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「――――なるほど。強い霊力と気を持ち合わせ、妖と接することができ、さらにはお前を撃退することのできる少年か」

 朱衣から【奥竹公園】にて経験したことを聞かされた剣樹は低く唸る。

「お前が儂にそのような冗談や嘘を言うとも思わんが、にわかには信じられぬ話ではあるな」

 そうだろう。朱衣も自分だって口にしていた、あまりにも突拍子もない話だと思うのだから。しかし嘘偽りのない現実に起こったことだ。

「正直、油断はしていましたが、それにしてもあの子供は異端とも思えるような力を振るっておりました」

 敵として見ていたわけではないので、手加減はしていたものの、それでもたかが子供に後れを取るような鍛え方はしていない。それなのにこうも簡単に手玉に取られるなんて、まるで有能な戦士と対峙していたかのようだ。

 そうでなくとも、霊力のみならず気まで扱えるということ自体がすでに異質なのだ。少なくともそんな子供を見たことがない。

「子供……子供か」
「? 何か気になることが?」
「うむ。実はな……件の二年前の『霊宝』消失事件で、少し気がかりなことがあってな」
「気がかり……ですか?」

 そして聞かされる。二年前の事件が起きる前、剣樹もまた自分の孫である玄子から聞いたという、不思議なことを口にした子供の話を。

「…………常人には見えないはずの封印された祠と泉を目にした子供、ですか」
「そうだ。儂もまさかとは思った。だがまあ珍しくはあろうが、絶対にないとは言い切れぬのでな」

 無邪気な子供や動物などが、幽霊など普通では得体の知れないモノとたまたま波長が合い、それらを目にするというようなことは有り得ないわけではない。
 本能の感度とでも呼ぶべきか、それが鋭い子供はそれなりに存在するのだ。子供の時分、いわゆる霊感が高いのだ。それが大人になるにつれて弱まっていくのが普通なのである。 

 我々退魔士は、幼い頃から霊感が高く、それを鍛え続けてきたからこそ、強い霊力を維持することが可能なのだ。

「そしてその夜に判明したのだ。『霊宝』が失われていることにな」
「そう……でしたか。しかしまさかとは思いますが、その子供が『霊宝』を手にしたと?」
「今、お前の話し聞き、もしやと思ったまでだ」
「しかしながら、たとえ祠を視ることができようとも、剣樹様の結界を破り、祠の封印まで解くなどできるとは思えませんが」
「先ほども申したであろう。儂の結界は破られたわけではない。恐らく内側から中和されたのだと。それを成したのは恐らく……『霊亀』そのものだとな」

 そういえば確かに剣樹は、自ら結界が破られたとは一言も言っていなかった。そこは明らかに自分が勘違いしていたこと。

「し、しかし結界はまだしも、封印までどうやって解いたというのでしょうか? いくら『霊亀』が招き入れたといっても、封印自体をどうにかできるとは思えないのですが」

 そもそもその『霊亀』を封じるための封印であり、『霊亀』自身がどうにかできるなら、もうとっくに封印が解かれていてもおかしくはない。

「どうやって封印を解いたまでは分からぬ。しかし招き入れた者の力によって、というのが正しい見解であろうな」
「その……祠を視たという子供がでしょうか?」
「誠に信じられぬことではあろうがな」

 その通りだ。辻褄は合っていても、どうにも納得することはできない。
 仮にその子供が神やそれに準ずる存在だというのならまだしも、霊感が強いだけの子供にどうにかできるとは思えないのだ。

「朱衣よ、お前と相対したその子供はどのような子だったのだ?」
「え? ……! まさか剣樹様は、その子供が二年前の?」
「うむ、その可能性は高いと睨んでおる」
「いや、まさか、でも……そんな……あの子が?」

 朱衣の脳裏に浮かぶ少年。確かに年相応というよりは、かなり大人びた子ではあった。あの年であれほどの術を扱えるのも特異である証拠。
 その力を『霊亀』に見初められて、二年前に呼ばれたとすると有り得ないという話ではない。

(それにあの時、私を吹き飛ばしたナニカ……一瞬だが物凄い霊力を感じた。あれは……そうだ、少年から感じたものではない。もしあれが『霊亀』に関する力の一端なら……)

 妖を庇う少年を追い詰めたその瞬間、自分の腹部にナニカが激突してきたことを覚えている。凄まじい衝撃で防御すらできずに弾かれてしまった。

 ズキッ……と、今も鈍痛がある。

 あの時、少年以外の何者かが介入してきたのは明らか。そしてそれが『霊亀』なのか、あるいはそれに連なった存在か。確かなのは少年を守るために現れたことは分かっている。

「……剣樹様、仮にその少年が件の『霊宝』を手にした者ならどうなさるおつもりですか?」
「当然直接会って話を聞く」
「しかし剣樹様の見解が正しいのであれば、その少年は『霊亀』に選ばれた存在。下手な接触を図ると『霊亀』が敵意を向けてくるやもしれませぬ」
「うむ。だがこのまま放置はできぬだろう。『霊亀』の考えも分からぬし、大きい力は必ず別の力を呼び込んでしまう。もし、雷蔵を倒したというその魔法使いが、その少年の力を知ればどうなると思う?」
「!? ……排除するか、または利用しようとするか」
「その通りだ。『霊亀』ほどの力だ。力を求める者にとっては文字通り宝そのものだろうしな」

