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第四十話 姉妹の関係

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「はは……この孤児院じゃね、全員がローダーの名を貰うのよ。だからアリア先生もそう。自己紹介の時にファミリーネームを名乗らなかったのは、アタシが名乗らないでって頼んだから。ほら、アタシって目立つの嫌だし」
「だがいずれ判明することだったと思うぞ」
「その時はまあ……その時ってことで」

 それさっき俺が言ったことだと思うんだが……。

「……お姉ちゃんってね、アタシのことが多分……嫌いなのよ」
「……嫌い?」
「アタシのやることなすこと、絶対に反発してくるしさ。孤児院を継ぐことだって……」
「ああ、院長が言ってたな。アリア先生に、継ぎたいなら立派な冒険者になれって言われと」
「信じられないでしょ? 孤児院を継ぐのと冒険者なんて何の関係もないじゃん! それに立派な冒険者になれって、それしばらくは冒険者をし続けろってことでしょ? ……もう最悪」
「何でトトリは孤児院を継ぎたいんだ?」
「……だって、ここはアタシの育った場所だもん。アタシが五歳の時だから、もうかれこれ十年お世話になっちゃってる。それに院長には感謝してもし切れないくらいの恩があるし。だから……さ」

 つまりトトリにとっての大事な居場所だということだ。

 その気持ちはよく分かる。孤児ということは、トトリとアリア先生には普通ではない過去があったのは事実。親がいないということだから。
 幼い時分に親がいないというのは絶望に等しい。子供にとって親がすべてだから。

 しかし彼女たちは、どういう理由かは分からないが親を失ってしまった。この世の中で、子供たちだけで暮らしていくには非常に難しい。

 満足に食べるものを手にできずに飢えて死ぬことだって珍しくないのだ。また奴隷として悪党に囚われることだってある。女性ならなおさらだ。

 そんな状況下で、彼女たちには救いの手が伸びた。それがこの孤児院だったらしい。

 希望を与えてくれた場所を守りたい。その気持ちは俺にも痛いほど分かる。 
 トトリにとっての孤児院は、俺にとっての【ユエの森】だろうから。

「あ~あ……〝ダンジョン攻略戦〟のメンバーにまで選んで、ほんっとーにお姉ちゃんってば最悪」
「トトリは私情でアリア先生がお前を選んだと思ってるのか?」
「当然。きっとアタシは冒険者に相応しくないって突きつけたいんだよ。それで学校を止めさせる。そうすれば自然と孤児院も継げなくなるって流れ」
「そんなに陰湿なことをアリア先生がするのか?」
「……だって……お姉ちゃんの考えてることなんて分からないし」

 確かにアリア先生は常にクールというか、表情に感情を出さないから何を考えているか分かりにくい。

 てっきりそれは教師としての振る舞いだと思っていたが、家族の前でもあの凛とした姿を保っているようだ。

 トトリの言うように、アリア先生の真意は定かではないが、少なくとも悪感情をトトリに向けているとは思えない。

 少なくとも俺に対するジェーダン家の態度とはまったく別物のはずだ。
 アリア先生からはトトリに対して、ある種の不満さは持っているかもしれないが、嫌悪感は持っていないと思われる。少なくとも俺から見ている限りでは、だ。

「アリア先生は、心の底からトトリに冒険者になってほしいんじゃないのか?」
「……どうだろ。そんなこと一度も言われたことないし。ただ……前に一度言われた言葉があるのよ」
「言葉?」
「うん。――『持って生まれた者なら、その才を活かすべき』って」
「……なるほどな」

 これは先程院長から聞いた話と一致する。

 アリア先生は、やはり冒険者としての高い資質を持つトトリが、その才を活かさないことに我慢ならないのだろう。

 磨けば光る原石を目の前にして、それをそのままゴミ箱に投げ捨てるのが勿体無い。それは俺も思う。無論個人的な感情でしかないが。

「そんなに妹に冒険者になってほしいなら、自分だって止めなかったら良かったのに」
「……アリア先生は冒険者を止めたのか?」
「え? あ……口に出しちゃってた?」

 どうやら今の言葉は無意識だったようだ。

「……聞かなかったことにしておく」
「いいよ、別に。ここまで話したんだし、暇潰しに最後まで聞いて」
「……分かった」
「五年前、お姉ちゃんは冒険者学校を卒業して冒険者になったわ。けど……二年前に冒険者を辞めて、後進育成のための教師になった。理由は……言ってくれなかった」

 アリア先生の印象からすると、彼女は自分にも他人にも厳しいような気がする。最低限の言葉しか伝えないし、それって教師としてどうなのって感じもするが、求めているものが非常に高いことは理解できる。

 そんな彼女が冒険者になってたった三年ほどで辞め教師になった。その理由を最も近しい者にも教えていない。

 一体アリア先生に何があって、冒険者を途中放棄することになったのか。それとも冒険者としてやりたいことが全部終わったのか……いや、そんな感じじゃない。

「お姉ちゃんはアタシを家族だなんて認めてくれてないのかも。だからいつも何も言ってくれない」

 悲し気に目を伏せるトトリ。

 そうか、この子は別にアリア先生と距離を取りたいわけじゃないのか。ただアリア先生が秘密主義過ぎて、どう距離感を保っていいか分からなくなっているだけだ。
 本当は頼りたいし頼ってほしい。本来家族であるべき接し方をしてほしいと願っているのだ。

 ……まあ、あくまでもトトリの言葉だけを聞いた見解だけどな。

 ここですべてを判断するのは危険だ。こういうすれ違いは、一方的に非があるわけじゃない。必ず双方に少なからず原因があるものなのだ。

 きっとアリア先生にも、トトリに言えない絶対的な理由があるのだろう。
 ただ俺は、この姉妹の関係を第三者から見て思う。

 すっごくめんどくさそう……と。

「あ、アオスさーん!」

 そこへ建物から院長や子供たちと一緒に出てきた九々夜が、俺の名を呼びながら手を振る。

「それじゃ俺たちはそろそろお暇させてもらう」
「ん……何か一方的に話しちゃってゴメンね」
「別にいい。曲がりなりにも俺たちはクラスメイトで、今は攻略戦のメンバーだ。何かあれば言ってくればいい」
「いいの?」
「ああ。だが聞くくらいしかできないと思うがな」
「……そこは女のために解決してやるのが男ってもんじゃないの?」
「なら俺が見捨てたくないって思うような女になるんだな」
「なっ!?」

 俺は逆に言い返され顔を真っ赤にしたトトリから背を向け、九々夜のもとへ向かう。

 そして院長と子供に挨拶をして、全員に見送られながら孤児院を後にしたのである。

 ちなみに九々夜と別れたあと、忘れずにチーズケーキを再度購入して帰った。店員には「どんだけ買うんだコイツ?」的な視線は向けられたが。

 しかしその夜、オルルや妖精さんたちにチーズケーキを上げると、とても喜んでくれたので、店員の評価なんてどうでも良くなった。


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