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「――逃がすか!」
妖はネズミのように素早い動きで逃げるが、刀を持つ女性――麟崎朱衣《りんざきしゅい》もまた人間離れした速度で追いつき妖の前に先回りした。そして止まらざるを得なかった妖に向かって、刀の切っ先を向けて……。
「……子供を誑かす妖はこの私が滅却する」
殺意を込めながら小人に突きを放つが――。
「――なっ!?」
朱衣が驚愕し目を見開く。それもそのはずだ。何故なら、妖の前に少年が両腕を広げて立ち塞がっていたのだから。
すぐに攻撃の手を止め、少年に怪我を負わせることはなかった。
「……何のつもりだ、坊や?」
「弱い者いじめはカッコ悪いですよ」
「よ、弱い者いじめでは――っ!?」
朱衣の言葉は途中で遮られた。その理由は、少年から突如として眩い光が放出されたからだ。
そして光が収まり視力が戻ると、そこにはすでに少年と妖の姿はなかった。
「何!? 一体どこに……っ」
思わず瞠目する。これでも朱衣は妖が何をしても対処できるように一応は警戒していたのだ。まさか少年が事を起こすとは思っていなかったので驚きはしたが、それでも一瞬にして見失うというようなことは今までに一度もなかった。
(それに先ほどの光……明らかに霊力が込められていた。まさかあの年で自在に霊力を扱えるというのか?)
だとするなら、妖と一緒にいるのは非常にマズイと判断する。何故なら妖というのは霊力を好む。とりわけ人間のものを。さらにいうなら子供の純粋な霊力はご馳走に近いのだ。
(恐らく少年の霊力に引き寄せられたか……このままでは危ういな)
下手をすればすべての霊力を吸われて廃人となるかもしれない。実際にそういう事例は幾つも存在した。
「くっ、子供に手を出そうとするなど許せることではない!」
歯が成るほどに食いしばるが、すぐに冷静さを取り戻し目を閉じて精神を集中させる。
(僅かに霊力の残滓が足跡を作っている。やはりまだ子供か)
熟練者ならば、そんな痕跡は残さない。というよりもそこまでできる子供はいないだろうが。
「待っていろ、すぐに助けてやるからな!」
刀を持つ手に力込めてつつ、霊力の足跡を追っていった。
※
最初は人が多いところへ向かおうと思ったが、小人を他の人の目に晒すのもどうかと思ったので、より竹が密集していて隠れられるところへと来ていた。
そのまま竹を背にして座り込み、手に持っていた小人をそっと下ろしてやる。
「怪我はないよな?」
そう尋ねると、小人はバンザイして元気だと示すと、猫みたいに擦り寄ってきて懐いてくる。
(それにしてもあの人、一体何なんだ? 確かコイツのことを妖とか言ってたけど)
どう考えても普通ではない。刀を持っているのもそうだが、小人を見ても驚くよりも処理しようとしてくるし。
(つまりこういう存在は珍しいわけじゃないってことだよな?)
少なくともあの女性にとってはだ。
「妖かぁ。つまりコイツって妖怪の一種ってこと?」
そこで前世の知識から妖怪について引っ張り出していく。
前世の一つに妖怪と人間との間に生まれたハーフという漫画に出てきそうな設定を持つ自分がいた。
よく物語の設定にもあるように、その世界でもハーフは忌み嫌われていて、妖怪からも人間からも侮蔑の対象だったのだ。最終的に同じハーフたちが住む集落を襲撃され全滅した。毎度思うが本当に悟円の前世は、ロクな人生を送った者がいない。
そんな世界には妖怪は山ほどいたが、小人のようなものがいなかったのだ。ただ似た感じの奴はいたが。
(じゃあやっぱりコイツは妖怪なのかねぇ)
妖怪は人間にとって明確な感情や特殊能力を持つ動物のようなものだ。だから言葉が通じれば共存できることもあれば、種族が違うと怖れを抱き拒絶する者もいる。
しかしながら小人はどうだろうか。言葉は通じている感じだが、まったくといっていいほど脅威は感じない。むしろペット感がある。可愛いし。
指先でツンツンしてやると、小人も楽し気に揺れている。
「――――ここにいたか」
不意に聞こえた声音にビクッとなる。見れば、先ほどの女性が近くに立っていた。
(おいおい、もう見つかったのかよ!?)
