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「この『男爵』の地位を持ってるバドン様を知らねェとはな。どこのモグリだ、あァ?」
『男爵』――その言葉は、確か『領主』とやらに与えられる地位の一つだったはず。名前はバドンというらしい。
「いや、そんなことより質問に答えやがれェ。テメエ、一体どうやってそのババァを治しやがった?」
「治癒呪文で」
「ふっざけんなァッ! ただの治癒呪文で死ぬ間際の奴を一瞬で治せるわけがねえだろうがっ!」
「そうだね。だって……ただの、じゃないし」
「ケッ……答えるつもりはねえってことか。――まあいい」

 ニヤリと口角を上げるバドン。ハッとなった瞬間、背後にいるトリアたちのさらに背後から、同じ黒衣の者が突如として現れて襲い掛かった。
 すぐに助けに向かおうとした――が、

「――ったぁぁぁぁぁっ!」

 トリアを庇うように前に立ったルフナが強烈な右ストレートで呆気なく吹き飛ばしてしまった。

「やったぁ! お姉ちゃん、強ぉい!」
「安心して、セイバ! ボクだって戦えるんだから!」

 どうやらここ数日の訓練により、彼女自身も成長しているようだ。

「ルフナ…………うん、分かった。でも――アストラルアーマー」

 右手をルフナに向けて発動する《下級》の呪文――アストラルアーマー。これは端的にいえば、光の力で防御力を向上させることができる。
 ルフナの身体に淡い光が纏われる。

「続いて――アストラルファング」

 同じようにルフナに向けて発動。これもまた《下級》の呪文だ。攻撃力を向上させる。

「さらにこれだ。――セイントバリア」

 これは《中級》の呪文。対象の周囲に光の壁を生み出し、外からの攻撃から身を守る。これをチョコとトリアにそれぞれかけた。ルフナにかけると壁から出て攻撃することができないので止めておいたのだ。

「チョコ、お婆ちゃん、そこから出ないようにね」
「うん! 分かったよ、お兄ちゃん!」
「何だかまだよく分からないけど、出なけれりゃいいんだね」

 二人が納得したところで、背後から殺気を感じた。

「ほらァッ! よそ見してっからはい終了ォォォォォッ!」

 いつの間にか、先程弾き消したはずの炎の騎士が接近して、頭上から炎の剣を振り下ろしてきていた。
 バドンはもう自分の勝利を確定しているようだが……。

「……甘いね」

 左腕を頭上にかざし、剣を受け止めた。

「んなァッ!? 炎を受け止めただとォッ!?」

 そのまま炎の騎士を力任せに蹴り上げて、また弾き消してやった。当然魔力で身体能力は強化してある。炎を受け止めることができたのも、魔力で身体をコーティングしていたお蔭だ。
 さらに他の黒衣が二人いっぺんに、剣を持ってルフナへと突っ込んでいく。ルフナは一人の剣をかわしながらカウンターで腹に一撃を与えて吹き飛ばした。

「おお! 一発ですっごい吹き飛んだ!?」

 自分の力の向上に驚くルフナ。
 しかしもう一人の黒衣は、ルフナではなくトリアに向かって剣を振り下ろす。ルフナはしまったという表情をするが、剣は光のバリアに呆気なく弾かれてしまう。

「うっぐ!? な、何だこの強力なバリアは!?」

 と黒衣は愚痴を溢しつつ何度も剣で斬撃を繰り出すが、やはり傷一つつかない。
 その様子をルフナがぼうっと見ていると、彼女は背中から衝撃を受けて地面に転がってしまった。見れば背後にいた他の敵に魔法を放たれたようだ。

「あ、危なかったぁ……で、でもちょっと痛かっただけ? これ、やっぱりセイバの魔法のお陰だよね」

 ルフナの身体を覆っている光。アストラルアーマーは、ルフナの防御力を格段にアップさせているのだ。もし魔法がなかったら、かなりのダメージを受けていたかもしれない。

「ルフナ! 油断しない!」
「あ、うん! ごめん!」

 星馬は注意はしたものの、今ので周りにいる連中の魔法、および攻撃力は大したことがないことを知ることができた。

(別格なのはコイツだけ)

 それはやはりバドンだった。雰囲気からしても大分と違う。ルフナでは絶対に勝てないだろうと思わせるほどの力を感じさせた。
 見れば、ルフナは次々と黒衣の攻撃をかわして退けている。心配はなさそうだ。

「何なんだァ……何なんだよォ、テメエらァ!」
「そんなことは別にどうでもいいでしょ。本当はこのままさっさと逃げるつもりだったんだけどね」
「あァ?」

 最初はそのつもりだった。すぐにトリアを見つけて、転移して逃げるつもりだったのだ。しかし彼女が傷つけられた姿を見て、とてもこの男を放っておくことができないと思った。
 それはやはり、トリアに僅かばかりの恩を感じるから、かもしれない。自分を親身に世話をしてくれた祖母を重ねているだけかもしれない。

 しかし許せない――そう思ったのだ。

「悪いけどお前――――圧倒的にぶちのめすから」
「はァァァ? ケハハハハハ! やれるものならやってみろやァァッ! バーンナイトォォォッ!」

 彼の周囲から何体もの炎の騎士が出現。それが一斉に星馬へと向かって来た。

“…………十体か”
“なかなかの使い手だな。だがセイバよ、あの喧しい男を存分に料理してやるがよい。我が《極竜魔法》でな”
「――当然!」

 星馬は上体を後ろへ逸らしながら大きく息を吸い込み、腹を膨らませ始める。そのまま一気に肺からすべての空気を押し出すイメージで、

「――――ドラゴンブレスッ!」

 口から吐き出される白い炎。いや、炎のような塊といった方が正しい。津波のように広がるそれが、向かってきている炎の騎士をすべて呑み込んでいく。

「嘘だろォッ!?」

 バドンは大慌てでその場から大きく跳び上がり巻き込まれを防いだ。
 ドラゴンブレスによって、星馬の前方は更地と化してしまっていた。地上に降りてきたバドンは、愕然としながら周りを見回し、明らかに動揺の色が見える。

 自分の生み出した炎の騎士十体が一気に消滅したのだから当然だろう。しかし怯えた様子はなく、益々怒りに満ちた表情を浮かばせる。

「テメエ……ッ。なら直接ぶっ殺してやらァッ!」

 腰に携帯している剣を抜いたバドンが突っ込んでくる。

「――フレイムソードォォォッ!」

 剣を纏う炎。それで攻撃力を向上させているのだろう。しかし――。

「――ホワイトクリエイト」

 同じような剣を魔法で創造させ、右手に持つ。二人の剣戟で、小気味よい音が周囲に響く。
 他の黒衣たちは、互角に戦う星馬の存在に脅威を覚えているのか、ルフナに攻め込むことを忘れて見入ってしまっている。

 口々に「何者だ?」や「あのバドン様と互角以上の戦いを……」などと漏らしていた。しかしそこを、

「――油断してると、終わっちゃうよ!」

 素早い動きでルフナに詰め寄られて、そのまま強烈な一撃を受けて沈黙する者も出てくる。

「よし! これなら勝てるよ!」

 ルフナは勝利を確信したような顔を浮かべていた。


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