異世界帰りの俺は、スキル『ゲート』で現実世界を楽しむ

十本スイ

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第四十五話 氷柱山花雪

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「え、えっと……そのぉ……離してほしんですけど……」
「もう少し……だけ。……ダメですか?」

 そんな潤んだ瞳で見上げてこないでくれ。ダメだって言えなくなるじゃんか!
 それにこの子、見た目じゃ分からなかったけど、かなりふくよかな母性の象徴を持っているようで、さっきから直に柔らかさが伝わってくる。

 正直、男としては役得ではあるが、他人にこんな邪な感情を芽生えさせてはいけないと思い、必死に理性をコントロールする。

「……あの、そろそろ」
「! ……すみません。少し夢中になってしまっていました」
「ま、まあ別に俺はいいんですけど、あまりこういうことを男にするのはいかがなものかと」
「安心してください。花雪は一途ですから」
「え、は、はあ……」

 一途って言われても、どういう意味だ……?

「その、ご迷惑かもしれませんが、できればベッドまで連れていってもらえますか?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」

 俺は彼女が倒れないように、軽く支えながら室内へと入って行く。
 そしてベッドの上に寝かせてやるが、

「あの……もう手を放してくれてもいいんじゃ……」

 ギュッと放したくはないと言わんばかりに俺の手を握っている。

「まだお礼をしていませんから」
「いや、礼なんていいですって。困った時はお互い様ってことで」

 何だかこの子、めんどくさい感じがするから、できればすぐに退出したい。

「ダメ……ですか?」

 ほら来た……だからそんな顔で見てこないで!

「……礼って言われても、マジで大したことわけじゃないですし」
「……ではせめてお名前を聞かせてください。花雪は、氷柱山花雪《つららやまかゆき》といいます。どうぞ、花雪と呼んでください」
「花雪か、綺麗な名前だなぁ」
「~~~っ! あ、ありがとうございます」

 陶器のように白い肌がポッと紅潮し、どこか色っぽさを感じさせた。

「俺は同本日六っていうんです」
「ヒロク…………ヒロク……様。あの、見たところそう歳も離れていませんし、敬語じゃなくてもいいですよ?」
「え? う~ん……じゃあそうすっか。そっちも気軽に話しかけてくれていいから」
「えっと、花雪は誰にでもこういう話し方なので」

 なるほど。それなら仕方ない。

「それでヒロク様は――」
「ちょい待ち」
「ふぇ?」

 ふぇ? って可愛いなおい。これが天然なのか養殖なのか分からんが。

「様付けは勘弁してくれ。何だかむず痒い」
「ダメです!」
「はい?」
「だって……花雪がそうお呼びしたいのです! それに……旦那様になられるお方かもしれませんのに」
「へ? 最後、聞き取れなかったんだけど?」
「いいえ、何でもありません」

 物凄い良い笑顔で言われた。

「まあ……じゃあ好きに呼んでくれ」

 それにこの病院に来ることもそうないだろうし、会うことだってこれが最後だと思うから、今だけは好きにさせてやってもいい。

「んじゃそろそろ俺はこのへんで……」
「え? もう行かれるのですか?」

 だからその捨てられた子犬みたいな目を……。いや、だがここは心を鬼にして。

「わ、悪いな。連れを待たせちまっててさ」
「お連れさんを? ……女性ですか?」
「ん? おう、俺が通ってる学校のクラスメイト二人だな」
「……仲がよろしいんですか?」
「まあな。部活も一緒だし」
「…………」

 あれ? 何か室温が一気に下がったような気がするんだけど……。

 それにさっきみたいに、花雪から冷気が出ている。

「…………ヒロク様」
「え? あ、何だ?」
「また……お会いできますか?」
「ど、どうだろうなぁ。ここには急遽運ばれた先輩のお見舞いに来ただけなんだよ。その人も元気になったし、退院したらあまり来ない……ひっ!?」

 花雪を中心にして、周囲がパキパキパキッと凍り付いていく。

 ちょ、おいおい……この子まさか……!?

「来て……くれないのですか?」

 わぁ、目のハイライトが消えてるぅ~! 

 って言ってる場合じゃない。何故か分からないが、このままだと部屋中が冷凍庫になってしまう。

「わ、分かった! たまに! たまになら時間を見つけて来るから!」
「! ……ほんとですか!」

 パァッと満面の笑みを浮かべた花雪。同時に冷気は失われ、凍結した部分も消失する。

「約束ですよ! これは二人だけの誓いなのですからね!」
「お、おう。約束だな、うん!」

 マジかぁ。正直来るつもりはなかったんだけど、約束までしたら来ないとなぁ。

「じゃあ今度こそ俺は行くな」
「はい! 次にお会いできる日をお待ちしておりますね!」

 俺は小さく手を振る花雪に手を振り返しながら部屋を出た。
 扉を閉めたあと、そのまま背中を預けて大きく溜息を吐く。

「あの子……やっぱそう、なんだろうなぁ」

 そんな呟きを零したあとに、俺はソラネたちを待たせてしまっていることを思い出し、なるだけ早足で待合室まで向かっていった。






 待合室には、すでにソラネとしおん、それに姉さんと七呼の姿もあった。
 当然遅れてしまったことを追及されたが、咄嗟に腹が痛くてトイレの住人になっていたという言い訳をして難を逃れることに成功したのである。

 そして姉さんの車がある駐車場へ向かったのだが、突然黒スーツの連中が現れ、一気に囲まれてしまった。

 物々しい雰囲気に怯えるしおんは、俺の背後に立ちキュッと服を掴んでくる。
 七呼もまた、不安そうに姉さんの足にガシッとしがみついていた。

「何アンタたち、アタシたちに何か用……って、そのバッジは……!」

 ソラネの視線が、奴らが服につけているバッジに目が向く。
 俺も気づいていた。コイツらは――『理事会』だ。

「少々お時間よろしいでしょうか?」

 無感情にそう尋ねてくるのは、よく見たら俺の家を訪ねて来た女だった。
 確か灯廻静音とか言ってたな。

「この前と一緒で、『理事会』は本当にいきなりよね。こっちだって都合があるんだから、事前にアポイントメントくらい取ったらどうなのよ?」

 ソラネの言う通り、それが社会人としての常識だろう。
 ただコイツらにそんな言い分が通じるとは思えないが。その証拠に、ソラネの方をチラリともせずに、ずっと視線が俺へと向いている。

「同本日六様……」

 やっぱ俺に用だったか……。

 そう思った直後、次に彼女が発した言葉に度肝を抜かれてしまう。

「そして藍咲五那様。両名を我が『異種事案対策理事会』の本部に出頭して頂きたいのです」



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