魔するんなら、それ相応に痛い目を見てもらうぜ?」

 三人の男のうち、一番顔を真っ赤にしている男が楽しげに笑みを浮かべている。ただ暴れたいだけなのだろうことは、彼の雰囲気から伝わってきた。

 彼らにとっては、こんな騒動を起こすのは珍しくないのだろう。彼の言った通り、ただのストレス解消。酒に任せて暴れてスッキリしたいのだ。
 男の挑発を受け、少女騎士がキリッとした顔立ちのまま静かに口を開く。

「喚くなら後にしろ。素直に暴れるのを止め、大人しくなるというのであれば私も何もせん」
「けっ、小娘が。たかが一介の騎士のくせして、ふざけんじゃねえ!」

 いやいや、一介の騎士って……。超有名な騎士団の一人なんだけどな……。酔っぱらってて理解できないんだろうなぁ。

「ふっ、それは私のことを侮辱しておるというわけだな?」
「はあ? 侮辱ぅ? んなもん当然じゃねえか、なあ、お前ら!」
「そうだそうだ! せっかく気持ち良く暴れてたのに邪魔しやがって!」
「代わりに嬢ちゃんが相手してくれんなら、別にいいけどな! グハハハハ!」

 まさにゲスとしか思えないほどの振る舞い。一回り以上も離れているであろう少女に対して言うことばだとは思えない。

「……理解した。貴様らは痛みによって躾をするべきだとな」
「やれるもんならやってみやがれやぁぁっ!」

 まず一人の男が少女騎士に掴みかかろうとしてくる。だがスルリと相手の突進をかわすと、少女騎士は相手の勢いを利用して足を引っ掛けて転倒させた。

「テ、テメエ! なめんじゃねえ!」

 他の二人も同時に少女騎士に詰め寄る。しかし触れることもできずに、逆に足を引っ掛けられたり、腕を取られて一本背負いをされてしまう男たち。
 一人の少女にあれよあれよと手玉に取られる大人の男たち三人。それはまさに痛快喜劇でも見ているような気にさせられる。

 何度も何度も男たちは立ち上がり挑むが、一切自ら触れることもできなくて地に倒されてしまう。すでにもう、男たちはボロボロで、完全に酔いが冷めているようだ。
 逆に今度は恥ずかしさから顔を真っ赤にして憎々しげに少女騎士を睨みつけている。

 ……まあ、こんなもんだろうな。相手が悪い。最強の騎士団の一人を相手にするには、あんな連中じゃ力不足だし…………ん?

 オレの視界に映るのは、息を盛大に乱しながら少女騎士の後ろで仰向けに倒れている男。他の二人は少女騎士の前に立っているので、少女騎士の意識はその二人に向かっているようだ。

 しかし背後の男がフラフラになりながらも立ち上がり、腰に携帯しているナイフに手をかけようとする―――――が、

「――っ!?」

 男の全身が硬直する。何故なら息も吐かせぬ動きで彼の背後を取ったオレが、そっと首掴んでいたから。

「あのさぁ、たかがケンカにそんなもんを抜くなら、このまま首の骨をボキッといっちゃうぞ?」
「が……あ……ぃ……っ」

 するとオレの行動に気づいたのか、少女騎士も背後を振り返り訝しんだような目つきで見つめてくる。

「ほらほら、目の前から来ますよ」

 オレは少女騎士の意識を彼女の二人の男たちへと指を差して向けさせる。
 すると男たち二人が、よそ見をした今がチャンスと言わんばかりに少女騎士へと迫っていく。

「――甘いっ!」

 少女騎士がヒョイッと高く跳び上がると、身体を回転させた踵落としを両足で二人の脳天に叩き落とした。

「「ぐへぇっ!?」」

 そのまま静かに膝を下り沈黙する男たち。その光景を見て益々青ざめる、オレが首を掴んでいる男。オレはパッと手を離して、

「ほれ、さっさと謝って、仲間を連れていきなよ」
「あ、そ、その、す、すみませんでしたぁぁぁぁっ!」

 男が慌てて倒れた二人を引きずりながら去って行く。野次馬から「すげえぞ!」や「さすがは騎士様!」などなど歓声が飛び交う。

 そんな中、オレもそそくさと、ポアムのところへ帰ろうと思って歩き出すと、

「少々待ってくだされ」

 ……あ~あ、やっぱり声かけられちゃったかぁ。

 ほぼ勢いで行動してしまった数分前の自分に説教したい。せっかく関わらない方針で過ごそうとか思っていたのに……。

「え、えっとぉ、何でしょうか?」

 そこで改めて、声をかけてきた少女騎士を見つめる。すると彼女が頭に被っている兜を脱ぐ。
 エメラルドのような透き通った緑色をした髪がパサァッと流れ落ち、周囲にいる者たちも、その美しく流れる髪に目を奪われている。