あの時、小人が殺されそうになって庇った時だ。瞬時に光属性の魔法を放って、女性の視力を一時的に奪い、全速力でここまできた。追いかけられている気配はなかったはず。
それなのにこんなにも早く見つかるなんて、まるでここに隠れているのを知っていたかのような。
悟円は小人を抱えて立ち上がる。しかし背中には竹があり踵を返すことはできない。
「お、お姉さん……できればその物騒なものをしまってほしいんですけど……?」
とりあえずあまり刺激しないように接する。とはいってもさっき光魔法を使ってまで逃げているので今更な気もするが。
それを証明するかのように、悟円を逃がさないと言わんばかりに立ち塞がり刀を構えたままだ。
「坊や、坊やには分からないかもしれないが、その手の中にいる存在は危険なんだ」
「べ、別に噛みついたりしないよ?」
「そうだろう。しかし知らず知らず霊力を食われてしまい、気づけば衰弱……いや、これでは言い方が難しいか。うむ……ソイツと一緒にいれば、そのうち坊やはしんどくなって倒れてしまうのだ」
霊力を食われると言われ、少し不安にはなったが、今も霊力を小人に食われている様子はない。
「れ、れいりょくって何ですか?」
とりあえず時間稼ぎに誤魔化してみる。
「とぼけても無駄だ。坊や、君は先ほど霊力を使ったではないか」
はい、バレてました。
(けどさっきのは魔法なんだよな。まあ、霊力と魔力は同じようなものだから間違ってないけど……)
しかしこちらが不可思議な力を使えることがバレてしまったしどうするか……。
「ただまだ未熟みたいだが。こうして坊やの後を追えたのも、霊力の足跡が残っていたからだしな」
その言葉を聞いてハッとなる。
(そっか。まだ魔力コントロールを極めてるわけじゃない。今の僕じゃ魔力を完全に抑えることができない。それを辿られたってわけだ。このお姉さん、思った以上に感知能力に長けてるみたいだな)
魔力感知。あるいは霊力感知の能力に秀でているのだろう。となると、この場から逃げてもまた追いつかれそうだ。
「ったく、これから大物を狩らないといけないというのに……」
そう愚痴めいたことを呟く女性だったが、その声は悟円の耳にしっかり届いていた。
(大物……? つまりコイツみたいな妖で、とんでもなく強い奴がいるってことかな?)
だとすると、本当にこの世界はファンタジーに満ちているとしか考えられない。しかしネットでの情報に引っ掛からないとするなら、何かしらの方法で隠蔽をしているのかもしれない。
もしかしたらこのあと、自分の記憶も消去させられるような事態に陥る可能性もあると思い背筋が寒くなる。
(だったらやっぱりどうにかしてこの人から逃げるか……倒すか、か)
向こうはさすがに子供相手に本気にはならないだろうが、こちらも倒すなら相応の力を出す必要がある。それに失敗すれば、今度こそ向こうも本気になる危険性が高い。
(向こうの実力次第だけど、達人レベルとかだったら終わるな)
それに一度もう光魔法で騙す手法を見せているので、同じ手は食わないだろう。
「さあ坊や、ソイツをこっちに渡してもらうぞ」
問答無用で斬りかかってくる様子はない。それどころか悟円に対しては、優しい声音ではある。恐らく悪い人ではないのは確かなのだろう。
ジリジリとこちらに詰め寄ってくる女性に対し、竹のせいで後ろへ逃げられないので、右側にすかさず離脱しようと視線を向け一歩踏み出したその時、凄まじい速度で目の前に女性が姿を見せる。
(は、はやっ!?)
