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第22話 少女に手を

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「さっさと次に行くぞ。他の連中が苦戦してるとは思えんが、一応加勢した方がより奴らに絶望を与えられるだろうからな」

 そう小磯に告げたつもりなのだろうが、小磯は何故か返答せずに、斧を振り切ったまま硬直していた。

「……あん? おい、どうした小磯? ……小磯?」

 瀬戸からは、小磯の大きな背中しか見えない。その先には隠れているが、十束の無残にも真っ二つになった身体が横たわっている。そう考えているはず。
 だが、瀬戸の考えは裏切られることになる。

 小磯を見てみると、彼の背中に何か光っているものが見えたのだ。それが何か、目を凝らして確かめてみてギョッとする。
 何故なら、彼の背中に見えた光は――――刀身だったからだ。

「……っ、がっ……ぎっ……ごぼぉっ!?」

 小磯の目前に立つ十束の持つ刀の刃が、小磯の左胸を貫いていた。
 そう、先ほど噴出した血飛沫は、十束のものではなく小磯だったのだ。

 大量の血液を口から吐きながら、血走った双眸で十束を睨みつつ、一歩、また一歩とふらついて後ずさる。刀は小磯に突き刺さったままだ。彼はそのまま、白目を剥くと、糸が切れたマリオネットのように仰向けに倒れた。

「な……お、おいっ、小磯っ!」

 慌てて駆けつける瀬戸は、事切れた小磯の姿を見て信じられないといった面持ちを浮かべている。

「バカな……!? あの技を避けたってのか? あの状況でどうやって? いや、初見でかわせるような技じゃないはずだ! お前っ、一体何をしたぁ!?」

 完全に十束の敗北を確信していたようで、仲間が倒されたことが信じられないらしい。しかも、十束は無傷だ。

「あの状況で、小磯の攻撃は回避できなかったはずだ! それなのにかわしただけでなく、反撃もして、さらにたった一撃で殺しただと……!? 答えろっ、一体何をしやがった!」

 せっかくのクールなイケメンフェイスが、困惑で歪んで醜くなってしまっている。

「……答える義務があるのか?」

 もちろん、小磯を返り討ちにしたのは十束で間違いない。
 あの時、回避を予想して詰め寄ってきた小磯。尚且つ、再度バックステップしても、斧をかわせないように、Bスキルによって斧を巨大化させてきた。

 初見なら斧の巨大化と、その前に見せられた威力、意外にも素早い詰め攻撃によって、恐怖やパニックに苛まれ、身が竦んでしまうだろう。
 だが、当然のように、十束は斧のBスキルを知っていた。故に、あの場で小磯が勝利を確信したような顔をした時点で、恐らくBスキルで追撃してくると考えたのだ。

 そこで、十束はどうせならこの攻撃を利用して、相手の隙を突くことに決めた。
 十束が行ったのは、次元を隔てている境界線の操作。

 《自在界入》を使用し、現在いる次元とは別の次元へと位相の境界をずらした。小磯には、そこに十束が存在しているように見えただろうが、実際は別次元に潜り込んだことで、十束に干渉できなくなっていた。

 つまり、小磯が触れられない状況を作り上げたのである。当然、彼が持っていた武器も、十束には触れることができず、攻撃は十束の身体をすり抜けた。

 そして、斧が自分の身体をすり抜けた直後に、再び元の次元へと戻ってきて、大振りで隙だらけの小磯の胸に刀を突き刺したというわけだ。

(うん、やっぱこの能力……バクってるわぁ)

 攻撃が当たらず、こちらの攻撃は任意で当てられるのだ。これほど敵にとって理不尽な能力はないだろう。最も、攻撃を当てるには、十束も元の次元へ戻る必要はあるが。

「っ……まあいい、どうせ偶然だろう。小磯もバカな奴だ。せっかくレベルも12に上がったってのに、こんなところで躓きやがって」

 どうやらレベリングはまともにしていたようだ。ここ数日間で12レベルなら、なかなか褒められる真面目さだ。
 その真面目さを善行に注ぎ込めば、きっと彼は井狩のような英雄になれただろうに。

(にしても……さすがに気分が悪いな)

 仕方なかったとはいえ、人を殺してしまったという事実は変わらない。ゲームキャラではなく、自分と同じ本物の人間を殺害した。それは十束の精神に多大なダメージを与えていた。

 殺さなければ殺されるような状況だ。それにこんな無法地帯となり、十束の対応は決して過ぎたものではないのも確かだろう。
 しかし、それでも普通の会社員だった十束にとって、人間を殺したという感覚は、想像以上に重いものだった。吐き気もするし、呼吸も荒くなっている。

(ゴブリンやオークとはまた違った感触だったな……)

 同じ肉を貫いたといっても、感覚的に人間の方が、より不快感が大きかった。

(こんなことなら、《精神異常耐性》のスキルでも取得しとくんだったかな……)

 スキルは便利だ。レベルアップで獲得するスキルポイントを使用すれば、戦闘にも日常にも大いに活用できるスキルを得られる。

(けど、あのスキルを手に入れるまでは、しばらく温存するって決めてたしな。ここは……耐えるしかねえ)

