オカルトな現代への転生ライフ ~神様からあらゆる前世の知識をもらえました~

十本スイ

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 人は想像する。死ねばどこへ行くのか、と。

 その中で最も有名な場所は、天国と地獄の二つであろう。
 生前に善行をしていた者は天国へ。逆に悪行に身を落としていた者は地獄へと。

 天国は平和であり、あらゆる幸せが存在する楽園だと認識され、地獄は罪の償いとして様々な苦行を強いられる絶望の最果てと考えられている。
 だが実際はどうなのか、当然真実など誰も知り得ない。人々は死の先にある〝ナニカ〟を夢想し、期待と不安を募らせるのだ。

 そしてここは、いや、この場所こそが魂が最期を迎えて息つく先である。
 周囲を無数の書物に囲まれた円形の塔。
 天を見上げてもその先には果てが無い。ただただ周りに設置された本棚が永遠と伸びているだけ。

 その中央には螺旋階段が置かれ、一定の階数にフロアが存在している。そんな塔の中では、様々な姿をした者たちが作業をしていた。人の姿をしている者もいれば、動物や昆虫が擬人化したような存在もいる。

 本の整理や調査だけでなく、塔の清掃などを行っている者たちもいた。
 遥か上部に存在する一つのフロアにて、宙に浮いている椅子に腰かけながら本に目を通している人物がいる。

 白銀の長髪に金色の瞳。皇族が着込むような上質で壮麗な衣装を纏い、無機質にも思えるほどの冷たい顔つきである。またその傍には、幾つもの水晶玉のようなものが浮かんでおり、そこには様々な映像が浮かび上がっていた。
 そんな人物がいるフロアへ、一人の人物が足を踏み入れると、そのままスッと跪く。

「――来たか」

 本から目を離すことなく、宙に浮かぶ人物が口を開いた。

「時間通りだな。面を上げるがよい」

 野太い声音が響き、跪いていた人物が静かに俯いていた頭を上げた。その人物こそ、悟円を転生させた女神その人であった。
 そこで初めて宙に浮かぶ人物が本から視線を外して女神を見つめる。

「貴様を呼んだのは他でもない。確か貴様はつい先日、ある魂に加護を与え転生させたようだな」

 その言葉に、女神の眉がピクリと動いた。同時に冷や汗が彼女の額から頬へと流れる。その反応から、相手が彼女よりも圧倒的に立場が上なのは明らかだった。

「……その通りでございます」

 嘘を吐くことなく首肯した女神。そんな彼女を見て、彼女を見下ろしていた人物はスッと目を細める。

「ずいぶんと勝手なことをしたではないか」

 同時に強烈なプレッシャーが放たれ、女神はそのまま倒れ込みそうになるが必死に耐えていた。その圧力は、まるで重力が何百倍にもなったかのよう。

「っ……しかし、それぞれの神が担当する世界に所属する魂は…………担当する神の采配で干渉していいはず……かと」

 歯を食いしばりながらも、自身の意見をハッキリと述べる。

「それは敬虔で才のある信仰者や運命者ならば、という前提であろうが」

 さらに重圧が増し、女神は両膝と両手を床につく。
 そのまましばらく沈黙が流れ、とうとう女神の意識が遠のく寸前……。

「――はいはい、そこまでにしときなってぇ」

 フッと重圧が一掃され、女神の表情が安堵で緩む。
 二人の間に割って入ってきた人物は、ヨレヨレのアロハシャツと短パンにサンダルといった、明らかにこの場に似つかわしくない風貌をしていた。髪もボサボサで無精髭も生えていて、清潔さはどこにも見当たらない。
 しかしながらこの状況で、ただ一人だけ穏やかに笑みを浮かべている。

「……貴様をここへ招いたつもりはないぞ――――十武呂《とむろ》」

 鋭い眼差しで十武呂と呼ばれた男を睨みつける。しかし先ほど女神に放っていたプレッシャーすら我に関せずといった様子で、男は飄々としたまま女神に視線を向ける。

「もう行っちゃっていいよ、美兎帆《みとほ》ちゃん」
「し、しかし十武呂様……!」
「ダイジョーブ、ここはおいちゃんに任せときなって」

 笑いながらブラブラと手を振る十武呂を見て、「……感謝致します」と礼をしてから女神はその場を去った。

「貴様……何を勝手なことをしている?」
「べっつにぃ、ただ女の子を虐めてる情けな~い男を見てられなかっただけ?」
「ふざけるな。私はただ規律を重んじているだけだ。掟やルールは守られるべきだからこそ存在する価値があるのだ」
「はぁ~イヤだイヤだ。これだからお堅い奴ってのは……」
「何か文句でもあるのか?」
「あのよぉ、確かに規律ってのは大事なもんだけどよ、時には優先すべきものだってあらぁな」
「そんなものなど存在しない」
「あるっての」
「ほう、ではその軽い口を動かして言ってみろ」
「それはな――――やーめた」
「何だと? おい、待てどこへ行く! まだ話は終わっていないぞ!」

