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第五十二話 榛名富士を探索する件について

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 ――【榛名山】。

 山を神聖視し、崇拝の対象とする山岳信仰を受けてきた群馬を代表する山体の一つ。単体の山ではなく、いわゆる幾つものや山々の総称である。
 俺はその南西にある麓近くまでやってきていた。

 そこには【榛名神社】がある。本来霊験あらたかな場所であるはずなのだが、見る影もなく崩壊されている。
 本社も壮麗な門や拝殿などもボロボロだ。いや、神社のみならず周辺の建物や道路もまた戦闘があったように傷ついている。人気もまったくといっていいほど感じられない。
それもそのはずで、見ればあちこちにモンスターがうろついていたのだ。

 しかも見たこともないモンスターばかりで、石の塊を繋ぎ合わせたような人型の怪物に、大木に目や口が備わり複数の根っこで動き回る珍妙な奴もいる。
 どれも人間より明らかに大きく、ゴブリンやオークなどがとても可愛く見えるほどだ。
 さすがは大規模ダンジョンだな。棲息してるモンスターもレベルが違いそうだ。

 こういう時、モンスターのレベルや強さを測れるようなスキルがあれば便利なのだが、実はそのスキル――50ポイントも使用するのである。
 さすがに手軽に選択できるようなスキルじゃない。欲しいけど。かなり便利だけど。
 でもせっかくここまで貯めたポイントが一気に消失するのは躊躇してしまう。

「さて、どうするかな……」

 とりあえずはヒーロを探索に向かわせてみるか。
 どうやらSNSの情報では、ダンジョン化しているのは、【榛名富士】と呼ばれる山やその周辺ということ。そこから出現したモンスターが、神社がある方面まで出てきているようだ。

 とりあえず【榛名富士】の麓付近まで移動したあとは、ヒーロに《感覚共有》を使わせて、少し離れた場所で待機することにした。
 ヒーロにはまず、山頂へ目指して進んでもらうことにする。
 この山にはロープウェイがあるが、管理する人も逃げているだろうし機能停止、あるいは神社みたいに破壊されていると思う。

 まあ仮に起動していても、乗っている途中で戦闘になったら怖いので利用はしないが。
 ヒーロがピョンピョンピョンと、跳ねながら山登りをしていく。

 周辺には【榛名湖】と呼ばれる広大な湖が存在し、傍に聳え立つ【榛名富士】を遠目に見れば、逆さ富士として湖面に映し出す幻想的な光景を拝むことができる。

 湖もダンジョン化してるんだろうか……?

 だとすれば水中系のモンスターなんかもいることだろう。

 もしコアが湖の中だったらどうしようか。寒い季節でもないから潜ることはできるけど、濡れるのは嫌なんだよなぁ。

 一応替えの下着や服も持って来てはいるけれど、やっぱりコアは地上にあってほしい。
 さすがモンスターのヒーロ。すれ違うモンスターたちに警戒されずに進んでいく。
 もうこのままヒーロにコアを探してもらって、そのままの勢いで破壊までしてくれたら楽だ。
 俺は何もしなくても経験値だけをゲットすることができるし。
 しかも使い魔というのは、俺自身でもあるという設定なのか、経験値も分割せずに互いにそのまま一人で攻略した時の分が入ってくれるから願ったり叶ったりな存在なのだ。

 ……ん? ちょっと止まれヒーロ。

 俺はヒーロの視界の端に何やら動くものを発見し、ヒーロの動きを止めてそちらに意識を向けるように指示を出す。
 するとそこでは戦闘が行われているようで、三人の人間とモンスターたちが顔を突き合わせていた。

 あれ? コイツら……!

 人間たちだが、全員が腕に赤い布を巻いている。
 ちょっと前に遭遇した『紅天下』と呼ばれる『コミュニティ』の証だったはず。
 《感覚共有》は時間との勝負なので、あまり無駄にはしたくないが、どういった目的で奴らがいるのか少し気になって様子を見ることにした。
 モンスターを見事に討伐した『紅天下』の連中だが、そこで興味深い話を耳にすることができた。

「ふぅ。やっぱ中腹より上に来るとモンスターの質も上がってんよな」
「だな。リーダーから山頂付近には近づくなって言われてっけど、どうする?」
「止めといた方が良いわよ。そうやって無理をして狂った連中がいっぱいいるって知ってるでしょ?」

 狂った連中……恐らくは健一みたいな症状を患ってしまった者たちのことだろう。

「けどリーダーからはできるだけ山の情報が欲しいって言われてっからなぁ」
「それに狂っても、結局はリーダーが何とかしてくれっからよ」

 ……? リーダーっていうのはヤナギって呼ばれてた奴だよな? あの男が何とかしてくれる?

