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第十二話 深夜の対話
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その日、この世界の真実とともにいろいろなことを知ってしまった俺だったが、受け入れてしまえば何てことはなかった。
そもそも異世界などという圧倒的なファンタジー世界に身を置いて命がけの戦いをしていた俺にとっちゃ、世界の真実や、友人がヴァンパイアなんて大したことじゃない。
そんなことより、明らかに人外じみた力を持っている俺を、快く受け入れてくれたしおんたちの存在がとてもありがたいものだった。
普通、人間は自分と異なる存在を忌避する。理解しがたい力に怯え、排除しようとするのだ。
俺もどこか覚悟を決めてしおんたちに告白したが、彼女たちは笑顔で迎え入れてくれた。
それが何より嬉しかったのである。
またしおんと真鈴さんも、ヴァンパイアである自分たちを怖がらず受け入れた俺に感謝しているようだ。
真鈴さんなんて、あんなことがあったってのに「今日は祝宴ですね!」と言って、豪華なディナーを作ってくれた。
しおんはしおんで、俺の異世界時代の冒険譚に興味が湧いたようで、俺の話を無邪気な子供のように聞いていた。
そして三人だけの小さな宴が終わったあと、俺は自分の家へ帰宅しようとしたのだが……。
「あ、あのぉ……しおんさん? 腕を掴まれてたら帰れないんですけどぉ」
何故かしおんが絶対に離すもんかって感じで、俺の右腕をガシッと掴んでいた。
しおんのそれなりに豊満な母性の象徴が当たって柔らかいし、男としてはこの感触をずっと堪能していたいのは山々なんだが……。
「ほらしおん、日六くんが困っていますよ?」
「…………うぅ」
くっ、そんな涙目で見上げてこないでくれ! こっちが意地悪でもしてるみたいじゃないか!
すると真鈴さんが苦笑交じりに大きく溜息を吐くと、
「日六くん、良かったら今日一日泊まっていきませんか?」
「お姉ちゃん!」
真鈴さんの突然の提案に、真っ先に笑顔で反応したのはしおんだった。
「あーでも迷惑ですし」
「迷惑じゃないよ! 迷惑じゃないからっ!」
大事なことだから二回言ったのかな?
「ふふ、しおんもこう言っていますし、どうでしょうか?」
「…………お世話になります」
まあ家に帰っても一人だしな。こういう日もたまにはいいかもしれん。
「ね、ねえろっくん、わたしのお部屋に行こ! ね、いいでしょ、お姉ちゃん!」
「はいはい。日六くんを困らせたりしちゃ駄目ですよ?」
「はーい! ほらほら早くぅ、ろっくん!」
あ、あのしおんさん? いつからそんなに積極的になられたんで?
まるでソラネみたいな活発性に思わずタジタジになってしまう俺。
ただそれでしおんが喜んでくれるなら良いかと思い、俺は彼女に手を引っ張られていく。
――深夜二時。
俺は一人、そっとしおんの自室から出てリビングへと向かった。
すると明かりが点いていて、そこには――。
「――真鈴さん?」
「あら、日六くん。しおんはどうしたんですか?」
「ついさっき寝ちゃいましたよ」
「もしかして今までずっと?」
「はい。俺の異世界冒険の話を聞かせたり、しおんの子供の頃の話とかも聞いてました」
「ふふ、あの子ったら。ずいぶんと嬉しそうに話していたでしょう?」
確かに。終始笑顔だったような。本当に幼い子供のような表情をしていた。
「気持ちは分かります。……きっととても嬉しかったでしょうから。どうぞ、こちらに来て座ってください。お茶でも入れますから」
俺は勧められるまま「ありがとうございます」と言ってテーブルへと腰を落ち着かせる。
そして真鈴さんの入れてくれた温かい梅昆布茶にホッと息を吐く。
「そういえば真鈴さんはまだ寝てなかったんですね」
「ええ。今日のことを報告書に纏めたり、今後の対策書なども作成していたので。あ、もちろん日六くんに関することは秘密にしておきますから」
「助かります。けど真鈴さんだって大変だったし疲れてるでしょ? 休んだ方が良いんじゃ……」
「これでも夜疋家の次期当主候補ですから。やるべきことはやっておかないと」
「……やっぱり一族の決まりとか厳しいんですか?」
「そうですね。実のところ、重道さん……あの人の言ったことは、すべて間違いだとも言えないんです」
「そうなんすか」
「はい。血族を存続させるために、より強いヴァンパイアの血を引く者と交わり、子を為すことは必須ですから。私やしおんの両親もまた、政略結婚で一緒になったらしいですし」
政略結婚……か。今の日本にもそんなもんが存在するとは……。
「そういやあのオッサンが、自分と一緒になれば当主も許す……みたいなこと言ってたけど……」
「それは……」
あ、これもしかして地雷だった?