 それは昔から変わっていない人間の闇の部分だ。特に力に魅入られた人間は、より大きな力を求めようとする。たとえ自分以外の存在がどうなろうと関係ない。ただただ欲望のままに手を伸ばしてくるのだ。

 人を傷つけるような輩が、少年のことを知れば必ず接触し、その力を得ようとしてくるに違いない。最悪少年の命を奪っても。それだけは絶対にあってはならない。

「落ち着け、殺気が漏れておるぞ」
「! ……申し訳ありません」
「ふっ、お前は相変わらず子供が好きなようだから仕方ないだろうがな」

 恥ずかしい。感情を抑え切れないなど、まだまだ修練が足りない。

「できれば一刻も早く、その少年を見つけ出したいが……むっ」

 顔色を変えた剣樹が、眼にも止まらない速度で懐から札を取り出すと、そのまま天井へ向かって放った。
 札はまるで鋭い刃のように天井へ突き刺さると、「キィィッ!?」と甲高い獣の声が響く。

 朱衣も傍に横たえていた刀を取ると、札が突き刺さった部分まで跳躍し刀を一閃する。
 天板の一部が切断され、そこから切れた板と一緒に何かが落ちてきた。

「――これは!?」

 朱衣は思わず眉をひそめてしまう。
 対して比較的冷静な剣樹は、その何かに近づいてその手に掴み上げた。
 その容貌は間違いなく〝蛇〟であり、普通なら驚きはするが、それで終わるだろう。
 しかしその蛇がただの蛇ではないことに、朱衣も剣樹も気づいていた。

「ふむ。どうやら使い魔のようだな」

 剣樹の言葉に朱衣は首肯する。
 使い魔――それは魔法使いが使役する生物であり、知能が高い使い魔は人語をも話すことができるのだ。

 何故この蛇が使い魔だと分かったのか、その理由は蛇から感じる霊力だ。普通の蛇では考えられないほどの霊力を所持している。とはいっても、魔法使いは霊力ではなく魔力と呼ぶようだが。

「しかしここまで侵入されて気づかないとは……」
「余程隠密に長けた才を持つのだろう。儂もほんの僅かに気配を感じただけだったしな」

 しかしさすがは剣樹だ。不甲斐ないことに自分では気配を察知することができなかったのだから。

「使い魔を放ってきたということは、例の魔法使いが、今度はココに目を付けたということだな」

 朱衣も剣樹と同意見だった。先日の【麒麟寺】の一件から考えて同一犯の可能性が高いからだ。きっと使い魔の目を通して、こちらの様子を窺っていたのだろう。

「!? 剣樹様、今の話を聞かれたのでは?」
「…………急がねばな。朱衣よ、お前にも動いてもらうぞ」
「当然です! あの少年を魔法使いに渡すわけにはいきませんから!」

 彼の命を守るためにも、朱衣は必ずまたあの少年と会うことを決意した。

     ※

「――――おっと、気づかれたようだねぇ」

 【亀泉神社】から数キロメートル離れたビルの屋上にて、一人の人物がつまらなそうに溜息を吐く。
 開いた右手にはクリスタルが置かれているが、それは砕かれていて、徐々に砂状へと変化していく。そのまま風に吹かれてどこかへと流れていった。

 その人物の風貌は、夜でも目立つ白いスーツ姿に金色の髪。歳は二十代ほど。高身長でスタイルが良く、まるで映画スターのような華のある顔立ちである。
 さらに赤い皮手袋を左手にしているので、白スーツと相まって余計に目立つ存在だ。

「さすがは音に聞こえた亀泉剣樹。是非一戦交えてみたい……が、今はそれよりも気になることがあるかな」

 この男こそ、剣樹と朱衣の会話を使い魔を通して盗み聞きしていた張本人であった。

 男の名は――火座町《かざまち》・アルファ・清隆。

 建設業界の世界市場シェアトップ10にその名を連ねる【火座町建設】の御曹司。
 そして、現代に生きる魔法使いの一人。

「『霊亀』に選ばれた少年……実に興味深い。うんうん、会ってみたいなぁ」

 まるで獰猛な獣が餌を見つけたような執念に満ちた瞳に、楽し気にニヤリと上がる口角。
 こうして知らず知らず、周りの大人たちから注目を浴びていく万堂悟円であった。


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