 一体どういうことなのか気になった。

「そうだとしても、リーダーのスキルだって万能じゃないのよ。無理は禁物よ」

 紅一点の人物の言葉に、他の二人も渋々了承する。

「そういや今日、戦に俺たち行かなくてマジで良かったのかよ」

 戦……ああ、あの十字路での戦争のことか。

「このダンジョンじゃ電波が通じねえし、外の状況が分かんねえんだよなぁ」

 どうやらこの三人、俺があの戦場にいた時からずっとこの山にいるらしい。

「リーダーなら、私たちがいなくても勝ってるわよ」
「でも相手はあの富樫だんべえ? 元ヤクザの下っ端やってたらしいけど」

 あの牛野郎、堅気じゃなかったんかい。まあそんな感じはしてたけども。

「しかもジョブが『亜人闘士』だんべぇ? 単純な身体能力はどんなジョブよりも一番だって話だし」
「それにモデルが〝バッファロー〟だんべぇ。俺だったら兎とか猫とかがいいなぁ。女限定で」
「分かる分かる! バニーちゃんとか猫娘とか色気があっていいかもなぁ」
「いつまでもバカなことを言ってんな! リーダーが力押しだけが取り柄のバカに敗けるわけないし。あんたたちも知ってるでしょ、リーダーの能力の厄介さは」
「まーな。ありゃ反則。実際スキル使われたら俺たちじゃどうしようもねえし」
「だな。空でも飛んどきゃ安心だけどよ」

 ぎゃはははと何が楽しいのか、男二人が互いに笑い合う。
 それを呆れた様子で見守っていた女性がある提案をする。

「そろそろ一度戻りましょう。戦がどうなったのかも聞きたいし」
「何だかんだ言うてもリーダーのことが心配な片桐ちゃんでした」
「そ、そういうんじゃないわよ! ほら、今日また新人が入ってきたでしょ! そろそろ目を覚ましてる頃だし、いろいろ説明が必要でしょうが!」

 真っ赤な顔をしながら言い訳めいたことを言う片桐という女性に対し、男たちは面白いように腹を抱えている。
 そして怒った様子の片桐が、一人で下山していくと男たちもそのあとについていった。

 ……どうやらあのヤナギって男は結構慕われてるみたいだ。

 にしてもいろいろ情報は得られた。
 中でも牛野郎のジョブの名前が分かったのはありがたい。
 あじんとうし……恐らく亜人の闘士……かな。多分それが一番しっくりくる。

 亜人……なるほど。確かに人ではない存在というカテゴリーには入っている。

 それにモデルがいろいろあるというのも有益情報だ。
 となると飛柱組の丸城が見せたのもやはり『亜人闘士』だったのだろう。モデルは間違いなく〝熊〟。
 しかしそうなると『亜人闘士』のバリエーションが結構あることが分かる。
 獣のしなやかさや筋力、感覚などをそのまま利用することができるとしたら驚異的だろう。
 富樫が見せたあの馬鹿力も納得がいく。ずば抜けた身体能力を有するのが『亜人闘士』の特徴だということである。

 あとは健一のようにおかしくなってしまった奴を、ヤナギなら何とかできるような言い方も気になった。これについてはどういう手段を用いるのか分からないが。
 そして片桐ちゃんがヤナギに惚れてしまっていること。

 くそぉ、あんな胸のデカイねーちゃんに好かれてるとは。マジでイケメンは羨ましいわ! 十回爆発しろ!
 ……と、嫉妬に狂うのもここまでにしといて、ヒーロ、もう少し山頂に向かえるか?

「キュキュキュ~!」

 本人はまだまだやる気十分のようだ。
 ただ時間的にもうあまり余裕はない、か。

 しばらく《感覚共有》を切って、そこで一時間ほど気力回復をしたのち、また《感覚共有》を行うように指示を出した。
 俺は俺だけの感覚を持ったあと、少し歩いてロープウェイの方へ向かう。
 やはりロープウェイの建物自体も破壊されていて機能できないようにされている。
 ただそこには先程ヒーロが遭遇した連中が立っていた。

 全員がそこに置かれているバイクに乗り込み、そのまま【榛名富士】を去って行く。
 ただぼ~っとしているのもあれなので、スマホで【榛名山】についての情報を集めていた。
 いろいろ勉強になることはあったが、特に気になった記述を見つけたのである。

 それは山に関する伝承。
 そこには様々な民話が伝わっているようだ。
 【榛名神社】が【諏訪神社】から井戸を通して食器を借りたという話や、弘法大使が杖で井戸を掘ったなどの面白い物語がある。

 そしてその中でも一際俺の目を惹いたのは――。



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