 踵を返して去ろうとした十武呂を止めようとする。その声に反応してか、十武呂は顔だけを男へ向けて言う。

「今のお前に何言ったって意味ねーしな。それにこれから合コンなんだわ。いつまでも不愛想でつまんねえ坊ちゃんの相手なんかしてらんねえんだわ、オレ。悪いな」

 そう言うと、まるで瞬間移動したかのように十武呂の姿が消えた。
 残された男は不愉快そうに舌打ちをするが、すぐに興味を捨てたかのように椅子に背中を預け、再び本に目を通し始めた。

 そして十武呂によって救われた女神――美兎帆は、かなり下のフロアで天を仰いでいた。

「十武呂様……ご無事でしょうか」
「おう、別にどうってことはねえぜ」
「!? と、十武呂様!? いつからそこにっ!?」

 彼女が驚くにも無理はない。ここに到達したのはつい先ほどであり、その場には誰もいなかったはずなのだから。
 しかしすぐに美兎帆は表情を戻し、十武呂に向かって頭を下げる。

「お手数をおかけしてしまい申し訳――」
「おっと、そこまでな」

 謝ろうとしたが、十武呂が言葉を遮った。

「さっきのは事故みてえなもんだし、まあ……犬にかまれたと思って忘れちまえ」
「十武呂様……ふふ、あなた様だけですよ、あの方を犬呼ばわりされるのは」
「いやいや、あ~んな女性に敬意を払えねえ鉄面皮なんて犬で十分。いや、犬だって怒ってくるかもな! あんな奴と一緒なんて勘弁してワン! みたいな感じで?」

 軽薄な態度に見えるが、それでも言葉の節々に十武呂様の気遣いを感じ取ったのか、安心したように笑みを浮かべる美兎帆。

「けど俺も一つ気になってたんだよ。仕事には真面目一辺倒で、どちらかというと今まで規律を破らなかった美兎帆ちゃんが、何でアイツに呼ばれるようなことしたのかってな」
「そ、それは……」
「あー一応事情は知ってんだけど、別に俺は怒っちゃねーぜ。ただちょいと気になっただけ」

 言い難そうな表情を浮かべたまま固まっていた美兎帆だったが……。

「…………どうしてでしょう」
「ん?」
「実は私もよく分からないのです。何故あのようなことをしたのか……」
「…………美兎帆ちゃん」
「はい?」
「それ、心の底から悪いって思ってる?」
「え?」
「間違ったこと。やっちゃダメなこと。そんなもんは腐るほどある。けどな、美兎帆ちゃんは自分がやったことが、本当に悪いことだったって後悔してるのか? 誰かを傷つけたり、悲しませたりしたのか?」

 それまで楽しそうに笑っていた十武呂だったが、今は真剣な眼差しを彼女へと向けている。

「…………いいえ。少なくとも、私は自分の判断を後悔してはいません」
「そっか。……じゃあ、それでいいじゃんか」
「え?」
「誰が何て言ったって、その時に救ってやりたい、手を貸してやりたいって、美兎帆ちゃんの心が感じたんだろ? だったらそれは決して後悔しちゃダメなことだ」
「十武呂様……」
「その想いはこれからも大切に、な。まあ、美兎帆ちゃんは、本当に守るべきものをちゃ~んと分かってっから大丈夫だと思うけどな」

 ニカッと笑う十武呂を見て、美兎帆もまたクスリと頬を緩ませる。

「ありがとうございます、十武呂様。少し……楽になった気が致します」
「おう、気にすんなって。あ、どうしても礼がしたいなら、今度デートでも……」
「それでは私は仕事がありますので! 今日は本当にお世話になりました!」

 素早く一礼をすると、美兎帆はそのまま去って行った。

「たはは……フラれちまったかぁ」

 ボリボリと頭をかきながら肩を竦める十武呂。

「にしてもその美兎帆ちゃんが加護を与えたヤツってのも面白そうだな。暇があったらちょいと目を送ってみるかね。おっといけねえ! 合コンに後れちまうじゃねえか! 急げ急げぇ!」

 神と呼ばれる者たちが集う塔――【神ノ世ノ塔】。

 ここでは魂の歴史を記した書物が無数に収められている。現世で死んだ魂は、ここへと還り新たな書物へと上書きされていく。それらを神たちが管理・調査し、また輪廻の輪へと送っていくのである。 

 女神――美兎帆もまた、無数に存在する魂の書物のほんの一部を管理するだけの権限しか持たない神の一柱でしかなかった。


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