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――【亀泉神社】。
その社務所にある座敷にて、二人の人物が顔を突き合わせていた。
一人は宮司を務める亀泉の長――剣樹。そしてもう一人は――。
「久方ぶりだな――――朱衣」
――麟崎朱衣だった。
「ご無沙汰しております、剣樹様。この度は、突然の訪問を快く迎えてくださり、誠に感謝致します」
正座にて丁寧に頭を下げる朱衣。この仕草から、二人の序列関係が理解できる。
「相変わらず堅苦しいな。公の場でもないのだ。もう少し楽にするとよい」
「し、しかし……剣樹様は我が剣の師でもあります」
「そうは言っても、教えていたのは一年ほどで師と呼ぶほどの関係ではあるまい」
「それでも私にとっては濃密な一年間であり、こうしていまだ剣を振るえるのも剣樹様がいてくださったお蔭ですので」
態度を崩すつもりなどない朱衣に対し、剣樹はその頑なさに苦笑を浮かべる。
「まあよい。それで訪問の理由を聞こうか。何でも儂に直接話さないといけないことがあるとのことだが?」
「…………先日、【麒麟塚《きりんづか》】に襲撃者がございました」
「!? ……もしや封印が解かれたのか?」
一瞬にして剣呑な雰囲気になった剣樹だが、朱衣は静かに頭を左右に振る。
「いえ、危ういところでしたが撃退に成功致しました」
その言葉にホッと息を吐く剣樹。
「それは安心だ。寺の者は無事なのか? 雷蔵は?」
「寺の者は祖父が守り、さらに襲撃者を撃退しました」
「うむ、さすがは雷蔵だな」
しかし朱衣の表情が曇ったのを見て、剣樹は「どうかしたのか?」と尋ねた。
「……しかしながら、戦いの最中、その襲撃者の一撃をまともに受けてしまい、祖父は今、床に伏せております」
「何と!? あの雷蔵がか!?」
「っ……はい。襲撃者は単独でした。その上で【麒麟寺】に忍び込み、祖父と戦い、しかも逃げおおせております」
それは深夜の出来事だったと朱衣は言う。そして倒れた雷蔵は、今も寝たきりで意識も戻らない。
「うむぅ……あの雷蔵が重傷を負い、退けるのに手一杯だったというわけか。何者か判明はしておるのか?」
朱衣はきつく歯を食いしばりながら首を左右に振る。
「その時、私は地方に仕事で出払っていました。せめて私がその場にいれば力になれたものを……っ」
全身を悔しさと怒りで震わせる朱衣に、剣樹はそっと近づいてその肩に手を置く。
「この世はすべて巡り合わせだ。良いことも悪いことも、その流れの中で受け止めねばならん。だからそう自分を責めるでない。雷蔵は生きている。それでまずは感謝せねばな」
「剣樹様…………はい」
元の位置に座り直した剣樹が、再び口を開く。
「朱衣よ、二年前のことを覚えておるか?」
「二年前……?」
「この神社にて起きた不可思議な出来事をだ」
「! それは例の『霊亀』の封印が解かれたことでございますか?」
「うむ。当時のことは本当に不可思議でしかない。何の前兆も、儂が施した結界を解かれた様子もなく、ただ祠の中に封印されていたはずの『霊宝』は失われておった」
「それは二年前に私も祖父から聞かされ驚きました。まさか剣樹様の結界を破り、なおかつ強固な封印を破った者がいるなんて冗談かと思いましたから」
「もしや悪意ある者の手に渡ったのではと危惧し、お主らとも連携を図り、戦争の準備すら整えていたが……」
「結局何も起こらなかった」
朱衣の言葉に剣樹が首肯する。
「剣樹様は、今回の件はその二年前に起こったものと同一だと?」
しかし剣樹は否定するように頭を振る。
「二年前のあの出来事。そもそも結界が破られたのなら儂が必ず気づく。しかしその気配もなく、結界はそのままにして祠の封印のみを解いた存在がいる。明らかに普通ではない。だから儂はこう考えた。もしかすると『霊亀』そのものが何者かを呼び寄せ封印を解かせたのではないか、とな」
「『霊亀』そのものが、ですか?」
「うむ。そうであるなら納得できるのだ。あの結界は外側から無理矢理開けるとなると、必ず儂は気づく。しかし内側からなら話は別だ。恐らく『霊亀』が僅かな霊力で封印を一時的に中和し、その何者かを招き入れ、そこで封印を解かせた」
「し、しかしそれは何のために……? 伝承では、『霊亀』は自ら進んで封印されたとあります。何故今になって封印を解こうと? しかも外部の者を招き入れてまで」
「詳しくは儂にも分からぬ。しかし音も気配もなく結界の中に入り、さらに強固な封印が解かれたという事実は、やはりそうとしか思えないのだ」
つまり彼が言っているのは、『霊亀』がその何者かと協力をしたということ。
「ただそうなると、二年前のことと今回のことは、同じように見えて些か異なっておる。それは襲撃者が力尽くだったということ」
「! ……確かに」
「しかも事を起こしたのは深夜なのだろう。しかし二年前は白昼堂々と、だ。そんなことができるのなら、今回も騒ぎなど起こさずとも封印を解けたのではないか?」
「そういえば……では、二つの事件に繋がりはないということですね?」
「そう確信できるわけではないが、手口がまったく異なっている以上は、な」
