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「ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ、ほっ」
リズミカルに呼吸をしながら家の近所を走っていた。こうしてランニングを始めて一年以上は経つ。最初は琴乃が太ったから朝に走ると言い、それに便乗する形で始めた。
悟円としては瘦せるためではなく体力作りのためだ。気の総量を増やす意味でも重要なトレーニングである。
ただ今、一緒に走っていた琴乃の姿は隣にはない。つい最近、目標体重になったからと止めてしまったのだ。
それからはこうやって早朝に一人で走ることが日課になっている。親からは人目がつくような大きな通りを走ることと、防犯ブザーを三個所持し、必ずGPSつきのスマホを手放さないことを条件に許可してもらっている。
本当にうちの両親は過保護だと思うが、残念なことにロクなことを考えない大人もいるわけで、子供の安全を守る親心を理解できる悟円には断ることはできなかった。
(まあ実際、大人に襲撃を受けたこともあるしなぁ)
ただあの刀を持つ女性は変質者という感じではなかったが。それでも銃刀法違反者であることは間違いない。
この世の中、何が起こるか分からないというのがどの前世でも同じことが言えたので、念には念を入れる両親の考えは決して間違っていないだろう。
一日のノルマである五キロメートルを走り終えたところで、持参しているリュックに入っているスポーツドリンクで喉を潤す。
「ぷはぁ~、やっぱ運動終わりの一杯は格別だなぁ!」
言葉だけを聞けば居酒屋のサラリーマンのようだが、精神年齢的にはもっと上ということもあって言葉に重みがある。
ちなみにメメは数珠として手首に嵌めていて、もう一人の家族であるウララは頭の上にしがみついている。どうやらここが気に入ったようで、いつも乗ってきて髪の毛をいじるのでくすぐったい。
「……ん? あ、ここって……【亀泉神社】だな」
一応毎年初詣には来ているが、それ以外で足を伸ばしたことはなかった。今年も元旦に訪れているので、四カ月ぶりというわけだ。
「相変わらずすっごい階段だよなぁ」
百段以上ある階段。大人でも登り切ると肩で息をしている人は多い。
(あ、でもこれって足腰の鍛錬になるよね)
まだ過度の筋トレはしない方が良いと判断して控えているが、最近若干トレーニングが物足りなくなっている気がしていた。
階段の上り下りをメニューに追加する程度なら、成長にそれほど障害はないと思ったので、最後の締めとして上まで行くことにする。
一歩一歩、決して止まらず一定の速度で上っていく。さすがにランニングの直後ということもあって足への負荷が大きい。それでも一度も止まらずに上まで達することができた。
「ふぅぅぅ~、とうちゃ~くっ! いやぁ、結構疲れたなぁ」
けどいい汗をかけたと思う。せっかくだから軽くお参りしていこう。そう思い本殿へと歩いていく。
まだ午前六時半ということもあって参拝客は見当たらない。人気のない神社って、どこか厳かな雰囲気が増していて緊張感を覚える。
「――――あれぇ、こんなところに子供?」
不意に聞こえてきた声に顔を向けると、そこには箒と塵取りを手にした少女が立っていた。
頭の上にいたウララは、ビクッとしてフードの中に隠れた。
(あ、この人って確か……)
前にも会ったことがある巫女服の少女だった。初めて会ったのは、二年以上前になる。その時は、まだ幼さが残る顔立ちではあったが……。
残念ながら初詣でも会えず、それっきりとなっていた。
「えっと、僕? こんな時間に一人? ここで何してるのかな?」
近づいてくると、努めて優し気な声音で話しかけてきた。
「おはよう、僕のこと覚えてない?」
「え……え?」
「うわぁ、残念だなぁ。僕はちゃんと覚えてるよ、玄子さん」
「ええ!? ちょ、ちょっと待ってね! い、今思い出すから!」
突然慌て始め、必死に思い出そうと頭を悩ませる玄子。
(まあ二年前だし、会って話したのも少しだからな)
だから覚えていても何ら不思議なことではないが。
「んーと……んーとぉ……」
あの時も可愛いらしい人であったが、こうして二年経って少し大人びた女性になっていても、やはり微笑ましいほどの可愛らしさは損なっていないようだ。
「――――そんなところでまたサボりかしら、玄子?」
そこへまた一人、女性の声がしたと思ったら、玄子と同じ巫女服を纏った人物が現れた。
(お、おぉ……!)