「あー別に言い辛かったら無理に聞くつもりはありませんよ? ただちょっと気になっただけですし」
「いいえ。あなたは私たちの恩人です。聞く権利……いえ、是非聞いてもらいたいです」
そう願われれば、こちらとしても断る理由はなかった。
「私たちヴァンパイアの起源はルーマニアなんですが、祖先は過酷な吸血鬼狩りに遭い、日本へと逃亡してきたらしいんです。そしてそこで少なからず繁栄し、夜疋一族として立場を得ることができました」
なるほど。そんなルーツがヴァンパイアにあったのか。
「我々の始祖とも呼べる方は、ただただ種の存続だけを願う人でした。だからこそその理念を途絶させまいと、夜疋一族の者はたとえ望まぬ性交だとしても受け入れてきたらしいんです。そして……」
真鈴さんが悲痛な面持ちで続けていく。
「いよいよ私やしおんにも、種の存族のために事を為すようにと指示が下りました」
つまり同じヴァンパイアの血を引く者との性交を勧められたということだ。
「私は次期当主候補として覚悟はしていましたが、しおんに……あの子に夜疋の宿命を背負わせたくなかったんです」
「真鈴さん……」
「あの子には、幸せな結婚をしてほしい。大好きな人と恋をし、そして心から望んで子供を為してほしかったんです。けれどそれを許す家ではありません。だから……実家を出てココへやってきました」
難しい問題だ。種を途絶えさせたくないから、早く子供を作るようにする一族の考えは理解できる。きっと種のためならそれが一番正しいのだろう。
しかし人間のように感情のある生物として、真鈴さんの気持ちだって痛いほど分かる。
俺だって政略結婚なんて嫌だし、好きな人との子供が欲しい。ただ種の存続のためだけに生ませた子供を愛せるのか自信もない。
いや、夜疋一族にとって愛なんて必要ないのかもしれない。子供さえ生まれることだけが優先事項なのだ。
それにやはり両親とは一緒に暮らしていなかったことが分かった。しおんもこんな事情を抱えていることを説明できるわけもなく、仕方なく俺たちには嘘を吐くしかなかったのだろう。
「当然当主の意向を無視して逃げた私たちに、当主……お父様はお怒りになっています。夜疋の義務を怠っているわけですからね」
「つまりあのオッサンは、一族の命令で真鈴さんたちを連れ戻しに来た、と?」
「ハッキリとはそう口にしていませんが、その可能性は十分にあると思います」
だからこそオッサンの言動が、すべて間違っていないと彼女は言ったのだ。
「はぁ……家にもいろいろあるんですねぇ。そういや、異世界でも政略結婚を強制されて困ってた奴らもいましたよ」
「え? そうなんですか?」
ある地方領主の娘には恋人がいた。しかし領主は、家柄も良くて、より強くて逞しい男と結ばれてほしいとの願いがあったのだ。
そこで領主は自ら選んだ男を連れてきて、娘との婚約を進めた。
当然娘は反対したが、父親は聞く耳を持たなかったのである。
娘の恋人は人格者で、普通なら彼女の夫として相応しい人物だったが、いかんせんただの農民でもあった。
領主は娘に諦めさせようと、ある提案をしたのである。
それは娘の恋人と、領主が連れてきた男との決闘だった。
男はある王国の騎士団に勤めていて、実力も備わっている人物で、方や毎日鍬を振るうだけのしがない平民。どう考えても結果は見えていたのである。
困り果てた二人の前に現れたのは俺だった。
俺は娘の恋人を鍛えてやることにし、それこそ何度も死にかねないような訓練を施した。
だがその甲斐があってか、ギリギリで娘の恋人は勝利を得たのである。
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「ほらしおん、日六くんが困っていますよ?」
「…………うぅ」
くっ、そんな涙目で見上げてこないでくれ! こっちが意地悪でもしてるみたいじゃないか!
すると真鈴さんが苦笑交じりに大きく溜息を吐くと、
「日六くん、良かったら今日一日泊まっていきませんか?」
「お姉ちゃん!」
真鈴さんの突然の提案に、真っ先に笑顔で反応したのはしおんだった。
「あーでも迷惑ですし」
「迷惑じゃないよ! 迷惑じゃないからっ!」
大事なことだから二回言ったのかな?
「ふふ、しおんもこう言っていますし、どうでしょうか?」
「…………お世話になります」
まあ家に帰っても一人だしな。こういう日もたまにはいいかもしれん。
「ね、ねえろっくん、わたしのお部屋に行こ! ね、いいでしょ、お姉ちゃん!」
「はいはい。日六くんを困らせたりしちゃ駄目ですよ?」
「はーい! ほらほら早くぅ、ろっくん!」
あ、あのしおんさん? いつからそんなに積極的になられたんで?
