異世界帰りの俺は、スキル『ゲート』で現実世界を楽しむ

十本スイ

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第一話 一度死んだ少年

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 ボードゲーム同好会の合宿で、熱海の温泉に行こうって話が出た。
 遠出するのは面倒だと思っていた俺だが、たまには温泉もいいかと思ったのである。

 しかしそれが間違いだった。やはり普段と違うことはしない方が良かったのだ。
 当日、一人寝坊した俺は、同好会メンバーとの待ち合わせ場所に急いで向かっていた。
 何とかギリギリ間に合うであろうバスに乗り込みホッとしたのも束の間、突然車内にいた男が銃を発砲したあとに、運転手に突き付けたのである。

 ――バスジャックだった。

 何でも世の中が退屈でイライラしての犯行らしい。とんだ迷惑野郎である。
 俺は大人しく息を潜めながら、何とか警察に助けてもらえるように祈っていた。
 だがその時、小さな子供が大声で泣き出したのである。
 犯人は子供が大嫌いと喚きながら、その銃口をあろうことか子供に向けた。

 ……無意識だった。俺は犯人の近くに座っていたので、咄嗟に犯人の腕を掴んで捻り上げようとしたのである。

 銃を落とさせることができ「よしっ!」と内心でガッツポーズした直後のことだ。腹部に強烈な痛みと熱が襲い掛かった。
 見ればサバイバルナイフが俺の腹を貫いていたのである。

 痛みにもがき倒れる俺に、銃を拾った犯人の追撃が迫った。
 俺はこの時思った。

 ああ、やっぱりらしくないことはするもんじゃねえな……。

 そして何度目かの発砲音と同時に、俺の意識はフッと闇に沈んだのである。
 だが完全に死んだと思っていた俺は、意識を覚醒した瞬間に度肝を抜かれた。
 見たこともない神殿のような場所で、俺は台座の上に横たわっていたのだから。

 そこに俺以外の存在が一つ。
 そいつは自分を〝神様〟だと口にした。

 どう見ても二十代の男性なのに、まだ厨二病から抜け出せていないようで憐れに思ってしまった。
 しかし空を飛んだり、背中から白い翼を生やしたり、超常現象しか思えないようなことをしてみせ、俺はコイツが少なくとも普通ではないことを知る。

 彼は言う。俺はバスジャック犯に殺されてしまったのだと。
 記憶が蘇り、確かにあれで無傷で生きているわけがないことも悟る。
 そして彼は続けて言ってきた。

 あそこで俺が死んだのはイレギュラーだった、と。
 何でも《神様見聞録》とやらによると、俺は本来なら百二歳まで長生きをする予定だったらしい。
 極稀に、そういうイレギュラーな事態が起こり得るようで、そういう時は決まって即座に生き返すことになっているとのこと。

 予定外の死人は、《輪廻の輪》の準備が整っていないので困るという。だが魂のまま長くあの世にいれば消滅してしまうか、あるいは変質し輪廻することも叶わなくなってしまう。
 当然俺は喜んだ。あの死をなかったことにできるなら嬉しい。

 だが元の世界に戻すことは難しいと自称神は口にした。
 生き返すといっても、他の世界――いわゆる異世界に転生させることだと。
 ここで漫画やアニメの世界に憧れている奴なら、大手を振って喜んだかもしれない。

 異世界転生ひゃっほーい、と。

 ただ悪いが俺は、文化レベルの低い異世界よりも、遥かに高度な文明を持つ日本の方が断然良かった。
 もうエアコンなしで暮らせる身体じゃない。漫画だってアニメだってゲームだってそうだ。もう続きが見られなくなるなんて嫌だ。

 それに数少ないが友人だっている。同好会のメンバーに何て言えばいいんだ。
 こういう時、ぼっちなら良かったんだろうが、俺はそこそこ充実な生活を送っていた男子高校生なのだ。
 だから何とか日本に戻る術はないかと尋ねた。何でもするから、と願う。

 すると自称神は、ある条件を出した。
 今から俺を送る異世界で、人々を困らせる災厄の存在を滅ぼすことができれば、日本に送ってやる、と。

 俺はその条件を飲み、そのままの姿で異世界へ送られることとなった。
 異世界は、いわゆる剣と魔法の世界ではなく、《スキル》と呼ばれる異能が溢れた世界だった。

 当然最初は右も左も分からない。それでも四苦八苦しながら己を鍛え、モンスターと呼ばれる怪物を倒し戦いの経験を積んでいく。
 再び現代文明にどっぷり浸かって楽に生きるために、一心不乱にただただ元の世界に戻るために奮闘したのである。

