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 和室に設置された長方形のテーブルを、数人の人物が囲い夕食を取っていた。
 上座に座っているのは、威厳のある顔つきに白髪と口髭が特徴の男性である。その名を亀泉剣樹けんじゅといい、この【亀泉神社】の宮司を務めている。

 そんな剣樹を筆頭に、この場に集っているのは彼の家族。その中には、夕方に悟円たちと出会った玄子もいた。美味しそうに味噌汁を飲んでいる。

「はふぅ……お味噌汁に入ってる白菜美味しい~」

 表情を綻ばせながら言う玄子に、同じように笑顔で「そうでしょ!」と嬉々として声を上げたのは玄子の母――藤子である。

「白菜は冬野菜だし、味噌汁にもピッタリ合うのよ! どうどう、すっごいでしょ!」

 自慢げに胸を張る藤子を見て、呆れたように溜息を吐く人物がいた。

「でもコレを作ったのは……お父さんでしょ? ちなみに私は手伝ったけれど」

 深窓の令嬢という言葉が似合うような、所作すべてがどこか気品を感じる女性。絹と見紛うほど長く美しい黒髪を軽く払い、ジトッとした眼差しを藤子へ向ける。

「私たちが一生懸命調理をしていた時に、近所の奥様方と井戸端会議を楽しんでいたお母さんが自慢げに言うのはどうなのかしらね?」
「うっ……城子《しろこ》ちゃん怖い……」

 睨みつけられた藤子は、自らの腹を痛めて生んだはずのもう一人の娘――城子に気圧されていた。

「まあまあ、お姉ちゃんもお母さんも落ち着いて、ね?」

 仲を取り持つのはいつも玄子だ。ただ、城子も本気で責めているわけではない。単にこのやり取りが、亀泉家の日常であり平穏である証拠なのだ。

「はあ……お父さんからも何か言ったら?」

 そんな城子の発言に、「え、俺?」と言わんばかりにギョッとする彼女の父――晃一。

「ははは……俺はいつも母さんには助けてもらってるぞ」

 若干気弱な声音ではあるが、その発言に「あなた!」と破顔する藤子。

「藤子には、俺にはできないことをしてもらってる。だから毎日とても感謝しているよ」
「晃一さん……」
「藤子……」

 こんな感じで、男と女の立場を見せる時は互いに名を呼び合う。そしてそのまま気が済むまで見つめ合う。そんな二人を見て、恥ずかしそうな玄子に対し、どうでもいいという感じで食事を続ける城子はとても対照的だ。
 その時、短く咳払いをした玄子の祖父である剣樹。

「お前たち、今は食事中だ」

 その一言で、自分たちの世界から脱却した藤子たちは、すぐに照れた様子で食事に戻る。
 そしてホッとした様子で玄子は息を吐き、「あっ」と思い出したかのように声を上げると、その視線を剣樹へと向けた。

「あのね、お祖父ちゃんに聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
「む? 何だね?」
「うん、拝殿の横道の林があるでしょ?」
「うむ、そこがどうかしたのか?」
「あそこに泉ってある?」

 直後、剣樹と同時に晃一と藤子がそれぞれ反応した。しかし剣樹が、素早く二人に視線をやると、晃一と藤子は息を呑むように表情を固めた。そのまま剣樹が「何故そんなことを聞く?」と玄子に問う。

「えっとね、今日会った男の子……って言っても五歳くらいだけど、その子が林の中に泉があるって言って。それに祠がどうのって……」
「何っ!?」

 せっかくポーカーフェイスを保ったままだった剣樹だったが、堪らずといった様子で持っていた箸をテーブルに叩きつけた。
 思わず「ひっ!?」と驚く玄子と、そこまでではなくとも怪訝な表情で祖父を見つめる城子。

「お、お父さん……」

 若干慌てた様子で宥めるように言う藤子に、剣樹は大きな溜息を吐いて居住まいを正す。
 そして射抜くような視線を玄子に向ける。

「その幼児が本当に泉と祠があったと言ったのか?」
「え、うん……あ、でも見間違いだって最後には言ってたけど……」
「ふむ、そうか……」

 何やら重い雰囲気が漂い沈黙が流れる。その中で口火を切ったのは――。

「あそこに泉とか祠なんてないでしょう。その子、夢でも見ていたのではなくて。どんな子なの?」

 ――城子だった。

「とても礼儀正しい子だったなぁ。敬語もちゃんとしてて、とても五歳には見えないくらいに」
「へぇ、玄子よりも賢かったりしてね」
「も、もうお姉ちゃん! さすがに五歳児よりは賢いよ! ……多分」
「そこは言い切りなさいよ……はぁ」

 二人が軽やかに会話をしたお蔭で空気は和み、何となく祠についての話題は終わった。
 そうして夕食が終わったあと、皆がいつも通り就寝へと準備を整えている中、ただ一人、剣樹だけは険しい顔つきのままある場所へと向かっていた。

 そこは例の玄子の話に出てきた幼児――悟円が目にしたという祠があった場所。
 木々の中を足早に歩きながら不意に足を止めた。
 剣樹の周囲には木々が生えているだけで何もない。それこそ泉も祠も見当たらない。

 しかし剣樹は、懐から一枚の札を取り出すと右手の二本の指で挟み、前方へと投げつけた。普通ならそのまま地面に落下するものだが、札はまるで目の前に壁でもあるかのようにピタリと張り付いた感じで留まった。

 そして剣樹がそのまま合唱をし、ブツブツと経文を唱えていき……。

「――照解《しょうかい》!」

 そう口にした直後、札が眩く輝きと同時に塵と化す。すると空間が揺らぎ、そこから別の景色が出現したのである。
 その景色には、先ほどまで存在していなかった泉と祠が映っていた。

 剣樹は丁寧に一礼をしたあと、おもむろに祠へと近づき、その違和感に気づいてギョッとする。

「こ、これは――――封印が解かれておるっ!?」

 祠の観音開きの戸には、注連縄で封がされていたはずだった。それが現在、縄は地面に落ちており、戸が解放されていたのである。
 慌てて戸の中にあるはずのものを確認するが……。

「……何も無い?、いや、古文書では確かにここには『霊宝《れいほう》』の一つが収められてたはずだ」

 封印が解かれ、そこにあるはずのモノが失われている。それが意味するのは……。

「何者かが持ち去った……。だが一体誰がだ? 玄子がこの祠を見たという幼児の仕業とも思えんし」

 そもそも幼児がそのような大それたことができたとは思えないのだ。純真無垢で感性豊かな子供が、たまにこうした霊的なものと波長が合い、不可思議なモノを体験するという事例はある。だから祠の姿を垣間見たということ自体は有り得ない話ではない。

 しかしながら、その子供が強固な封印と解いたというのは絶対に無いと断言できる。

「ここの封印は我がご先祖が代々守り続けてきたもの。そもそも、神すらも封印することができる術が施されていたとされておったのだ。才があったとしても、五歳やそこらの幼児が解放できるわけがあるまい」

 そう口にしながら腕を組みながら思考する。

 ならば一体誰が……?

 そういう思いが頭の中を巡っていて「もしや……」と零す。

「――〝ヤツら〟の仕業なのか?」

 その表情には明らかに敵意が込められている。

「早急に調査せねばな」

 不穏なものを抱えたまま、剣樹は踵を返してその場を去って行った。


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