異世界帰りの俺は、スキル『ゲート』で現実世界を楽しむ

十本スイ

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第三十五話 深夜の邂逅

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 深夜零時。
 街灯だけに照らされた道は薄暗い。今日は雲が多く、月が顔を覗かせないので、普段と比べても闇が濃いだろう。

 ここは住宅街。時間も相まって、人気もなく静寂がその場を包んでいる。
 そんな場所に黒い影が高速で空を走っていた。

 縦横無尽に、遊ぶように空を浮遊する様は、とても楽しそうに見える。

「フフフ、さぁて……今日はどの子にしようかなぁ~」

 妖艶な声音と笑い声が響き渡る。
 空に浮かぶ謎の人影の背には漆黒の翼が生えていて、空を移動する度にはためく。

 全身を黒いレオタードのようなピッチリとした服を着こみ、ところどころ肌が露出し、特に胸部に備わっている母性の象徴は、零れ落ちそうなくらいに大きい。
 薄紫色の髪から覗く切れ長の瞳に、ぷっくりと濡れたように艶めいている唇。身体のすべてが淫靡さを漂わせている。

 そしてそんな女性が、ハッとなってある場所へと顔を向けた。

「何かしら……この強烈なニオイは……!」

 クンクンと鼻をひくつかせながら、瞳が怪しく輝きを増す。
 その視線の先には、高校生くらいの男子が一人で歩いていた。

 夜遊びだろうか。それともその帰りだろうか。
 ただそんなことは女性にはどうでもいいのか、彼女の視線は男子の首筋へと向かっていた。

「はぁん……美味しそうな首筋ねぇ~」

 うっとりした様子の彼女は続けて舌舐めずりをして言う。

「それに……この濃厚な精気の強さ……あぁん……あの方の仰った通り、この街は大当たりだったわねぇ~」

 少年の身体から滲み出ている精気は、今までのどの者たちのソレよりも格別。
 まさしく選ばれた者の精気を持つ少年に対し、女性はもう我慢の限界だった。

 すぐに少年の前に降り立った女性は、雲間から差し込む月明りを浴びながら宣言するように口を開く。

「あなたの大切なものぉ、もらっちゃうわねぇ~」

 いつもなら、ここで相手は突然現れた謎の女性に対しギョッとして硬直する。
 その隙を狙って女性は襲い掛かる――のだが……。

「そ、空から人が!? まさかお化けっ!? ひぃぃぃぃっ!?」
「あら? ちょっとぉ、どこへ行くのよぉ!」

 少年が悲鳴を上げながら尻尾巻いて逃げていく。

「まあいいわぁ、鬼ごっこねぇ~」

 女性は逃亡していく少年を、飛行しながら追いかけて行く。
 そして少年が脇道へ入り、その先にあった工事現場へと足を踏み入れた。

「フフフ、さあ……もう逃げ場はないわよぉ」

 女性は獲物を追い詰めたことで、さらに興奮気味に熱を帯びた瞳を輝かせている。
 だがピタリと動きを止めていた少年だったが、クルリと振り返った直後、「はは」と笑い声を出すと続けて驚くべき言葉を放った。


「――――まんまと釣れたな」


「……え?」

 女性の目の前にいる少年は、待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべた。



     ※



 どうやらソラネの作戦が上手くいったようだ。
 まあ作戦といっても難しいことじゃない。

 ただ誰もいなくなった街中で、俺が全身から生命エネルギーを迸らせて歩くだけ。
 相手が生気を欲しているというのなら、この美味い餌に食いつく可能性があると踏んだのだ。

 しかし当然リスクはある。
 普通に考えて生気を放出し続ければ身体は疲弊するし、下手すりゃ虎さんみたいに倒れるし、対象は食いつかず徒労に終わるかもしれない。

 さらにたとえ食いついても、相手の強さが定かではない以上、これまた虎さんのように襲撃を受けて危険な状態になる可能背もある。
 ただ闇雲に探すよりは、餌を撒いて釣った方が良い。

 俺はそう考え、ソラネの作戦に乗ったのだ。
 そして思惑通り、そいつは俺の前に姿を見せた。

「まさか女だったなんて思わなかったけどな。……アンタに会いたかったぜ、謎の吸血鬼さん?」
「あらら~、もしかして強がりかしらぁ? さっきはあ~んなに怯えてたのにぃ」
「いいや、さっきのはアンタをここにおびき寄せるための芝居に決まってんだろ」