悟円が思わず感嘆したのは、その佇まいの美しさに衝撃を受けたからだ。
まるで日本人形のような艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳に高い鼻、それにすらりとしたモデルのような体型の女性。さらに右目の涙ぼくろが色気さえ感じさせる妖艶さを纏う美少女がそこにいた。
「あ、お姉ちゃん? って、別に私サボってなんかないよぉ!」
姉ということは、この二人はどうやら姉妹らしい。可愛い系の玄子と違い、こちらは美人系だが確かに顔立ちはどこか似通っている感じがある。
「サボり常習犯は決まってそう言うのよ。……あら、可愛らしいお客様ね」
無感情に見える表情ではあるが、別に怖さは感じない。そんな人物は悟円を視界に捉えた。だから悟円は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます。初めまして、僕は万堂悟円といいます」
「へぇ、ずいぶんと礼儀正しい子ね。初めまして、私は奇しくもこの子の姉の亀泉城子よ」
「奇しくも!?」
城子の言葉にショックを受けている玄子だが、城子は完全に無視して続ける。
「この子が何か失礼なことをしていないかしら?」
「ちょっとお姉ちゃん、酷い! そんなことしないよ!」
「うるさいわね。朝からご近所迷惑よ。それで、どうかしら?」
なるほど。何となく二人の力関係が見えた気がする。だからか、ちょっと意地悪をしてみたくなった。
「いいえ、大丈夫です。それに玄子さんとは……初めてを捧げた関係です」
「え……ええぇぇぇぇぇっ!?」
「ちょっと玄子、あなた……いくら男子にモテないからってさすがにこんな子供に何て……」
城子がかなり引き気味に玄子に侮蔑の視線を送る。
「ち、ちちちち違うよ! は、初めてなんかもらってないしぃ! ていうかいくらなんでも子供に手なんか出さないってばぁぁぁ!」
「そ、そんな……玄子さん。僕は嬉しかったのに……っ」
涙目で俯くと、玄子が今までで一番衝撃を受ける。
「ちょ、えっ、あの! いや、だって! えぇっ!? わ、私ってばもしかして知らず知らずにこの子に口には出せないようないやらしいことをしちゃったの!? そういえば私のことを知ってたみたいだし! ああどうしよう! もしそうなら私の人生はここで終わっちゃうよぉぉぉ!」
「玄子…………面会には行くわね」
「しょんなぁぁぁぁぁぁっ!?」
もう完全にパニック状態だ。さすがにここまで真に受けるとは思ってもいなかったので、逆に罪悪感が生まれてくる。
「ねえ僕ぅ! ホントに私が何かしたの!? 教えてぇぇぇ!」
今にも泣きそうな顔をしながら、グイッと顔を寄せてくる。そして悟円はニッコリと笑みを浮かべて答えてやる。
「うん! 初めてここに来た時に、神社を案内してもらったよ!」
「ああ、私ってばこんな小さな子に案内なんてぇ……って、あん…………ない?」
表情がピタリと固まる玄子。そのままギギギと頭を動かして悟円を見つめてくる。
「うん、案内。初めてだったから嬉しかったなぁ」
「案内……案内? ……!? ああぁぁぁっ、もしかしてあの時の男の子ぉ!?」
ようやく思い出してくれたのか、ビシッと指を差してきた。