 そして見事、異世界にはびこっていた災厄を打ち倒すことに成功した。 
 するとあの神殿のような場所に召喚され、俺はまた自称神と再会する。

 兼ねてからの約束通り、俺を日本に送ってくれることになり、辛かったけど頑張って良かったと自分を褒めてやった。
 条件を達成した褒美として、異世界で培った経験をそのままにしてくれるらしい。 

 まあ普通に生きる分に、こんな異常な身体能力は必要ないと思うが、それでも死に物狂いに鍛えた力なので、急に無くなるのも寂しいからありがたく頂いておいた。
 そうしていよいよ、日本に戻る時間がやってきたのである。

 あの台座に寝かされ、段々と意識が遠のいていく。
 そこへ自称神が口を開く。

「――じゃあ頑張って。言ったことはちゃんと守ったからね。そう、言ったことは……さ」

 何だか少し気になる物言いだったが、俺の意識は完全に失われた。
 次に意識が覚醒したら、俺はあの瞬間に戻っていたのである。
 バスジャック犯が、子供に銃を突き付けている瞬間に。

 ちょっ、よりにもよってこっからかよ!?

 俺はまたもあの時と同様に、その腕を掴み捻り上げようとする。
 しかし犯人はほくそ笑み、もう片方の手で隠していたサバイバルナイフを握り、俺に向けて突き出してきた。

 だが――パキンッ!

「…………は?」

 カランカランと、刀身の半分が床へと落ちたことで犯人は唖然とする。
 当然自然現象なんかじゃない。俺が犯人が気づかないほどのスピードで、ナイフを手刀で切断しただけだ。

 さすがは異世界スペック。身体能力は必要ないと思ったが、さっそく役立ってくれた。
 俺はそのまま犯人を床に押し付け、両手を持って捻り上げてやる。
 さすがにもう反撃する手段は残されていないようで、犯人はお縄になった。

 他の大人たちの力も借りて、犯人の両手足をバスに備え付けてあったガムテープで縛り、後部座席に寝かせて全員で監視する。
 そしてすぐにバスは停止し、そこで警察を待つことになったわけだが……。

「あ、運転手さん、ちょっとドアを開けてくれませんか?」
「え? は、はあ……」

 俺の唐突な言葉に、特に何の疑いもなくドアを開けてくれた。
 そのまま俺は短い階段を下りて外へと出る。

「ちょ、君?」
「運転手さん、俺ってば急ぎの用事があるんですよ。だからあとは頼みますわ」
「は、はあ!? それはどういうっ……て速ぁっ!?」

 運転手の制止を気にもかけずに、俺はその場からダッシュで逃げた。
 鍛え上げた走力は、全力で走ればオリンピックなんて余裕で金メダルを取れるほどだ。
 そのまま脇道へと入り、人気のない場所へと立つ。

「……はぁ。運転手や客には悪いけど、警察の世話になって時間を取られるのも嫌なんだよな」

 事情聴取とやらで自分の時間が奪われるのはごめんだ。
 ようやく取り戻した日本人ライフなんだから。これ以上邪魔されるのは嫌なのです。
 俺は一息吐いて、今日がどんな日だったかを思い出す。

「そういや今日はボードゲーム同好会の合宿だったか」

 できれば今すぐ家に帰って、異世界にはなかった高度文明に囲まれてぐうたらしたいが、同好会のメンバーに会いたいという欲求もある。
 ただバスジャックのせいで、待ち合わせの時間まであと三分。

 待ち合わせというのは、ボードゲーム同好会の合宿だ。
 ここから車で約十分くらいかかる道程である。
 一目も気にせずに全速力で走れば間に合うが、さすがにこの日本でそんなことをしたら、ちょっとした事件になってしまう。

「やっぱ遅れるって連絡をしとくかな」

 だがそう連絡をしたあとに、不意にあることに気づく。

「そういや神の奴、異世界スペックのままだって言ってたよな」

 確かに身体能力が異常にレベルアップされたままだということは認識できた。
 だが異世界で獲得した力はそれだけではないのだ。

「…………試してみるか」

 俺は右手をゆっくりと胸の前まで上げる。

「来い――――――《ゲート》」

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