 戦闘になったら、さすがに街中でやるのは危険だ。
 だからこうして、広くて誰もいない工事現場まで誘導したのである。

「芝居? 何を言っているのかしらぁ?」

 当然露出狂みたいな恰好をしてる女は、俺の言っていることの意味を分からないでいる。

「――アンタはアタシたちの作戦にハマったってわけよ」

 そこへ隠れていたソラネが姿を見せる。その隣にはしおんも立っていた。
 ようやく自分が逆に追い詰められたことに気づいたのか、女の笑みが消える。

「……なるほどねぇ。もしかして……あなたたちは『妖祓い』かしらぁ?」
「それはアタシだけだけどね! 我が言霊に応じ、馳せ参じよ――《火俱夜》!」

 ソラネが持っていた《霊符》を媒介に、十八番の《式神》を顕現させた。

「フフフ、これは一本取られたわねぇ。けれど、馬鹿正直に相手なんかすると思う? そんな面倒なことはしないわよぉ。じゃあ~ね~!」

 すぐに翼を羽ばたかせ、空へと舞い上がっていく。ここから逃げる算段のようだ。

 しかし――バチィィィンッ!

「きゃっ!? ちょ……なぁによぉ!」

 まるで空に見えない壁でもあるかのように、そこに衝突し弾かれてしまった女。

「バカはそっちよ。逃げられないように結界を張ってるに決まってるでしょ!」

 そう、予めここを戦場と認定したあとは、ソラネが工事現場の周囲に《霊符》を貼って、この場所を結界で覆ったのである。
 この結界を破るには、貼られた《霊符》を壊すか、術者であるソラネを無力化させるかだ。

「あぁもう! マジで最悪! チョー気分悪いんですけどぉ!」

 どうやら奴さんは腹を立てているようだ。

「大人しくしなさい! さもないと『理事会』に突き出す前に痛い目を見るわよ!」
「っ……生意気な子ねぇ。まだ子供のくせに、この私に勝てると思っているのかしらぁ?」
「もちろん勝つわよ! アンタはやっちゃいけないことをした! だから落とし前はつけさせてもらうわ!」

 ソラネもまた怒っている。大事な友人を傷つけられたのだから。

「行きなさいっ、《火俱夜》!」

 両手に扇を携えた《火俱夜》が、宙に浮かんでいる女に向かって跳躍する。

 そして閉じた扇で、女を殴打しようと腕を伸ばすが、女の動きは素早く軽やかに回避し背後につくと、《火俱夜》の背中に向かって踵落としを食らわせた。
 《火俱夜》はそのまま地面に勢い良く落下してくるが、すんでのところで身体を回転させて体勢を整えると、しっかりと着地して事なきを得たのである。

「今の動き……やっぱ上位の妖ね」
「あらぁ、妖なんて古臭い言い方は止めてよねぇ。妖魔……って呼んで欲しいわぁ」

 妖も妖怪も、そして妖魔も同じだと思うけどな。
 ただソラネが警戒するのも分かる。さっきの動きを見た限りだと、明らかに今の《火俱夜》では動きを捉えられないほどの実力差はあるだろう。

「アンタ、何で人を襲うの! 人間を敵に回して何がしたいのよ!」
「敵に……ねぇ。別に、ただの食事をしてるだけよぉ」
「食事……ですって? アンタ、吸血鬼なんでしょ? だから本能が食事を欲する。それは理解できるわ。けれど『異種』は『異種』特有の能力を封印することだって可能。そうやって人間社会に溶け込み、平和を保ってきているのよ!」
「それってぇ、おかしいと思わない?」
「は?」
「何で人間の社会を守るためにぃ、私たちが我慢しないといけないわけなのかしらぁ?」
「それは……」
「そんなルール、人間のために作られたものでしかないじゃなぁい。私はまっぴらごめんなのよぉ。だってぇ、と~っても窮屈じゃなぁい。私がただただ本能の赴くままに行動するだけ。それが妖魔の……いいえ、『異種』の本来の姿。あの方はそう言っていたわぁ」

 ……あの方?

 気になるワードが聞こえたが、女の姿が掻き消え、瞬時にして《火俱夜》の懐へ入ってきた。
 そして女が獰猛な笑みを浮かべながら、右手の爪を剣のように鋭く伸ばし、《火俱夜》の左腕を斬り飛ばしてしまった。



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