するとそこでさらに自分かからかわれたことに気づいたのか、顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「もう! もぉう! お姉さんをからかったんだね! イケない子だよぉ!」
「あら、あっさりと子供にからかわれるあなたが愚かなのよ」
「うぐ……お姉ちゃんだって分かってて乗ったくせにぃ」
恨み辛みのこもった眼差しをぶつけられる城子だが、「何のことかしらね」と髪を払う姿が堂に入ってて絵になる。
「改めて、久しぶりだね、玄子さん」
「……はぁ。こんな再会は初めてだよ、悟円くん」
「あ、もしかして今度は玄子さんの初めてをもらった?」
「もう、それいいからぁ!」
やはりこの人、からかうと面白い。反応が大げさだから、きっと一緒に居て楽しいだろう。
「ところで悟円くん、さっきも聞いたけど、こんな時間にどうして?」
「ランニング終わりに立ち寄っただけ。久しぶりだったからね」
「……悟円くんって、まだ小学生だよね? こんな朝からランニング?」
そんなにおかしなことだろうか。今どき、小学生でもクラブ活動やらの影響で早朝ランニングなんて珍しくはないと思う。ただまあ七歳という年齢を考えると特別感はあるが。
「あら、健康的でいいじゃない。あなたも今度から走ったらどう? 最近ウエストが気になっているとか言っていなかったかしら?」
「ちょっ、それここで言わないでよ!」
城子も玄子をからかうのが好きみたいなのは、この一連の流れで理解できている。この人とは仲良くできそうだ。
「けれど少し心配ね。最近物騒でもあるようだし」
突然真面目なトーンで城子は言う。
「そうだよねぇ。私たちが知ってるお寺でも、最近暴れた人がいたくらいだし」
「玄子、その話はあまり口外しないように言われているでしょう?」
「あ、そうだった! ごめん悟円くん、今の忘れてくれるとお姉さん嬉しいなぁ」
必死に懇願してくる玄子ではあるが、どうもポンコツ具合がどんどん増している気がする。
(でも変だな。寺で暴れた人? 最近そんなニュースあったか?)
一応テレビやネットニュースなどで情報は毎日更新しているつもりだが、そのような情報は目にしていなかった。
ただ気になったのは、城子の口外するなという文言。
(秘匿しないといけない事件か何かが身内で起こったってことか?)
推測でしかないが、一体どんな事件なのか少し気になった。しかしさすがに追及することは止めておく。
「まあいいわ。玄子、さっさと朝の御勤めを終わらせるわよ」
「はーい。悟円くん、せっかくだからもう少し話したかったけど、またいつでも来てね!」
「うん、朝はこの時間くらいに立ち寄ることにする。じゃあお仕事頑張って!」
悟円は去って行く二人に手を振り、軽く参拝してから神社から出た。
だがその時だった。
(パパ、さっきからずっと監視されてるよぉ)
念話でメメが奇妙なことを告げてきた。思わず足を止めて、メメに(監視? 誰に?)と尋ねた。
(あ、でも監視されてたけど、もうされてないよぉ)
(は? どういうこと?)
とりあえず立ち止まっているとおかしいので歩きながら念話を続ける。
(う~ん、多分監視されてるのはあの神社かなぁ)
メメが言うには、【亀泉神社】が何者かに監視されているらしく、そこに入った子供ということで注目はされていたが、神社から離れたということで監視は解かれたようだ。
(神社が監視されてる? 一体誰が何のためにそんなことを?)