その動きは明らかに人間離れしている。
「逃げようとしてもダメだ。坊やの身のためにも、ソイツだけは狩らせてもらうぞ」
これは本格的に逃亡は難しい。なら抵抗するしかないのだが、こちらの手札は多いとはいっても相手に効くとは思えないものばかりだ。
悟円が使える能力の中で友好的なものを脳内に描いていく。
初級魔法は通じないだろう。威力が足りないし、牽制くらいしか役に立たない。
一番練度が高い気弾でも、あの速度で動かれたら当てるのは難しい。
なら仙術はというと、扱える範囲が広がった念話なんて今は使い様が……。
(ん? 念話……か)
悟円は喉をゴクリと鳴らし、意を決して軽く深呼吸をした。
妖はネズミのように素早い動きで逃げるが、刀を持つ女性――麟崎朱衣《りんざきしゅい》もまた人間離れした速度で追いつき妖の前に先回りした。そして止まらざるを得なかった妖に向かって、刀の切っ先を向けて……。
「……子供を誑かす妖はこの私が滅却する」
殺意を込めながら小人に突きを放つが――。
「――なっ!?」
朱衣が驚愕し目を見開く。それもそのはずだ。何故なら、妖の前に少年が両腕を広げて立ち塞がっていたのだから。
すぐに攻撃の手を止め、少年に怪我を負わせることはなかった。
「……何のつもりだ、坊や?」
「弱い者いじめはカッコ悪いですよ」
「よ、弱い者いじめでは――っ!?」
朱衣の言葉は途中で遮られた。その理由は、少年から突如として眩い光が放出されたからだ。
そして光が収まり視力が戻ると、そこにはすでに少年と妖の姿はなかった。
「何!? 一体どこに……っ」
思わず瞠目する。これでも朱衣は妖が何をしても対処できるように一応は警戒していたのだ。まさか少年が事を起こすとは思っていなかったので驚きはしたが、それでも一瞬にして見失うというようなことは今までに一度もなかった。
(それに先ほどの光……明らかに霊力が込められていた。まさかあの年で自在に霊力を扱えるというのか?)
だとするなら、妖と一緒にいるのは非常にマズイと判断する。何故なら妖というのは霊力を好む。とりわけ人間のものを。さらにいうなら子供の純粋な霊力はご馳走に近いのだ。
(恐らく少年の霊力に引き寄せられたか……このままでは危ういな)
下手をすればすべての霊力を吸われて廃人となるかもしれない。実際にそういう事例は幾つも存在した。
「くっ、子供に手を出そうとするなど許せることではない!」
歯が成るほどに食いしばるが、すぐに冷静さを取り戻し目を閉じて精神を集中させる。
(僅かに霊力の残滓が足跡を作っている。やはりまだ子供か)
熟練者ならば、そんな痕跡は残さない。というよりもそこまでできる子供はいないだろうが。
「待っていろ、すぐに助けてやるからな!」
刀を持つ手に力込めてつつ、霊力の足跡を追っていった。
※
最初は人が多いところへ向かおうと思ったが、小人を他の人の目に晒すのもどうかと思ったので、より竹が密集していて隠れられるところへと来ていた。
そのまま竹を背にして座り込み、手に持っていた小人をそっと下ろしてやる。
「怪我はないよな?」
そう尋ねると、小人はバンザイして元気だと示すと、猫みたいに擦り寄ってきて懐いてくる。
(それにしてもあの人、一体何なんだ? 確かコイツのことを妖とか言ってたけど)
どう考えても普通ではない。刀を持っているのもそうだが、小人を見ても驚くよりも処理しようとしてくるし。
(つまりこういう存在は珍しいわけじゃないってことだよな?)
少なくともあの女性にとってはだ。
「妖かぁ。つまりコイツって妖怪の一種ってこと?」
そこで前世の知識から妖怪について引っ張り出していく。
前世の一つに妖怪と人間との間に生まれたハーフという漫画に出てきそうな設定を持つ自分がいた。
よく物語の設定にもあるように、その世界でもハーフは忌み嫌われていて、妖怪からも人間からも侮蔑の対象だったのだ。最終的に同じハーフたちが住む集落を襲撃され全滅した。毎度思うが本当に悟円の前世は、ロクな人生を送った者がいない。
そんな世界には妖怪は山ほどいたが、小人のようなものがいなかったのだ。ただ似た感じの奴はいたが。
(じゃあやっぱりコイツは妖怪なのかねぇ)
妖怪は人間にとって明確な感情や特殊能力を持つ動物のようなものだ。だから言葉が通じれば共存できることもあれば、種族が違うと怖れを抱き拒絶する者もいる。
しかしながら小人はどうだろうか。言葉は通じている感じだが、まったくといっていいほど脅威は感じない。むしろペット感がある。可愛いし。
指先でツンツンしてやると、小人も楽し気に揺れている。
「――――ここにいたか」
不意に聞こえた声音にビクッとなる。見れば、先ほどの女性が近くに立っていた。
(おいおい、もう見つかったのかよ!?)