剣樹の見解に朱衣もまた納得することができた。
その社務所にある座敷にて、二人の人物が顔を突き合わせていた。
一人は宮司を務める亀泉の長――剣樹。そしてもう一人は――。
「久方ぶりだな――――朱衣」
――麟崎朱衣だった。
「ご無沙汰しております、剣樹様。この度は、突然の訪問を快く迎えてくださり、誠に感謝致します」
正座にて丁寧に頭を下げる朱衣。この仕草から、二人の序列関係が理解できる。
「相変わらず堅苦しいな。公の場でもないのだ。もう少し楽にするとよい」
「し、しかし……剣樹様は我が剣の師でもあります」
「そうは言っても、教えていたのは一年ほどで師と呼ぶほどの関係ではあるまい」
「それでも私にとっては濃密な一年間であり、こうしていまだ剣を振るえるのも剣樹様がいてくださったお蔭ですので」
態度を崩すつもりなどない朱衣に対し、剣樹はその頑なさに苦笑を浮かべる。
「まあよい。それで訪問の理由を聞こうか。何でも儂に直接話さないといけないことがあるとのことだが?」
「…………先日、【麒麟塚《きりんづか》】に襲撃者がございました」
「!? ……もしや封印が解かれたのか?」
一瞬にして剣呑な雰囲気になった剣樹だが、朱衣は静かに頭を左右に振る。
「いえ、危ういところでしたが撃退に成功致しました」
その言葉にホッと息を吐く剣樹。
「それは安心だ。寺の者は無事なのか? 雷蔵は?」
「寺の者は祖父が守り、さらに襲撃者を撃退しました」
「うむ、さすがは雷蔵だな」
しかし朱衣の表情が曇ったのを見て、剣樹は「どうかしたのか?」と尋ねた。
「……しかしながら、戦いの最中、その襲撃者の一撃をまともに受けてしまい、祖父は今、床に伏せております」
「何と!? あの雷蔵がか!?」
「っ……はい。襲撃者は単独でした。その上で【麒麟寺】に忍び込み、祖父と戦い、しかも逃げおおせております」
それは深夜の出来事だったと朱衣は言う。そして倒れた雷蔵は、今も寝たきりで意識も戻らない。
「うむぅ……あの雷蔵が重傷を負い、退けるのに手一杯だったというわけか。何者か判明はしておるのか?」
朱衣はきつく歯を食いしばりながら首を左右に振る。
「その時、私は地方に仕事で出払っていました。せめて私がその場にいれば力になれたものを……っ」
全身を悔しさと怒りで震わせる朱衣に、剣樹はそっと近づいてその肩に手を置く。
「この世はすべて巡り合わせだ。良いことも悪いことも、その流れの中で受け止めねばならん。だからそう自分を責めるでない。雷蔵は生きている。それでまずは感謝せねばな」
「剣樹様…………はい」
元の位置に座り直した剣樹が、再び口を開く。
「朱衣よ、二年前のことを覚えておるか?」
「二年前……?」
「この神社にて起きた不可思議な出来事をだ」
「! それは例の『霊亀』の封印が解かれたことでございますか?」
「うむ。当時のことは本当に不可思議でしかない。何の前兆も、儂が施した結界を解かれた様子もなく、ただ祠の中に封印されていたはずの『霊宝』は失われておった」
「それは二年前に私も祖父から聞かされ驚きました。まさか剣樹様の結界を破り、なおかつ強固な封印を破った者がいるなんて冗談かと思いましたから」
「もしや悪意ある者の手に渡ったのではと危惧し、お主らとも連携を図り、戦争の準備すら整えていたが……」
「結局何も起こらなかった」
朱衣の言葉に剣樹が首肯する。
「剣樹様は、今回の件はその二年前に起こったものと同一だと?」
しかし剣樹は否定するように頭を振る。
「二年前のあの出来事。そもそも結界が破られたのなら儂が必ず気づく。しかしその気配もなく、結界はそのままにして祠の封印のみを解いた存在がいる。明らかに普通ではない。だから儂はこう考えた。もしかすると『霊亀』そのものが何者かを呼び寄せ封印を解かせたのではないか、とな」
「『霊亀』そのものが、ですか?」
「うむ。そうであるなら納得できるのだ。あの結界は外側から無理矢理開けるとなると、必ず儂は気づく。しかし内側からなら話は別だ。恐らく『霊亀』が僅かな霊力で封印を一時的に中和し、その何者かを招き入れ、そこで封印を解かせた」
「し、しかしそれは何のために……? 伝承では、『霊亀』は自ら進んで封印されたとあります。何故今になって封印を解こうと? しかも外部の者を招き入れてまで」
「詳しくは儂にも分からぬ。しかし音も気配もなく結界の中に入り、さらに強固な封印が解かれたという事実は、やはりそうとしか思えないのだ」
つまり彼が言っているのは、『霊亀』がその何者かと協力をしたということ。
「ただそうなると、二年前のことと今回のことは、同じように見えて些か異なっておる。それは襲撃者が力尽くだったということ」
「! ……確かに」
「しかも事を起こしたのは深夜なのだろう。しかし二年前は白昼堂々と、だ。そんなことができるのなら、今回も騒ぎなど起こさずとも封印を解けたのではないか?」
「そういえば……では、二つの事件に繋がりはないということですね?」
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