そこで思い返したのは、先ほど城子が口外するなと言ったこと。
彼女たちが知っている寺で暴れた人物がいたという話だ。その寺とここの神社に深いつながりがあり、さらにはその暴れた人物がまだ捕まっていない。そいつの目的は不明だが、もし怨恨で襲ったということなら、寺の次は神社ということも考えられる。
(他にもいろいろ理由は考えられるけど、メメが言うには感じた視線には悪意みたいなものを感じたみたいだし)
悟円はふと気になり、神社を振り返る。何となくだが嫌な予感が胸に込み上げてきた。
(何か関わったら面倒なことになりそうだし、さっさと家に帰ろう)
そう判断し、できるだけ急いで家へと戻った。
リズミカルに呼吸をしながら家の近所を走っていた。こうしてランニングを始めて一年以上は経つ。最初は琴乃が太ったから朝に走ると言い、それに便乗する形で始めた。
悟円としては瘦せるためではなく体力作りのためだ。気の総量を増やす意味でも重要なトレーニングである。
ただ今、一緒に走っていた琴乃の姿は隣にはない。つい最近、目標体重になったからと止めてしまったのだ。
それからはこうやって早朝に一人で走ることが日課になっている。親からは人目がつくような大きな通りを走ることと、防犯ブザーを三個所持し、必ずGPSつきのスマホを手放さないことを条件に許可してもらっている。
本当にうちの両親は過保護だと思うが、残念なことにロクなことを考えない大人もいるわけで、子供の安全を守る親心を理解できる悟円には断ることはできなかった。
(まあ実際、大人に襲撃を受けたこともあるしなぁ)
ただあの刀を持つ女性は変質者という感じではなかったが。それでも銃刀法違反者であることは間違いない。
この世の中、何が起こるか分からないというのがどの前世でも同じことが言えたので、念には念を入れる両親の考えは決して間違っていないだろう。
一日のノルマである五キロメートルを走り終えたところで、持参しているリュックに入っているスポーツドリンクで喉を潤す。
「ぷはぁ~、やっぱ運動終わりの一杯は格別だなぁ!」
言葉だけを聞けば居酒屋のサラリーマンのようだが、精神年齢的にはもっと上ということもあって言葉に重みがある。
ちなみにメメは数珠として手首に嵌めていて、もう一人の家族であるウララは頭の上にしがみついている。どうやらここが気に入ったようで、いつも乗ってきて髪の毛をいじるのでくすぐったい。
「……ん? あ、ここって……【亀泉神社】だな」
一応毎年初詣には来ているが、それ以外で足を伸ばしたことはなかった。今年も元旦に訪れているので、四カ月ぶりというわけだ。
「相変わらずすっごい階段だよなぁ」
百段以上ある階段。大人でも登り切ると肩で息をしている人は多い。
(あ、でもこれって足腰の鍛錬になるよね)
まだ過度の筋トレはしない方が良いと判断して控えているが、最近若干トレーニングが物足りなくなっている気がしていた。
階段の上り下りをメニューに追加する程度なら、成長にそれほど障害はないと思ったので、最後の締めとして上まで行くことにする。
一歩一歩、決して止まらず一定の速度で上っていく。さすがにランニングの直後ということもあって足への負荷が大きい。それでも一度も止まらずに上まで達することができた。
「ふぅぅぅ~、とうちゃ~くっ! いやぁ、結構疲れたなぁ」
けどいい汗をかけたと思う。せっかくだから軽くお参りしていこう。そう思い本殿へと歩いていく。
まだ午前六時半ということもあって参拝客は見当たらない。人気のない神社って、どこか厳かな雰囲気が増していて緊張感を覚える。
「――――あれぇ、こんなところに子供?」
不意に聞こえてきた声に顔を向けると、そこには箒と塵取りを手にした少女が立っていた。
頭の上にいたウララは、ビクッとしてフードの中に隠れた。
(あ、この人って確か……)
前にも会ったことがある巫女服の少女だった。初めて会ったのは、二年以上前になる。その時は、まだ幼さが残る顔立ちではあったが……。
残念ながら初詣でも会えず、それっきりとなっていた。
「えっと、僕? こんな時間に一人? ここで何してるのかな?」
近づいてくると、努めて優し気な声音で話しかけてきた。
「おはよう、僕のこと覚えてない?」
「え……え?」
「うわぁ、残念だなぁ。僕はちゃんと覚えてるよ、玄子さん」
「ええ!? ちょ、ちょっと待ってね! い、今思い出すから!」
突然慌て始め、必死に思い出そうと頭を悩ませる玄子。
(まあ二年前だし、会って話したのも少しだからな)
だから覚えていても何ら不思議なことではないが。
「んーと……んーとぉ……」
あの時も可愛いらしい人であったが、こうして二年経って少し大人びた女性になっていても、やはり微笑ましいほどの可愛らしさは損なっていないようだ。
「――――そんなところでまたサボりかしら、玄子?」
そこへまた一人、女性の声がしたと思ったら、玄子と同じ巫女服を纏った人物が現れた。
(お、おぉ……!)