あの時、小人が殺されそうになって庇った時だ。瞬時に光属性の魔法を放って、女性の視力を一時的に奪い、全速力でここまできた。追いかけられている気配はなかったはず。
それなのにこんなにも早く見つかるなんて、まるでここに隠れているのを知っていたかのような。
悟円は小人を抱えて立ち上がる。しかし背中には竹があり踵を返すことはできない。
「お、お姉さん……できればその物騒なものをしまってほしいんですけど……?」
とりあえずあまり刺激しないように接する。とはいってもさっき光魔法を使ってまで逃げているので今更な気もするが。
それを証明するかのように、悟円を逃がさないと言わんばかりに立ち塞がり刀を構えたままだ。
「坊や、坊やには分からないかもしれないが、その手の中にいる存在は危険なんだ」
「べ、別に噛みついたりしないよ?」
「そうだろう。しかし知らず知らず霊力を食われてしまい、気づけば衰弱……いや、これでは言い方が難しいか。うむ……ソイツと一緒にいれば、そのうち坊やはしんどくなって倒れてしまうのだ」
霊力を食われると言われ、少し不安にはなったが、今も霊力を小人に食われている様子はない。
「れ、れいりょくって何ですか?」
とりあえず時間稼ぎに誤魔化してみる。
「とぼけても無駄だ。坊や、君は先ほど霊力を使ったではないか」
はい、バレてました。
(けどさっきのは魔法なんだよな。まあ、霊力と魔力は同じようなものだから間違ってないけど……)
しかしこちらが不可思議な力を使えることがバレてしまったしどうするか……。
「ただまだ未熟みたいだが。こうして坊やの後を追えたのも、霊力の足跡が残っていたからだしな」
その言葉を聞いてハッとなる。
(そっか。まだ魔力コントロールを極めてるわけじゃない。今の僕じゃ魔力を完全に抑えることができない。それを辿られたってわけだ。このお姉さん、思った以上に感知能力に長けてるみたいだな)
魔力感知。あるいは霊力感知の能力に秀でているのだろう。となると、この場から逃げてもまた追いつかれそうだ。
「ったく、これから大物を狩らないといけないというのに……」
そう愚痴めいたことを呟く女性だったが、その声は悟円の耳にしっかり届いていた。
(大物……? つまりコイツみたいな妖で、とんでもなく強い奴がいるってことかな?)
だとすると、本当にこの世界はファンタジーに満ちているとしか考えられない。しかしネットでの情報に引っ掛からないとするなら、何かしらの方法で隠蔽をしているのかもしれない。
もしかしたらこのあと、自分の記憶も消去させられるような事態に陥る可能性もあると思い背筋が寒くなる。
(だったらやっぱりどうにかしてこの人から逃げるか……倒すか、か)
向こうはさすがに子供相手に本気にはならないだろうが、こちらも倒すなら相応の力を出す必要がある。それに失敗すれば、今度こそ向こうも本気になる危険性が高い。
(向こうの実力次第だけど、達人レベルとかだったら終わるな)
それに一度もう光魔法で騙す手法を見せているので、同じ手は食わないだろう。
「さあ坊や、ソイツをこっちに渡してもらうぞ」
問答無用で斬りかかってくる様子はない。それどころか悟円に対しては、優しい声音ではある。恐らく悪い人ではないのは確かなのだろう。
ジリジリとこちらに詰め寄ってくる女性に対し、竹のせいで後ろへ逃げられないので、右側にすかさず離脱しようと視線を向け一歩踏み出したその時、凄まじい速度で目の前に女性が姿を見せる。
(は、はやっ!?)
その動きは明らかに人間離れしている。
「逃げようとしてもダメだ。坊やの身のためにも、ソイツだけは狩らせてもらうぞ」
これは本格的に逃亡は難しい。なら抵抗するしかないのだが、こちらの手札は多いとはいっても相手に効くとは思えないものばかりだ。
悟円が使える能力の中で友好的なものを脳内に描いていく。
初級魔法は通じないだろう。威力が足りないし、牽制くらいしか役に立たない。
一番練度が高い気弾でも、あの速度で動かれたら当てるのは難しい。
なら仙術はというと、扱える範囲が広がった念話なんて今は使い様が……。
(ん? 念話……か)
悟円は喉をゴクリと鳴らし、意を決して軽く深呼吸をした。
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