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「あれから二年、失われた『霊亀』についてはどうですか?」
「残念だが何一つ情報は得られておらぬ。そちらはどうだ?」
「こちらも調査致しましたが……」
つまり『霊亀』に関してはまったく居所が掴めていないのだ。
仮に剣樹の言うように悪意ある者の手に渡っていたら、何かしらこの世に不穏な動きを見せていたはず。それこそ『霊亀』ほどの莫大な霊力を手にすれば、一国を相手にすることすら可能なのだから。しかしこの二年間、平穏そのものだった。
「ならば先だって調査せねばならぬのは、此度の件だな。その襲撃者の正体に関して、何かしらの情報はないのか?」
「祖父が意識を取り戻せばあるいは……。ただ、その輩が所持していたものの一部が【麒麟塚】の傍に落ちておりました」
朱衣は懐から包みに治められている細長いものを取り出し剣樹に渡す。
剣樹が包みを解いていき、その中身を見て「これは……っ」と、険しい顔つきを見せた。
それは樫の木で造形されていて、半ばから砕けてしまっているが、頭頂部らしき部分には紫水晶のような玉が嵌め込まれていた。
「間違いない…………奴ら――――〝魔法使い〟の杖だな」
「はい、その通りです。ただ【魔法協会】の連中が戦争の火種になるようなことをするでしょうか?」
我々退魔士は、魔法使いたちが所属する【魔法協会】と戦争を起こした過去がある。その理由は幾つかあるが、一番大きいのは領域問題であろう。
簡単にいうと縄張り争いというわけだ。その争いは遡れば遥か昔から続いており、魔法使いと退魔士はそれぞれの権力や土地を巡って争ってきたのである。
そして最近でいえば二十年前に二つの勢力がぶつかり、多くの被害を出してしまっていた。これ以上は、互いに殲滅するまで続き、どちらが勝ったとしても悲惨な結果しか待っていないと、上層部たちは休戦協定を結んだのである。
ただもちろん、戦争の被害者は今も互いを憎んでいるだろうし、何かきっかけがあればまた二十年前の再来になりかねない。
だから互いの組織――【魔法協会】と【退魔結社】は、外部と内部、それぞれに目を光らせ、愚行を起こさないように努めているはずなのだ。
「そうだな。単独で行動していたことを鑑みるに、もしや〝はぐれ〟なのかもしれぬな」
つまり剣樹は、相手は魔法使いではあるものの、協会には属していない単独犯だと言いたいのだ。確かにそれなら納得ができる。
「だとすれば協会に情報提示をすればどうでしょうか? 単独犯といえど、以前に所属しており情報が残っているかもしれません」
「そうだな。向こうは良い顔はせぬだろうが、こちらから連絡をしておこう」
これで何か分かればいいのだが……。
「そういえば雷蔵が目覚めないといったが、どれほどの傷を負ったのだ?」
「それがですね、外傷は一つもしないのです」
「何? ではどうして目覚めない?」
「担当医によると、恐らくは高度な幻惑魔法にかかっているのではないかと」
「幻惑……なるほど、魔法使いたちがよく使っていた手だな。対象を幻夢へと誘い、その隙に本体に攻撃を加える」
相手は夢の世界で無防備なため、攻撃をまもとに受けてしまうのだ。
しかし幻惑魔法といえど、祖父ほどの実力者が今もなお幻夢に囚われている事実から、魔法使いでもトップクラスの強者だといえる。
「解法は試してみたのか? いや、当然しておるか」
「はい。ですが解法に特化した腕利きの者でも、祖父を目覚めさせることが叶いませんでした。実はここに来たもう一つの目的に、幻惑を破ることができる者の心当たりがないか剣樹様にお聞きするというのもございました」
「そうだったか。うむぅ……すまぬな、結界や呪術なら得手としているが、幻惑魔法の解方については儂では力不足だろう。心当たりも……すまぬ」
「いいえ、祖父のことですから、いずれ己の力で幻惑を破ると信じております」
「……そうだな。あやつは退魔士としても優秀だ。きっと回復できると信じるとしよう」
正直、期待していなかったと言えば嘘になる。祖父と同等の力を持つ剣樹ならば、祖父を幻惑から救い出せるのではと。しかしそれも残念な結果に終わった。
祖父が自らの力で幻惑を破る可能性も否定していないが、それでもできれば早く目覚めてほしい。あまり魔法に囚われ続けると、身体がどんどん衰弱していってしまうからだ。
「ところで一つ気になることがあるのだが、聞いてもよいか?」
「あ、はい。何でもお聞きください」
「ここに来た時から気にはなっていたのだが、どうしてそのように着衣が乱れておるのだ? まるで戦闘でもしてきたかのようだぞ」
「そ、それは……」
一応身嗜みは整えてきたつもりだったが、着替えは持ってきていなかったのが痛い。今着用している服は、ところどころ破れていたり傷がついていたりしている。
自分としてはこうなった原因を口にしたくないが、師である方に聞かれたら黙っていることなどはできない。
「実は信じてはもらえないかもしれませんが――」
朱衣は、ここに来る途中で遭遇した一人の少年と妖について話した。