悟円が思わず感嘆したのは、その佇まいの美しさに衝撃を受けたからだ。
まるで日本人形のような艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、切れ長の瞳に高い鼻、それにすらりとしたモデルのような体型の女性。さらに右目の涙ぼくろが色気さえ感じさせる妖艶さを纏う美少女がそこにいた。
「あ、お姉ちゃん? って、別に私サボってなんかないよぉ!」
姉ということは、この二人はどうやら姉妹らしい。可愛い系の玄子と違い、こちらは美人系だが確かに顔立ちはどこか似通っている感じがある。
「サボり常習犯は決まってそう言うのよ。……あら、可愛らしいお客様ね」
無感情に見える表情ではあるが、別に怖さは感じない。そんな人物は悟円を視界に捉えた。だから悟円は丁寧に頭を下げて挨拶をする。
「おはようございます。初めまして、僕は万堂悟円といいます」
「へぇ、ずいぶんと礼儀正しい子ね。初めまして、私は奇しくもこの子の姉の亀泉城子よ」
「奇しくも!?」
城子の言葉にショックを受けている玄子だが、城子は完全に無視して続ける。
「この子が何か失礼なことをしていないかしら?」
「ちょっとお姉ちゃん、酷い! そんなことしないよ!」
「うるさいわね。朝からご近所迷惑よ。それで、どうかしら?」
なるほど。何となく二人の力関係が見えた気がする。だからか、ちょっと意地悪をしてみたくなった。
「いいえ、大丈夫です。それに玄子さんとは……初めてを捧げた関係です」
「え……ええぇぇぇぇぇっ!?」
「ちょっと玄子、あなた……いくら男子にモテないからってさすがにこんな子供に何て……」
城子がかなり引き気味に玄子に侮蔑の視線を送る。
「ち、ちちちち違うよ! は、初めてなんかもらってないしぃ! ていうかいくらなんでも子供に手なんか出さないってばぁぁぁ!」
「そ、そんな……玄子さん。僕は嬉しかったのに……っ」
涙目で俯くと、玄子が今までで一番衝撃を受ける。
「ちょ、えっ、あの! いや、だって! えぇっ!? わ、私ってばもしかして知らず知らずにこの子に口には出せないようないやらしいことをしちゃったの!? そういえば私のことを知ってたみたいだし! ああどうしよう! もしそうなら私の人生はここで終わっちゃうよぉぉぉ!」
「玄子…………面会には行くわね」
「しょんなぁぁぁぁぁぁっ!?」
もう完全にパニック状態だ。さすがにここまで真に受けるとは思ってもいなかったので、逆に罪悪感が生まれてくる。
「ねえ僕ぅ! ホントに私が何かしたの!? 教えてぇぇぇ!」
今にも泣きそうな顔をしながら、グイッと顔を寄せてくる。そして悟円はニッコリと笑みを浮かべて答えてやる。
「うん! 初めてここに来た時に、神社を案内してもらったよ!」
「ああ、私ってばこんな小さな子に案内なんてぇ……って、あん…………ない?」
表情がピタリと固まる玄子。そのままギギギと頭を動かして悟円を見つめてくる。
「うん、案内。初めてだったから嬉しかったなぁ」
「案内……案内? ……!? ああぁぁぁっ、もしかしてあの時の男の子ぉ!?」
ようやく思い出してくれたのか、ビシッと指を差してきた。
するとそこでさらに自分かからかわれたことに気づいたのか、顔を真っ赤にして頬を膨らませる。
「もう! もぉう! お姉さんをからかったんだね! イケない子だよぉ!」
「あら、あっさりと子供にからかわれるあなたが愚かなのよ」
「うぐ……お姉ちゃんだって分かってて乗ったくせにぃ」
恨み辛みのこもった眼差しをぶつけられる城子だが、「何のことかしらね」と髪を払う姿が堂に入ってて絵になる。