 しかしオレはそんなことよりも、彼女の頭の上を見て「おお~!」という感情が込み上げた。
 何故なら彼女の頭の上には、フサフサしている髪で覆われた獣耳が生えているのだから。

 《鑑定》の力で、彼女の種族が“ビースト”だと気づいていたが、恐らくこれがこの世界に来て、初めての獣人という種族との邂逅だった。
 切れ長の紺色の瞳が、真っ直ぐオレを射抜いてくる。スタイルも抜群で、身長も高く、女性の象徴である胸もかなりふくよかなタイプだ。鎧を身に着けていてもそこが強調されているので、相当大きいのが分かる。

 ポアムも美少女だけど、この少女も違うベクトルで美しい。というか獣耳と尻尾が萌える! 欲を言えば撫でくり回したい!

「礼を言わせてくだされ! 助太刀、感謝する!」

 律儀にも頭を下げてきたので、思わずこちらも反射的に下げてしまった。

「あ、いいえいいえ! こちらこそ、出過ぎた真似を! 多分オレが出なくても問題なかった感じだったので」
「いや、それでも私の身を案じて行動してくれたのは理解できますぞ。ですから礼を尽くす。それが私の信条です」

 その心構えに敬服さえ覚える。権力を持っている者たちのほとんどは、身分が下の者を蔑む傾向が強い。それはこのRONに限らず、地球でもそうかもしれないが、彼女は礼をすべきと感じたら、たとえ相手が一介の”冒険者”にも頭を下げる。

 へぇ、何かこういう子は好感が持てるよなぁ。しかもすっげえ美人だし。

 確実に日本にいたらお近づきになれないタイプの女の子である。

「名乗らせて頂きたい。私は“ガラクシアース騎士団・第三ルナティック師団の師団長”を務めさせて頂いております――メルヴィス・オートリアと申します。よろしかったら名前をお尋ねしてもよろしいですかな?」

 何だか少し爺臭い喋り方をする子である。
 まあ、喋り方に特徴があるのは、ポアムも同じなので別段気にはしない。
 ていうかこの子、まだ若いのに師団長なんだぁ……凄いとしか言いようがない。

「オレはイックウです。”冒険者”をしてます」
「ほう、”冒険者”ですか。先程の動き、できますな」
「ま、まあ旅が長いですから、ああいう手合いとも過去に何度か一悶着あったりしましたしね」

 なるほどと納得気に頷くメルヴィス。
 しかし、とオレは彼女を失礼にならない程度に視線を動かして観察をした。
 種族も名前も分かっている。そしてレベルもだ。彼女のレベルは――52。さすがに高い。師団長に抜擢されるのも理解できる。

 上級ランクの”冒険者”でも、50を超すレベルの持ち主はなかなかいなかった。あくまでもゲームの中ではだ。
 50レベルといえば、第一次レベルカンストと呼ばれる一つの頂点でもあるのだ。そこからは死にもの狂いで経験値を上げなければレベルアップできないので、ほとんどの者はそこで頭打ちになって諦めたりする。

 この世界がオレの知っているRONのシステムを組んでいるか定かではないが、間違いなく彼女は強いということだけは分かった。
 するとそこへメルヴィスと同じ鎧を着込んだ者たちが現れ、

「師団長! 一体何の騒ぎですか!」
「おお、すまぬな、お前たち! なぁに、少し暴れん坊を大人しくさせただけだ」
「また師団長は勝手なことを……。お立場があるのですから、少しは考えて行動してください!」
「ハッハッハ、だから謝っておるではないか! ああそうそう、実はこちらの方たちに助力をして頂いてな」
「は? この者たち……とは?」
「へ? …………あれ?」

 メルヴィスの視界には、すでにお目当ての者の姿は無かった。



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