 こちらが精神的疲労を抱えていることを、なるべく悟られることのないように、十束は努めて平静を装っている。

「俺は油断した小磯とは違う。遊ぶつもりもない。一気に仕留めてやる!」

 そう言いながら、瀬戸が十束に向かって駆け出そうとしたその時だ、ゴゴゴゴと軽い地鳴りのような音が響き渡り、その音の方へと自然に二人の意識が向く。
 そこにはすでに崩壊して瓦礫に埋まった建物があるが、その横には、今にも崩壊しそうな半壊した建物があった。

(ん? そうか、さっきの小磯って奴の攻撃の余波で……)

 地面に亀裂を走らせるほどの衝撃が、近くにあった半壊状の建物を支える部分にダメージを負わせたのだろう。かろうじて建物としての体裁を保っていたが、その柱が耐え切れなくなって、完全に崩壊しようとしているのだ。

 そして、その半壊した建物が、今まさに横の建物へと崩れ落ちようとしていたのだが……。

(…………人っ!?)

 瓦礫に埋もれた建物の方、目を凝らしてみると、瓦礫と床の間にできた空間に、確かに人影が隠れるようにして蹲っているのを見た。
 一瞬死体かとも思ったが、よく見ると身体が動いている。

(おいおい、このままじゃ瓦礫の下敷きになるぞ!?)

 ただでさえ危うい瓦礫の隙間に身を潜ませているのだ。その上から、さらに大量の瓦礫が降ってきたら、さすがにそのまま押し潰されてしまうだろう。
 助けないと、と反射的に思うが、前方から疾風のような動きで瀬戸が迫ってくる。

 どうやら瀬戸は人影には気づかずに、よそ見をしていた十束の隙を狙って攻撃を放ってきたようだ。

(くっ、仕方ねえな! ――《自在界入・次元移動《ディメンション・ムーブ》》!)

 刹那、首を刎ねるように走ってきた、瀬戸の剣は十束の首をサッとすり抜けた。

「よし! ……って、はあ!?」

 十束の首を獲ったと喜んだのも束の間、瀬戸はすぐに驚愕の表情を浮かべた。何せ、十束の頭は空中に飛ばされていないし、何なら血液一滴たりとも出ていなかったからだ。

 これが先ほど、十束が小磯に対して行ったこと。そして、その驚いている隙を突いて一撃必殺を与えたのである。

(反撃してたら間に合わねえ!)

 そのまま瀬戸に攻撃を繰り出したら、そこで勝敗は決まってただろうが、十束の意識は、すでに瓦礫に押し潰されそうになっている人間へと向けられていた。
 全力で瓦礫の下にいる人間のもとへ駆け寄り、

「おいっ! そこは危ねえ! さっさと出てこいっ!」

 そこから引っ張り出そうと手を伸ばした。

「ひっ!? わ、私、何も持ってませんっ!」

 聞こえてきた声音と、近くで確認したことで、その人物が女性……というか、少女であることが分かった。そんな彼女だが、十束に対して怯えてしまっている。もしかしたら追い剥ぎか何かだと勘違いしているのかもしれない。

 ――バキッ……バキィッ!

 その間にも崩壊は進んでいき、あと少しで、少女がいる場所は瓦礫で埋め尽くされる瞬間まで来ていた。
 十束は舌打ちをしつつも、無理矢理彼女に近づいて腕を掴む。

「いやぁぁぁっ、離してくださいっ!」

 目一杯腕を振って、十束の手を振り払ってきた。

「バカッ! ここにいると危ねえんだぞ! この音が聞こえねえのかっ!?」
「え……お、音?」

 ようやく十束の言葉に耳を傾けてくれたようで、抱えていた両膝に埋もれるようにして当てていた頭を上げる。
 そして少女もまた、自身の頭上から瓦礫が軋む音を耳にした。同時に、瓦礫が徐々に下がっていることにも気が付く。

「このままだと押し潰されちまうぞ! 早くそこから出ろ!」

 十束も、このままだと巻き込まれて危険だ。できれば今すぐにでも離れたいが、ここまで来た以上は見捨てられなかった。
 だが、そこに十束の行動の意味、加えて少女の存在を察した瀬戸がニヤリと笑みを浮かべる。

「都合が良い! そのまま二人とも死ねっ!」

 転がっている石を手に取った瀬戸。十束たちの頭上にある瓦礫に向かってソレを投げつけた。
 ほんの少しの衝撃だけでも、崩壊の進む速度は断然に速くなるだろう。それを手動で早めるつもりだったのだ。

 瀬戸の目論見は上手くいき、かなりの威力で放たれた石は、瓦礫に多大な衝撃を与え、直後に大きな音を響かせ、巨大な瓦礫の塊となって十束たちに振ってきた。

「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」

 目の前に迫ってくる瓦礫に、少女は悲鳴を上げ、十束もまた歯を食いしばる。

(っ……ったく、世話の焼ける!)

 十束は咄嗟に彼女を守るために覆い被さった。


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