「改めて、久しぶりだね、玄子さん」
「……はぁ。こんな再会は初めてだよ、悟円くん」
「あ、もしかして今度は玄子さんの初めてをもらった?」
「もう、それいいからぁ!」
やはりこの人、からかうと面白い。反応が大げさだから、きっと一緒に居て楽しいだろう。
「ところで悟円くん、さっきも聞いたけど、こんな時間にどうして?」
「ランニング終わりに立ち寄っただけ。久しぶりだったからね」
「……悟円くんって、まだ小学生だよね? こんな朝からランニング?」
そんなにおかしなことだろうか。今どき、小学生でもクラブ活動やらの影響で早朝ランニングなんて珍しくはないと思う。ただまあ七歳という年齢を考えると特別感はあるが。
「あら、健康的でいいじゃない。あなたも今度から走ったらどう? 最近ウエストが気になっているとか言っていなかったかしら?」
「ちょっ、それここで言わないでよ!」
城子も玄子をからかうのが好きみたいなのは、この一連の流れで理解できている。この人とは仲良くできそうだ。
「けれど少し心配ね。最近物騒でもあるようだし」
突然真面目なトーンで城子は言う。
「そうだよねぇ。私たちが知ってるお寺でも、最近暴れた人がいたくらいだし」
「玄子、その話はあまり口外しないように言われているでしょう?」
「あ、そうだった! ごめん悟円くん、今の忘れてくれるとお姉さん嬉しいなぁ」
必死に懇願してくる玄子ではあるが、どうもポンコツ具合がどんどん増している気がする。
(でも変だな。寺で暴れた人? 最近そんなニュースあったか?)
一応テレビやネットニュースなどで情報は毎日更新しているつもりだが、そのような情報は目にしていなかった。
ただ気になったのは、城子の口外するなという文言。
(秘匿しないといけない事件か何かが身内で起こったってことか?)
推測でしかないが、一体どんな事件なのか少し気になった。しかしさすがに追及することは止めておく。
「まあいいわ。玄子、さっさと朝の御勤めを終わらせるわよ」
「はーい。悟円くん、せっかくだからもう少し話したかったけど、またいつでも来てね!」
「うん、朝はこの時間くらいに立ち寄ることにする。じゃあお仕事頑張って!」
悟円は去って行く二人に手を振り、軽く参拝してから神社から出た。
だがその時だった。
(パパ、さっきからずっと監視されてるよぉ)
念話でメメが奇妙なことを告げてきた。思わず足を止めて、メメに(監視? 誰に?)と尋ねた。
(あ、でも監視されてたけど、もうされてないよぉ)
(は? どういうこと?)
とりあえず立ち止まっているとおかしいので歩きながら念話を続ける。
(う~ん、多分監視されてるのはあの神社かなぁ)
メメが言うには、【亀泉神社】が何者かに監視されているらしく、そこに入った子供ということで注目はされていたが、神社から離れたということで監視は解かれたようだ。
(神社が監視されてる? 一体誰が何のためにそんなことを?)
そこで思い返したのは、先ほど城子が口外するなと言ったこと。
彼女たちが知っている寺で暴れた人物がいたという話だ。その寺とここの神社に深いつながりがあり、さらにはその暴れた人物がまだ捕まっていない。そいつの目的は不明だが、もし怨恨で襲ったということなら、寺の次は神社ということも考えられる。
(他にもいろいろ理由は考えられるけど、メメが言うには感じた視線には悪意みたいなものを感じたみたいだし)
悟円はふと気になり、神社を振り返る。何となくだが嫌な予感が胸に込み上げてきた。
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