「残念だが何一つ情報は得られておらぬ。そちらはどうだ?」
「こちらも調査致しましたが……」
つまり『霊亀』に関してはまったく居所が掴めていないのだ。
仮に剣樹の言うように悪意ある者の手に渡っていたら、何かしらこの世に不穏な動きを見せていたはず。それこそ『霊亀』ほどの莫大な霊力を手にすれば、一国を相手にすることすら可能なのだから。しかしこの二年間、平穏そのものだった。
「ならば先だって調査せねばならぬのは、此度の件だな。その襲撃者の正体に関して、何かしらの情報はないのか?」
「祖父が意識を取り戻せばあるいは……。ただ、その輩が所持していたものの一部が【麒麟塚】の傍に落ちておりました」
朱衣は懐から包みに治められている細長いものを取り出し剣樹に渡す。
剣樹が包みを解いていき、その中身を見て「これは……っ」と、険しい顔つきを見せた。
それは樫の木で造形されていて、半ばから砕けてしまっているが、頭頂部らしき部分には紫水晶のような玉が嵌め込まれていた。
「間違いない…………奴ら――――〝魔法使い〟の杖だな」
「はい、その通りです。ただ【魔法協会】の連中が戦争の火種になるようなことをするでしょうか?」
我々退魔士は、魔法使いたちが所属する【魔法協会】と戦争を起こした過去がある。その理由は幾つかあるが、一番大きいのは領域問題であろう。
簡単にいうと縄張り争いというわけだ。その争いは遡れば遥か昔から続いており、魔法使いと退魔士はそれぞれの権力や土地を巡って争ってきたのである。
そして最近でいえば二十年前に二つの勢力がぶつかり、多くの被害を出してしまっていた。これ以上は、互いに殲滅するまで続き、どちらが勝ったとしても悲惨な結果しか待っていないと、上層部たちは休戦協定を結んだのである。
ただもちろん、戦争の被害者は今も互いを憎んでいるだろうし、何かきっかけがあればまた二十年前の再来になりかねない。
だから互いの組織――【魔法協会】と【退魔結社】は、外部と内部、それぞれに目を光らせ、愚行を起こさないように努めているはずなのだ。
「そうだな。単独で行動していたことを鑑みるに、もしや〝はぐれ〟なのかもしれぬな」
つまり剣樹は、相手は魔法使いではあるものの、協会には属していない単独犯だと言いたいのだ。確かにそれなら納得ができる。
「だとすれば協会に情報提示をすればどうでしょうか? 単独犯といえど、以前に所属しており情報が残っているかもしれません」
「そうだな。向こうは良い顔はせぬだろうが、こちらから連絡をしておこう」
これで何か分かればいいのだが……。
「そういえば雷蔵が目覚めないといったが、どれほどの傷を負ったのだ?」
「それがですね、外傷は一つもしないのです」
「何? ではどうして目覚めない?」
「担当医によると、恐らくは高度な幻惑魔法にかかっているのではないかと」
「幻惑……なるほど、魔法使いたちがよく使っていた手だな。対象を幻夢へと誘い、その隙に本体に攻撃を加える」
相手は夢の世界で無防備なため、攻撃をまもとに受けてしまうのだ。
しかし幻惑魔法といえど、祖父ほどの実力者が今もなお幻夢に囚われている事実から、魔法使いでもトップクラスの強者だといえる。
「解法は試してみたのか? いや、当然しておるか」
「はい。ですが解法に特化した腕利きの者でも、祖父を目覚めさせることが叶いませんでした。実はここに来たもう一つの目的に、幻惑を破ることができる者の心当たりがないか剣樹様にお聞きするというのもございました」
「そうだったか。うむぅ……すまぬな、結界や呪術なら得手としているが、幻惑魔法の解方については儂では力不足だろう。心当たりも……すまぬ」
「いいえ、祖父のことですから、いずれ己の力で幻惑を破ると信じております」
「……そうだな。あやつは退魔士としても優秀だ。きっと回復できると信じるとしよう」
正直、期待していなかったと言えば嘘になる。祖父と同等の力を持つ剣樹ならば、祖父を幻惑から救い出せるのではと。しかしそれも残念な結果に終わった。
祖父が自らの力で幻惑を破る可能性も否定していないが、それでもできれば早く目覚めてほしい。あまり魔法に囚われ続けると、身体がどんどん衰弱していってしまうからだ。
「ところで一つ気になることがあるのだが、聞いてもよいか?」
「あ、はい。何でもお聞きください」
「ここに来た時から気にはなっていたのだが、どうしてそのように着衣が乱れておるのだ? まるで戦闘でもしてきたかのようだぞ」
「そ、それは……」
一応身嗜みは整えてきたつもりだったが、着替えは持ってきていなかったのが痛い。今着用している服は、ところどころ破れていたり傷がついていたりしている。
自分としてはこうなった原因を口にしたくないが、師である方に聞かれたら黙っていることなどはできない。
「実は信じてはもらえないかもしれませんが――」
朱衣は、ここに来る途中で遭遇した一人の少年と妖について話した。
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