まるでソラネみたいな活発性に思わずタジタジになってしまう俺。
ただそれでしおんが喜んでくれるなら良いかと思い、俺は彼女に手を引っ張られていく。
――深夜二時。
俺は一人、そっとしおんの自室から出てリビングへと向かった。
すると明かりが点いていて、そこには――。
「――真鈴さん?」
「あら、日六くん。しおんはどうしたんですか?」
「ついさっき寝ちゃいましたよ」
「もしかして今までずっと?」
「はい。俺の異世界冒険の話を聞かせたり、しおんの子供の頃の話とかも聞いてました」
「ふふ、あの子ったら。ずいぶんと嬉しそうに話していたでしょう?」
確かに。終始笑顔だったような。本当に幼い子供のような表情をしていた。
「気持ちは分かります。……きっととても嬉しかったでしょうから。どうぞ、こちらに来て座ってください。お茶でも入れますから」
俺は勧められるまま「ありがとうございます」と言ってテーブルへと腰を落ち着かせる。
そして真鈴さんの入れてくれた温かい梅昆布茶にホッと息を吐く。
「そういえば真鈴さんはまだ寝てなかったんですね」
「ええ。今日のことを報告書に纏めたり、今後の対策書なども作成していたので。あ、もちろん日六くんに関することは秘密にしておきますから」
「助かります。けど真鈴さんだって大変だったし疲れてるでしょ? 休んだ方が良いんじゃ……」
「これでも夜疋家の次期当主候補ですから。やるべきことはやっておかないと」
「……やっぱり一族の決まりとか厳しいんですか?」
「そうですね。実のところ、重道さん……あの人の言ったことは、すべて間違いだとも言えないんです」
「そうなんすか」
「はい。血族を存続させるために、より強いヴァンパイアの血を引く者と交わり、子を為すことは必須ですから。私やしおんの両親もまた、政略結婚で一緒になったらしいですし」
政略結婚……か。今の日本にもそんなもんが存在するとは……。
「そういやあのオッサンが、自分と一緒になれば当主も許す……みたいなこと言ってたけど……」
「それは……」
あ、これもしかして地雷だった?
「あー別に言い辛かったら無理に聞くつもりはありませんよ? ただちょっと気になっただけですし」
「いいえ。あなたは私たちの恩人です。聞く権利……いえ、是非聞いてもらいたいです」
そう願われれば、こちらとしても断る理由はなかった。
「私たちヴァンパイアの起源はルーマニアなんですが、祖先は過酷な吸血鬼狩りに遭い、日本へと逃亡してきたらしいんです。そしてそこで少なからず繁栄し、夜疋一族として立場を得ることができました」
なるほど。そんなルーツがヴァンパイアにあったのか。
「我々の始祖とも呼べる方は、ただただ種の存続だけを願う人でした。だからこそその理念を途絶させまいと、夜疋一族の者はたとえ望まぬ性交だとしても受け入れてきたらしいんです。そして……」
真鈴さんが悲痛な面持ちで続けていく。
「いよいよ私やしおんにも、種の存族のために事を為すようにと指示が下りました」
つまり同じヴァンパイアの血を引く者との性交を勧められたということだ。
「私は次期当主候補として覚悟はしていましたが、しおんに……あの子に夜疋の宿命を背負わせたくなかったんです」
「真鈴さん……」
「あの子には、幸せな結婚をしてほしい。大好きな人と恋をし、そして心から望んで子供を為してほしかったんです。けれどそれを許す家ではありません。だから……実家を出てココへやってきました」
難しい問題だ。種を途絶えさせたくないから、早く子供を作るようにする一族の考えは理解できる。きっと種のためならそれが一番正しいのだろう。
しかし人間のように感情のある生物として、真鈴さんの気持ちだって痛いほど分かる。
俺だって政略結婚なんて嫌だし、好きな人との子供が欲しい。ただ種の存続のためだけに生ませた子供を愛せるのか自信もない。
いや、夜疋一族にとって愛なんて必要ないのかもしれない。子供さえ生まれることだけが優先事項なのだ。
それにやはり両親とは一緒に暮らしていなかったことが分かった。しおんもこんな事情を抱えていることを説明できるわけもなく、仕方なく俺たちには嘘を吐くしかなかったのだろう。
「当然当主の意向を無視して逃げた私たちに、当主……お父様はお怒りになっています。夜疋の義務を怠っているわけですからね」
「つまりあのオッサンは、一族の命令で真鈴さんたちを連れ戻しに来た、と?」
「ハッキリとはそう口にしていませんが、その可能性は十分にあると思います」
だからこそオッサンの言動が、すべて間違っていないと彼女は言ったのだ。
「はぁ……家にもいろいろあるんですねぇ。そういや、異世界でも政略結婚を強制されて困ってた奴らもいましたよ」
「え? そうなんですか?」
ある地方領主の娘には恋人がいた。しかし領主は、家柄も良くて、より強くて逞しい男と結ばれてほしいとの願いがあったのだ。
そこで領主は自ら選んだ男を連れてきて、娘との婚約を進めた。
当然娘は反対したが、父親は聞く耳を持たなかったのである。
娘の恋人は人格者で、普通なら彼女の夫として相応しい人物だったが、いかんせんただの農民でもあった。
領主は娘に諦めさせようと、ある提案をしたのである。
それは娘の恋人と、領主が連れてきた男との決闘だった。
男はある王国の騎士団に勤めていて、実力も備わっている人物で、方や毎日鍬を振るうだけのしがない平民。どう考えても結果は見えていたのである。
困り果てた二人の前に現れたのは俺だった。
俺は娘の恋人を鍛えてやることにし、それこそ何度も死にかねないような訓練を施した。
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